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緋色の真実

「やっばり…………お前がそうだったのか。」


マコトの手に力が入った。

自分とイリスが探していた人間がそこにいる。

しかも、相手はイリスの人生を変え、この国すらも変えてしまった。

どれ程の力を持つかマコトには想像もつかない。

恐らくマコトなんて戦っても敵う相手ではない。

だから、マコトは先ず相対する事をやめた。

今のところは相手は好戦的ではない。

会話で何とか出来ないかとマコトは淡い期待すら抱いていた。


「んー。でも、それはちょっと違うかな?正確には¨昔¨は『緋色の観察者』だったが正しいかな?」

「¨昔¨?」


マコトはその言葉の意味に疑問を抱かずにいられなかった。

あの時会った老紳士はヒントとして『緋色の観察者』と言った。

しかし、今の話ぶりからして今は違うということになる。

そうすると噛み合わなくなってくる。


「そ。君もあのおじいさんに会ったんなら知ってるでしょ?私は呪いで死ぬ事が出来ないんだよ。でも…………悲しいかな人間の体は脆いんだよね。」

「それはどう言うことだ?」


やはりこいつもあの老紳士に会って何かを聞いていたのだった。

そこからある程度の事はマコトも知っているであろうという体で話をしてくる。

しかしマコトには理解の追い付かない話だった。

確かに呪いのせいで死ねないという話はマコトも聞いた。

しかし、それと人間の体の脆さとの接点が分からなかったのだ。


「呪いで死なないのは魂だけなのさ。だけど、体はそうはいかない。年を取ると壊れやすくて困るよ。だから私は体をその都度交換するんだよ。生きてる体と。」

「…………まさか、そんなことが。」

「長く生きると色々物知りになるものだよ。」


マコトは驚いたがローブの者は当然の事のように答えた。


「¨昔¨は『緋色』だったんだよ。ただちょっと体が古くなっちゃって今は変えたんだ。まあまあ、無理させちゃったからね。」


まるで壊れたおもちゃを取り替えたかのように軽く言う相手にマコトは驚きを通り越して恐怖を覚え始めた。


「…………じゃあ、今は何なんだ?」

「ん?今かい?今は…………秘密にしておこう。その方が後々面白いよ。さしあたってそうだな。カタラと名乗ることにしようかな。」

「カタラ…………」


今だに顔もわからない。

声も聞こえているのに男か女かすらも分からない。

相手の事を一切把握することが出来ない中でも名前だけでも分かったことはマコトに取って進歩であった。

しかし、大事なのはそこではない。

ここに来た理由は本当の理由は違うことだ。


「何故?何故こんな大がかりな呪いをかけたんだ?しかも俺の不運までも使って…………そこまでして何で?」

「ん。それも君は知ってるはずだよ。権力が欲しかったんだ。そのためには国を弄るのが一番早いんだよ。」

「…………何で権力を?偉くなりたいのか?それとも金とかか?」

「あはは、偉いとかお金とかは興味ないよ。私が権力を求めたのはもっと違う理由さ。」

「違うことだ理由?」


権力を求める者はだいたい人の上に立ちたいとか金儲けしたいとかそんな理由がほとんどだ。

しかし、カタラはそうではないと言う。


「そう。それはね、¨面白い事が起きそう¨だから。ちょっと時間がかかったけどやっと面白くなってきたよ。」

「な…………そんな理由で?」

「そんな理由?重要なことだよ。どうやったら最大限に面白くなるかって事を追及した結果なんだから。」

「…………」


狂ってる。

マコトは心底思った。

自分の欲を満たすためだけに世の中をひっくり返すなんて誰が考え付くだろうか。

通常の範疇を完全に越えていた。

と同時にマコトの中で怒りがぐらぐらと煮えてきた。

自分があれほどイリスやヴェスタ公国について悩んだことが一人の道楽のせいだなんて。


「最後に一つ聞きたい。…………呪いを消す方法はあるのか?」

「んー。それも秘密かな?今言うとこれも面白くないよ。」


マコトはその言葉を聞いた瞬間に意識が飛んでいた。


「うああああ!」


マコトはそれまで腰に下げていた短剣を握りカタラに突っ込んでいった。


「あれあれ?」

「ああああ!くっ。もう一度。」


しかし、力の差は歴然でマコトの突進をカタラはさらりとかわした。

マコトは初手が外れるとすぐに体を知り返して反転させもう一度カタラに突っ込んだ。


「うおおお!」

「うーん。やっぱり、君とはこの手の勝負は無理だね。ほら。」

「うわっ!」


二手目も軽々と回避されるとカタラはマコトの肩に優しく触れた。

するとマコトはそれだけで吹き飛んで地面を二度三度と転がった。


