三人旅
ナチューロを出た直後、三人にはこれからの戦いへ向けての緊張感が漂っていた。
しかし、それも最初だけだった。
天気は良く目的地であるヴィヴィ山まではまだまだ距離はあるマコトは昨晩からの疲れと寝不足のせいもあって、次第に眠気に襲われていった。
しかし、同じくらいしか寝ていないはずのイリスとリブレは全くそんな様子はなく、イリスは剣に刃こぼれがないかを入念にチェックし、リブレは前を見据えただ馬を走らせていた。
今、馬車の上は先ほどのいざこざもあり気まずい空気が流れていた。
マコトは雰囲気を変える為にとりあえず先にリブレに声をかけた。
「なあ、リブレ。ヴィヴィ山ってどれくらいで行けるんだ?」
「ああ、お兄さん。うーん。だいたい2日?かな?このペースだと。ヴィヴィ山はドゥヴァの西側にあるんだけど……早く行きたいならショートカットするけど…………どうする?」
リブレはそう提案したがマコトはショートカットはしないことにした。下手に変わった事をして相手に感づかれたくなかったからだ。
それに感づかれでもしたら二人は兎も角リブレにも危険が及ぶそれだけは避けたい。
「それは止めよう。あくまでリブレは行商人なんだから。普段はそんなとこ通らないだろ?」
「まあね。でもお兄さんびっくりしたよ。お兄さんが依頼相手なんて。」
「俺もさ。昨日の今日でまさかって感じさ。どうしてコルツさんの依頼を?」
「んー。それがさ………あたしがナチューロから出て次の商売相手を探しに行こうとしたらあのおじさんの部下だって奴が門であたしを呼び止めたんだよ。聞いたらクルス商会だっていうから、これは商売の匂いがすると思って着いてきたらおじさんがいて御者をやってくれって言うじゃん。最初は断ろうかと思ったんだけど…………まあまあな依頼料出されたから受けたんだ。その後は知っての通り。お兄さんとあいつがいたんだ。」
リブレはあいつの部分だけわざとイリスに聞こえるように大きめの声で言った。
やはりまださっきの事を根に持っているらしい。
イリスはたぶん聞こえているはずだが無視しているのか集中しているのか反応を示さなかった。
「じゃあたまたま俺達と?」
「まあ、そうなるね。」
マコトはこの事に疑問を抱いていた。
偶然にしては出来すぎているような気がした。
もし、これもコルツさんが『緋色の観察者』で仕組まれたものだとしたら…………そう思えてしまった。
しかし、無関係のリブレに悟られないためにマコトは平然を装った。
「そっか、すげえ偶然。じゃあいい金も入ることだし、頑張ってくれよ。」
「うん。…………そうだね。」
リブレは何かを言いたげな顔だったがマコトは変に勘ぐられるのを避ける為に一旦リブレから離れることにした。
マコトは馬車の荷台に戻った。
そこではまだイリスが剣のチェックを続けていた。
「イリス、剣の調子はどう?」
「…………いいよ。」
「…………そう。」
マコトが声をかけてもイリスの返答は暗いものだった。
やはりこちらもさっきの事を引きずっているのだろうか?
コルツさんの前であれだけの醜態を見せてしまってはいくら今は違うとはいえ元はお姫様。
プライドが許さなかったりするのだろうかなんてマコトは思いを巡らしていた。
しかし、イリスの思っていたことはマコトの考えとはちょっと違うようだった。
「…………仲がいいようで何よりね。」
「え?あ、いや。イリスは真剣そうだったからあっちからいったんだけど…………」
「ふーん。あっそ。」
マコトは思った通りに正直に言ったのだかイリスは信じていないのか気のない返事が帰ってきた。
「というか、イリスさん。ちょっと人が変わってませんか?」
「………………全然。」
「…………そうですね。」
絶対そんなことはないとマコトは思ったが当然言い出すことは出来なかった。
反論したら命が危ない気がしたのだ。
「…………それより、さっきのあの娘の話…………」
急にイリスの声のトーンが真剣モードに変わった。
「うん。コルツさんの事でしょ?やっぱり何処かでリブレを知って俺達と会わせたのかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それを調べに行かないと……」
「…………うん。そうだね。」
「そして、会うんだ。絶対に。」
イリスの目には決意に道溢れていた。
当然だ。
自分がどれだけ苦労してきたかは彼女にしか分からない。
でも、もしかすると今回で負の連鎖を絶ちきれるかもしれないのだから。
「…………でも。」
「ん?」
「とりあえずあの娘は嫌い…………」
「………………。」
イリスもし相当根深いようだった。
マコトは元の世界での名言を思い出した。
『女の執念は根深い』
「で、でもさ、今回は三人でやっていかないといけない訳だからさ、最後まで力を合わせないといけない訳で…………」
「…………分かってる。分かってるけど今は無理。」
「そ。」
マコトはそれ以上何も言わなかった。
たぶんそうしなきゃいけないのはイリスがいちばん分かっているんだけどすぐには出来ないのが女心なのだろうと勝手に納得していた。
しかし、最後までマコトには分からないことがあった。
決して口にはしないと心に誓ったのだが…………
(絶壁って何の事なんだろう?)
