集会所にて
二人がナチューロに戻って始めに集会所に向かった。
勿論依頼の支払いのためだった。
集会所の中は依頼に参加した猛者達が二階で祝勝会を開いてどんちゃん騒ぎをしている最中だった。
勿論支払いはイリスの依頼料から出るのだ。
男達は無駄な宵越しの銭は持たない。
その日の金はその日に使いきる。
そんな豪快な男達ばかりだった。
「ははは……凄いな。」
マコトはその勢いに圧倒されてしまった。
一方イリスはこういったことには慣れている様子だった。
「うん。やってる!やってる!」
何やら嬉しそうだった。
すると、どんちゃん騒ぎをしていた内の中の一人の男が二人に気が付いた。
「おっ!皆!来たぜ!俺達の財布様だ!」
男の一声でその場の全員の目が二人に集中しあちこちから声が飛んできた。
「おっ待ってました!」
「飲もうぜ、飲もうぜ!」
「次の酒はまだかよ!」
「おっ!隣のが噂の兄ちゃんかよ!」
全員が全員勝手にギャーギャー騒ぎ立てるので会場は大盛り上がりだった。
「…………まったく。」
「え?」
イリスは苦笑いしながらボソッと呟くと脱兎の如くの勢いで駆け出しテーブルの上に乗った。
マコトはそれを呆然と見つめるしかなかった。
「皆!今日はありがとう!お陰でマコトも助かった!これも皆の力添えのお陰だよ!今日は私の奢りだ!多いに飲んでちょうだい!」
「「「うおおおい!!」」」
「カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
イリスはそのテーブルの上でまるで政治家のお偉いさんのようなご高説をすると高らかに乾杯を叫んだ。
それに答えるようにあちこちで乾杯の声が起き、更に場は盛り上がった。
イリスはその様子に見ると納得したような顔でテーブルから降りてマコトの所へ戻ってきた。
「凄いな……イリスもあいつらも。」
「まあね。凄いよね。皆。」
イリスはしみじみとした顔で言った。
「毎日を一生懸命生きてる。だからこの瞬間が最高に楽しいんだと思うよ。」
「…………そうだね。」
マコトはそれはイリスだからこその言葉に思えた。
毎日が不運との戦いで先の見えない不安の中でずっと生きていたイリスだからこその思いだった。
でも今の彼女は違った。
「さあて、受付行こうか?」
「よし。行くか。」
初めての仲間を得た。
不安を分かち合える仲間を。
背負う物は同じだか量が半分になった。
それだけで大きな違いなのだろうとマコトは思った。
だから今は出来る限り彼女の力に成ろうとも。
受付では明け方にも関わらず何人かの人が座っていた。
明け方という事であまり報告等もないのだろう。
とてものんびりとした空気がそこだけ流れていた。
「戻ったわ。」
イリスが受付にいた女性に話しかけた。
受付の女性は待ってましたと言わんばかりの笑顔で応じた。
「お帰りなさい。イリス。もう大変ね。」
「ただいま。繁盛してていいでしょ?」
イリスと受付の女性はまるで知り合いかのように仲良く話をしていた。
そのせいかマコトは何となく入りにくかった。
「あら?隣の彼が依頼の?」
「え?」
「まあね。」
受付の女性が不意にマコトの事を聞いてきた。
マコトは突然のことで反応出来なかった。
代わりにイリスが答えた。
「話は持ちきりだったわよ。イリスが彼氏の為に依頼を出したって。無事で良かったわね。」
「ふえっ!?」
「ち、違うわよ。ただ私は仲間を助けるために…………。」
マコトもイリスも一瞬で顔が真っ赤になった。
マコトはオロオロするばかりでイリスは否定するのに必死だった。
それを見ながら受付の女性は満足げに笑っていた。
「はいはい。分かりました。分かりました。そういうことにしておくわよ。」
「もう、違うってば。」
「…………はははは。」
受付の女性はからかうのを楽しんだのかイリスをに分かったような態度を取った。
その間もイリスは顔を真っ赤にして否定を続けていた。