「はあはあ、くそっ。無理か。」

「そーだねー。君じゃね。ほら、次のお客さんだよ。」

「え?」

「えええええい!」

「おっと。」


カタラに言われてマコトが顔を上げるとマコトが入った来たのとは別の通路から誰かが物凄いスピードで入ってきてカタラに切りかかった。


「イリス!?」

「マコト!大丈夫?」


イリスは奇襲が外れるとすぐにマコトに駆け寄った。


「ああ、大丈夫。助かったよ。」

「ごめん。遅れたわ。リブレは?あいつは何?」

「リブレは途中で分断されちゃって、でも大丈夫。無事だよ。んで、あいつは俺たちの探していた『緋色の観察者』。カタラだ。」

「あいつが…………」

「元だけどね。」


イリスのカタラに対する眼光が一層鋭くなった。

一方のイリスの奇襲をかわしたカタラはけろっとしていた。


「ようやく来たねヴェスタ公国のお姫様。いや、久しぶりって言うのが正しいかな?」

「何言ってるの?私はあんたなんて知らないわよ!」


カタラの声にイリスは大きく反発した。

ここでマコトが一つ気付いた。


「あれ?男の人の声?」


カタラの声が男の声だと認識出来たのだ。

勿論マコトには聞いたことの無い声だった。


「おっ。早いね。マコト良いこと教えてあげるよ。私が以前『緋色の観察者』と呼ばれた理由だ。


「?イリス?」


マコトがカタラに話しかけられるとほぼ同時にイリスの顔が強ばるのが分かった。

それは驚きが混じった顔だった。


「イリス!どうした?イリス」


マコトがイリスの肩を大きく揺さぶった。

しかし、イリスの表情は変わらなかった。

やがてイリスが言葉を漏らした。


「…………お父様?」

「え?」

「…………お父様の声。」


そう言うとイリスの右手から剣が落ちて地面に刺さった。


「イリスのお父さん?」


イリスのお父さんということは先代の王様ということになる。

しかし、先代の王様は毒殺により死んだはずだった。


「そう。私は先代の王様ヴェスタ=ロイスだった。『緋色の観察者』はロイスの姿を借りていた時の仮の名前さ。」

「まさか…………」

「嘘よ!お父様は最後まで国の為に生きたわ。そんな人が……そんな立派な人があなたな訳がない!あなたが声を真似してるだけよ!」


イリスは泣きながら叫んでいた。

絶叫に近い叫びだった。


「そう。ロイスは国の為に生きていたよ。国を滅ぼす為にね。私の魂はロイスの潜在意識に乗り移った。普段は国王ヴェスタ=ロイスとして生きていたけどここぞと言うときは私が操ったのさ。まあ、ロイス本人は気付いてなかったし、お城の人もお姫様も含めて誰も疑わなかったけどね。ああ、ちゃんと毒で死んだのもロイスだよ。その証拠に乗り移った人の魂の欠片が残っているから私は彼の声が出せるんだよ。」

「その声で…………その偽りの声で…………お父様の名を語るなー!!」


イリスが落とした剣を拾い猛然とかカタラに襲いかかった。

しかし…………


「うーん。いまいち。」

「えぐっ!ぐっ。」


今度は切りかかろうとした瞬間にカタラの手が伸びてイリスの首をガシッと掴んだ。

そして体格差はイリスの方が大きいが軽々と持ち上げられてしまった。


「イリス!!」

「ぐっ!ああああ!」

「うん。もう少し頑張りましょう。」


首を絞められイリスから声にならない声が出た。

マコトはそれを見つめるしか出来なかった。

やがて、イリスが気を失ったのか手足の力が抜けるとカタラはマコトの方に向かってイリスを投げた。


「イリス!イリス!」

「大丈夫。死んでないよ。」


カタラの言うとおりでイリスは気は失っているが無事だった。

すると突然カタラのローブの端が切れてカタラの頬を血が流れた。


「ふーん。やるじゃん。お姫様。」


カタラは一歩二歩と二人に歩みを進めてきた。

マコトは死を覚悟したがイリスだけは守ろうと彼女に被さった。


「くっ!ごめん。イリス。」


しかし…………


「まあ、今日はここまでにしようかな?これからも君たちは必要だし。元々は君と話がしたかっただけだからね。じゃあね。マコト。次会うときはもう少し楽しませてくれるといいな。」

「…………何?」


マコトがその声を聞いて顔を上げると周りにはマコトとイリス以外には誰もいなかった。


「?カタラは?消えた?」


辺りから完全に気配が消えて部屋は松明の火の灯りだけが燃えて照らしていた。


「…………助かったのか?」


しかし、イリスは気絶しているし自分は役立たず、完全に敗北だった。

しかし、二人の命が助かったことにマコトは安堵した。


「命があればまだ可能性はある。」

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