マコトも中々大人の階段は登れないようだった。
初日の移動はこのままごくごく平和に何もなく過ぎていった。
昼過ぎにナチューロを出たがこの間マコトとリブレが夜営をした辺りまで到達することが出来た。
「うん。この調子なら明日の夜更けにはヴィヴィ山に到達出来るよ。」
「そりゃありがたい。」
夜営の準備をしながらリブレが言った。
因みに今日はイリスがコルツに用意してもらった食料があるので火を焚いていてイリスが簡単なスープのような物を作ってくれた。
その火を囲むようにイリス、マコト、リブレの順番で並んで座っていた。
やはりまだ二人を隣同士にする勇気は無かった。
しかも…………
「うわっ!イリス。このスープマジで旨いな!」
「本当に!ふふーん。私だって剣ばかり振り回してるだけじゃ…………」
「…………バーカ。それ嘘だよ。このスープめっちゃ塩辛い。」
「えっ!嘘!?」
「………………」
そう。イリスはお世辞にも料理が上手くなかった。
マコトは一口で状況を把握して必死に誤魔化したがリブレに一瞬にして台無しにされた。
突然ぶちギレるは料理は出来ないはで今日のイリスは普段の姿からは想像できない位ダメダメだった。
「大丈夫だよ。俺は旨いと思うよ。」
「…………ごちそうさま。マコト、あたし見張りに行くね。」
「おっおい!具だけ食べれば大丈夫だぞ。」
「…………やっぱり不味いんだ。」
「えっ?あっ、その…………そんな事ないよ。」
結局この後マコトは頑張ってイリスの料理を食べた。
ちょっと体調が悪くなったがイリスに絶対にバレないように。
夕食後イリスは一人でリブレの元へ向かった。
マコトは食事を平らげた為かもしくは疲労の為か限界がきて先に寝ていた。
リブレは少し離れた木の影に座って見張りをしていた。
「ちょっと隣、いい?」
「…………ちょっとならいい。」
「そう。ありがとう。」
イリスの申し出にリブレはイリスを一切見ることなく真っ直ぐ遠くを見てはいたがすんなりと応じた。
それを聞いてイリスは隣に座った。
「先ずは改めてお礼を言わないとね。マコトのピンチを教えてくれてありがとう。」
「……依頼だから。」
「本当に?」
「…………それは嘘じゃない。けどそれは建前。本当はお兄さんを助けたかっただけ。お兄さんはこの世界には惜しいくらい優しいから。」
「そうだね。マコトは優しすぎるかもね。だから私達に困ってる。」
ふふっとイリスは思い出し笑いをした。
一方のリブレは尚も前を真っ直ぐ向いたままでイリスから表情は見てとれなかった。
「お兄さんは自分の事じゃなくてあたしとかあんたとか他の人のことばかり考えてて…………あたしはそんな奴初めて見た。あたしの生きた世界は自分が中心で自分の為に皆生きてるから。」
「私もそう。マコトに手を差し伸べられた…………それで一人から解放されたの。」
イリスは空を見上げた。
そこには満点の星空がみえた。
「あたし…………」
「ん?」
「あたしやっぱりあんたが嫌い。」
「…………気が合うわね。私も。」
その後交代の時間まで二人とも無言だった。
交代の時間が来ると静かにリブレはその場を離れた。
その日の夜はそのまま静かに更けていった。