マコトはもなや苦笑いするしかなかった。
「それで?用件は違うんでしょ?」
「もう貴女がからかうからでしょ時間かかるのは。はい。依頼料。」
仕事モードに切り替わった受付の女性にイリスが依頼料の金貨を手渡した。
ヴェスタ金貨8枚。
マコトがイリスの前から姿を消す前に置いていった金貨だ。
「それにしても随分な大金よね。貯めたの?」
「違うわ。たまたま転がり込んで来たの。下らない理由でね。だから全部使っちゃうの。あの宴会の料金もここからお願い。余ったら皆に渡して。」
「へえー。なんか意味深ね。分かったわ。」
「まあね。」
マコトはその会話を聞いていて耳が痛かった。
まさか彼女は実は怒っているのか謝るべきかと思うほどだった。
イリスを横目でちらっと見たがイリスは普段と変わらない表情だったので少しほっとしていた。
「でも、お手柄じゃない。盗賊団を捕まえるなんて。あいつらって結構用意周到だったみたいよ。ナチューロに先に何人かいたみたいだし。」
「へえー。でもそれに気づいたのはマコトよ。」
イリスはマコトを自慢げに指差した。
しかしマコトはそれを否定した。
「イリス、それは違うよ。教えてくれたのはリブレさ。」
そう。リブレがあの時盗賊だと気付いてくれなければマコトはここにはいなかったのだ。
「リブレ?ああ、あの女の子?やるわね。」
「なんか、前に同じようなのを見たんだって。」
「何々?恋のライバル?」
「「違います!!」」
受付の女性の茶化しに思わず同時にツッコミをしながらマコトはリブレは無事なのだろうかと彼女の身を案じた。
「でも、真剣な話あの盗賊団なんか変なんだって。」
「何が?」
女の子の会話とは中々終わらないようで受付の女性は急に話を戻した。
「何でもその盗賊団が標的にしてた商会とかは分かったらしいんだけど本人達は記憶が所々ないんだって。」
「記憶がない?」
「そお。本人たちが言うには黒幕がいるらしいんだけど誰も顔や名前を覚えてないの?」
「隠してるんじゃなくて?」
「そうみたい。口を割らせる魔法かけても出てこないって話よ。何でもローブの男がどうのとか…………それしか出ないんですって。」
「…………ローブの男?」
マコトはその話に妙に違和感を感じた。
何か胸に引っ掛かるような感じだった。
「すみません。その話の中に『緋色』とか『観察者』とかは?」
「ちょ、ちょっとマコト!?」
マコトはイリスを押し退けて受付の女性に身を乗り出して聞いた。
突然のマコトの動きにイリスは驚きを隠せなかった。
「ごめんなさい。ちょっとそこまでは…………」
「どうしたの?マコト急に?」
「そうですか…………今彼らは何処に?」
「たぶん、衛兵の詰所じゃないかと…………」
マコトは確信は無かったが勘が何となく訴えているような気がした。
しかしイリス達はマコトの行動が理解出来ずにいた。
「本当にどうしたの?何かあるの?」
マコトはあの時伝えきれなかった最後のヒントをイリスに伝える事にした。
「…………実はあの時話した老紳士が一つだけ言ってた事があるんだ。」
「…………何?」
「呪いをかけた呪術士は…………緋色の観察者って呼ばれてるんだ。」
「…………緋色の観察者?」
マコトの言葉にイリスは表情を曇らせた。
恐らく初めて聞いたのだろうその後少し考えてた様子を見せた。
「で?それが今回のと関係が?」
「分からない。でも聞いてみる価値がある気がする。確信は無いんだけどそんな気がするんだ。」
「ふーん。フォルトゥナかしら?」
二人が深刻な顔をする一方で受付の女性は置いてきぼりをくらいポカンとしていた。
「ねえ?何の話?」
しかし、二人の耳には彼女の声はもはや届かなかった。
「…………行ってみる?」
「うん。」
「よし…………ごめん。私達もう行くね。」
マコトとイリスは急いでその場を後にして詰所へと向かった。
そしてそこには事態を全く把握出来なかった受付の女性だけが残された。
「…………もう、何なの?」




