世界の事実
「…………とは言ったものの。何処でどう情報を集めればいいんだ?」
予定通りイリスと別れたマコトは情報収集のために村を探索に出ていた。
ここで二人が仕入れたい情報はイリスの言う呪術師の手掛かりだ。
基本的に情報は情報屋さんから買うというのがこの世界の常識のようだがマコトはまずその情報屋を見つけることから始めないといかなかった。
時間はまだ昼前で物を運ぶ荷馬車は多く行き交い市場も人が多く賑わってはいたがそんな早い時間から情報屋がいるのかは疑問が尽きなかった。
イリスからは情報屋は雰囲気で分かるらしく昨日のフードの男のような雰囲気の人を探せばいいというアドバイスは貰ってはいた。
「しかし雰囲気って何だ?超アバウト過ぎないか?」
市場の中をうろうろ歩くもそれらしき人物は見当たらなかった。
しかも人脈等は一切ないマコトは誰に聞けばいいかも分からなかった。
「まあ、こういう所が怪しいんだけどね。」
マコトは市場の店と店の隙間にある細い路地に着目した。
その細い路地は市場の活気とは対照的に日が差しにくいのか暗く奥まで見通すことは出来なかった。
「…………昼までそんな時間も無いしな。普段誰も行かない所にレアなアイテムはあるかもしれないし。」
お昼にはイリスとまた集会所で合流する予定だった。
流石に手掛かり無しを避けたかったマコトは目の前の細い路地を入っていくことにした。
入った路地は奥までずっと続いていた。
左右は家の壁がずっと連なっており幅は一人が通れるかどうかといった所だ。
マコトは何かに導かれるように細い路地をどんどん進んでいった。
「…………何もないな。」
しかし奥に進めど路地が続くばかりで何も無かった。
当てが外れたのかと思った。
「ん?あれは?」
そろそろ戻ろうと引き返しかけたその時マコトの目に一つの扉が飛び込んできた。
それは何処かで見覚えのある物だった。
「…………この世界の物じゃない。これは……俺がいた世界の物だ。」
それはこの世界にはあり得ない金属製で出来ていた。
この世界の扉はほとんどが木製で金属製というのは見たことがなかった。
それが突然ここにあり何故かマコトは直感でそう思ってしまった。
マコトは吸い込まれるようにドアノブを捻ると中に入っていった。
「…………こんにちは」
マコトはゆっくりと扉を開け中に入った。
中は薄暗く廊下が長く続いたいた。
「……これは。」
マコトはその光景に見覚えがあった。
それは正にマコトがこの世界に来る直前に見た光景だった。
「……この廊下……まさか…………」
その廊下は正にマコトがこの世界に来るきっかけとなった廊下だ。
「…………とすると。」
マコトが想像した通り薄暗い廊下を進んだ先にはあのドアがあった。
そのドアノブに手をかけようとしたマコトはその手にびっしょりと汗をかいていることに気付いた。
マコトは手の汗を服で拭くと改めてドアノブを握った。
「…………やっぱり。」
ドアを開けるとそこは小さな電球に照らされるタキシードの老紳士がいた。
まるであの時を再現したかのような光景だった。
「…………こんにちは。」
「………………」
マコトの挨拶に老紳士は無反応だった。
しかし、その目は真っ直ぐマコトの目を捉えていた。
マコトはその目から放たれる異様な感覚を感じていた。
「貴方が何故ここに?」
「………………」
マコトは更に問いかけた。
しかしやはり老紳士は無反応だった。
が、しかしマコトは気にせず次の質問をした。
「…………じゃあ俺にフォルトゥナの力をくれたのは何でです?」
「…………望みに答えたまで。」
そう。
確かにあの時マコトは運を望んだ。
その結果与えられたのはフォルトゥナの力だった。
「何故この世界に俺は来たんです?」
「…………望んだ者がいた。」
「何を?」
「…………不運を。」
「不運?俺の?何のために?」
