薄暗い森の中で
ドアに吸い込まれたマコトは上も下も分からない世界に放り出され気を失った。
そして30分、いや1時間。それ以上だろうかそれも分からないくらい漂った。
「う…………うん……うっ。」
最初に感じたのは背中に伝わる硬い違和感だった。しかも平らではなくゴツゴツとしたような違和感だ。
次に感じたのは木の葉っぱの隙間から自分の顔を照らす日差しだった。
「…………うっ、痛ってー。あのじいさんなんて事をしやがるんだ。相変わらず不運な。ていうかここどこだ?森の中?」
最初の違和感は背中に当たる木の根っこだった。マコトは大きな木の下の突き出た根っこに寄りかかるように倒れていたのだ。
周りを見回すとそこは木が生い茂り木葉で辺りは少し暗かったが葉っぱの隙間から入る日差しが辺りを照らしていた。
「うーん。確かチンピラから逃げて路地を走り回っているうちに扉を見つけてそこの奥でじいさんに話しかけられた所までは覚えてるんだが…………」
辺りを見回してもマコトが知ってる街の風景はない。
見渡す限り木々の生い茂る森である。
遠くの方に微かに木の抜ける所があったがその風景にも見覚えは無かった。
「ここどこだ?こんな森近くにあったかな?」
生まれてから今に至るまで地元でずっと生活してきたマコトはある程度地理には自身があったかのだが全く見覚えがない。
「やべーな。もしかして富士の樹海とかに連れてこられたのか?だとしたらここから早く出ないと。」
樹海というのは方向感覚を狂わせ人を道に迷わせやすいらしい。日が出ているうちに出る必要があった。
夜になったら何が起きるか検討もつかないからだ。
「しかし、どこに行けばいいんだ?というか当てずっぽうで外に出られるのか?俺だぞ。」
どう考えても道に迷うに決まっていた。
自分のことは自分が一番知っている。
それほど自分に自信があった。
「どうする?あっそうだ。スマホ!GPSで!」
急いでポケットの中のスマホを探した。
いつも必ずズボンの右ポケットにいれていた。
そこがスマホの定位置だ。
「おっ!あった!これで…………ん?」
しかし、スマホには圏外の表示が出ていた。
振ってみたり辺りを右左にうろうろしてみたが結果は変わらなかった。
最近は中々圏外の場所も減ってきたらしいのだが森のなかでは無理があった。
「うーん。困ったな。圏外だ。こりゃ運を天に任せる作戦か?当てずっぽうに歩くか。」
言っていながら一番信用のない作戦だなーと思っていた。
しかしこうなっては仕方がない。
マコトは宛のない森の中を勘を頼りに歩くしかなかった。
太陽で方角が分かるなんて話を聞いたことがあったがマコトにはそのやり方は全く分からなかった。
「せめて人の歩いた形跡のある場所に出れれば…………」
その瞬間何処からか気配を感じた。
こちらを隠れてじっと見ているようそんな気配を。
これは長年の経験で培われた特技と言えるものだった。
不運は何処からかやって来るか分からない、常に備えておかないと痛い目をみるぞと。
「何処だ?この気配は?あのじいさんか?それとも…………」
人間ならまだいい。
ここはよく分からない森の中だ。
何が襲ってくるか分からない。
狐、豬ならまだいい。
熊なんて出たら最悪だ。
マコトはとりあえずその辺に落ちていた太めの木の棒を掴み構えた。
構えたといっても武道の経験なんてからっきしだ。
一度、不運な自分を変えようと空手を習ったのだが1週間で辞めた。
理由は簡単だった。
いくら鍛えても不運は治らず怪我が増えていくばかりだったのだから。
「猛獣系だけは勘弁してくれよー。」
しかしその願いは届かなかった。
木の影から出てきたのは黒い大きな狼のような生物だった。
どう見ても猛獣だった。
「くそー。そうだよな、分かってるよ。分かってたさ。俺は不運の男コウノマコトだよ!」
木の棒を地面にガンガンと打ち付けたが狼が一向に怯む様子はなく一歩一歩と距離を縮めてきた。
「こんな狼って日本いたか?もしかして絶滅危惧種発見?でも食われたら意味無いよなー」
もう自分でもよく分からなかったが絶体絶命であることは確かだった。
そして黒い狼は射程距離まで間合いを詰めるとそこから一気に飛び付いてきた。
「ぐわっーやられ…………てない。うおっ!」
目の前には自分が苦し紛れに突き出した木の棒が口に刺さり絶命していた。単なるラッキーだ。
「…………俺がやったのか?ラッキー。」
ラッキーなんて何年ぶりに使う言葉だろう。
ここ一番の重大な局面に出たことに何より自分が驚いていた。
「でも、こういう時に限って…………」
嫌な予感は当たるのである。
ついさっき聞いた唸り声だ。
その方向を振り替えるとやはりさっきの狼がいた。……しかも二匹。
「やっぱりー」
今度はさっきのようにはいかない。
二体一では分が悪すぎる。
マコトは一目散に走り出した。
「これは無理だー!」
しかし、相手は狼。ぐんぐん差を縮めてくる。
「もー無理だー!死ぬー!あっ!」
地面の上にまで隆起していた根っこに躓いてしまった。
すぐに立とうとしても足がひっかかり抜けない。
「あっ!あっー!…………あれ?」
確かに今、二匹の狼が俺に噛みつかんと飛びかかってきた。
思わず目を閉じるしか出来なかった。
本気で死を覚悟した。が、なんともない。
ガブガブ噛みつかれも爪でひっかかれもしていない。
痛くない。何故?
「…………助かった?」
「よし。ミッションクリア!おーい。大丈夫か?」
その声の方を見るとそこには一人の女の子が立っていた。
マコトはまた起きたラッキーを感じる間もなく力が抜けてへたりこんだ。