マコトは背中に嫌な汗をかくのを感じていた。
自分があれだけ消し去りたいと願った不運を望んだ奴がいたからだ。
普通に考えれば常軌を逸する行動だ。
しかしそれを望んだ奴がこの世界にいたのだ。
「その者は望んだ。絶対的権力を。その為の不運を。そして掴んだのだ。」
老紳士は平坦な感情のない声で答えた。
「権力を。」
「権力…………不運でどうやってです?」
マコトは分からなかった。
不運を手に入れてどうやって権力を得ることが出来るのだろうと。
「不運で人を呪ったのだ。呪われた者はその後幾重に渡り呪いの連鎖で破滅へと導かれる。」
「…………不運で呪った?」
その言葉にマコトは耳を疑った。
昨日その話を聞いたばかりだったから。
そう。イリスが言っていたヴェスタ公国の呪いの歴史が正にそれと重なるのだ。
「でも、それはずっと昔の話。俺は今を生きてる。時間が全然合わない。それに…………自分の不運を他人に移すなんて。」
マコトはそこで気付いた。
気が付きたくない事実に。
イリスは探していた呪術師を。
他人に呪いをかけることの出来るシャーマンを。
「でも時代が違います。それはどうなるんです?」
「……必要な物は必要な時に寄る。」
「…………それはどういうことです?」
「言葉の通り。貴殿がここにいるのが何よりの答え。」
「そんな……事って…………」
不運だけが過去にいき自分が今のこの世界に来たという信じがたい事実にマコトは動揺を隠しきれなかった。
この事実はヴェスタ公国を混乱に追い込んだのはマコトにも責任があることを本人に伝えているも同然だったからだ。
「俺が……運を望んだ結果ヴェスタ公国は…………イリスは苦しんでるのか?」
マコトは今までに感じたことのない恐怖に襲われた。
自分が国を一つ滅ぼそうとしてしまっている事。
それで自分は自分の不運から逃れている事。
何よりそれをイリスに知られた時彼女にどうすればいいのかという恐怖だった。
「…………まだその呪いをかけた奴は生きているんですか?」
マコトは天にもすがるような思いで老紳士に聞いた。
もし、まだそいつが生きているならという思いがあったのだ。
「…………生きている。強い呪いは対価を要する。」
「対価?」
「そう。その者は呪いの対価に自身の身を差し出し死ぬ事の出来ない身となった。」
「そんな…………」
そこまでしてヴェスタ公国に呪いをかけるなんてどれだけの想いを抱いていたのだろうか。
マコトは言い表せない感情に包まれた。
「でも、まだ生きているならそいつを何とかすればいいはずだ。そいつは何ていう名前なんです?」
「…………緋色の観察者。」
「緋色の観察者?…………え?」
それは一瞬だった。
マコトは一瞬まばたきをしたかも自覚出来ないくらいの時間の間に先ほど歩いていた市場にいたのだ。
しかもそこは先ほどマコトが入った細い路地の入り口だった。
「くそっ!どういうことだよ。まだ話半分だぞ。」
マコトは急いでさっきの場所に戻ろうと路地に入った。
しかし…………
「あれ?…………路地がない。」
そこにはさっき歩いた細く長い路地は無く建物の間を抜けると直ぐに裏通りに出てしまうのだ。
何度もその間を往復してみるが結果は変わらなかった。
路地は消えてしまったのだ。
「…………今のは事実だったのか?」
マコトは夢を見ていたのではとも思ったが思いを改めた。
さっきまでの記憶ははっきりある。
あそこまでリアルな夢なんて見るもんかと。
そして……
「緋色の観察者…………」
名前ではないがヒントは得た。
しかし一つ大きな問題があった。
「…………イリスにどこまで話していいんだろ?」
今のが事実なら自分さえいなけれはイリスはヴェスタ公国は不運に見舞われることは無かった。
謂わばマコトも戦犯と言われてもおかしくはない。
マコトはイリスに話すのが怖かった。




