朝
翌日は全身の痛みと共に訪れた。
マコトはソファーの窪み部分から起き上がるのがしんどかった。
「……これは筋肉痛か。」
マコトは普段からあまり運動等をする方ではない。
よく何かに追いかけられることがあるくらいで基本的には帰宅部だ。
それなのに昨日の大暴れした結果翌日は実に辛い朝を迎えてしまったのだ。
それでも無理矢理体を起こした。
「くはー。やっぱり日頃から運動はしておくべきか。」
大きく背伸びをして体を右左に捻ってみた。
筋肉痛ではあるが動くのに支障はなさそうだった。
「ん?イリスは?」
ふと、ベッドの方を見るとそこには寝ているはずのイリスの姿はなかった。
昨日の今日でいなくなるということはなさそうだが、寝る前には確かに脱いでいたはずの銀色の鎧はなく自慢の剣も何処にもなかった。
「どこ行ったんだろ?」
トイレかとも一瞬思ったが剣まで持っていく理由もなく違うなと思い直した。
すると、窓の外からシュッ、シュッと小気味のいい音が聞こえてきた。
「何だ?」
マコトは窓を開けて外を見下ろした。
そこには一心不乱に剣を振るうイリスの姿があった。
朝陽を浴びる中で剣を振るう彼女の顔は真剣そのものであった。
「あんな顔もするんだな…………。」
マコトは今までイリスの戦う姿は何度か見たが顔までじっくり見たことはなくとても新鮮な気持ちになった。
普段のイリスの雰囲気にあの真剣さはない。
マコトは思った普段のイリスと今のイリスどちらが本物なのだろうと。
「でも…………」
昨日マコトが話した言葉は嘘ではない。
俺はイリスを救う。
このフォルトゥナの力を使って。
マコトは拳を開いたり閉じたりしながら改めて誓った。
がしかし…………
「昨日はカッコつけすぎたな…………」
昨日の夜の事を思い出して思わず赤面してしまった。
暴れまわった後で場の雰囲気も悪くなかったため勢いで言ってしまったが今思い返すとどれだけキザなことを言ってしまったんだろうと思った。
あの時はいい方に思考が向いていたが、もしイリスが迷惑がっていたらどうしようと悪いイメージがぐるぐると巡ってきた。
しかし…………
「おーい。マコトー!おはよー」
「おはよー」
上からマコトに見られていることに気付いたのかイリスが手を振っていた。
マコトもそれに答えるように振り返す。
その顔はいつも見るイリスの笑顔だった。
マコトは思った。
相手のイメージなんて関係ない俺が救いたいものはそこにあると。
その後マコトはイリスを待って二人で食事に行くことにした。
宿屋の一階が食堂になっておりそこで食事が出来たのでそこを利用することにした。
イリスはマコトの心配を他所に昨日のことはあまり気にしていないのか話題にはしてこなかった。
「それで今日はどうするんだ?」
食堂出来たのでマコトはとりあえず今後の行動を聞くことにした。
「とりあえず、昨日の報告しないといけないから集会所には行かないとね。」
「そうだな。俺も付いていくよ。集会所についても色々教えてもらいたいし。」
マコトは黒いパンをかじりながら答えた。
いい宿屋ではあったが食事は意外と簡素なもので朝は黒いパンと焼いたベーコンのみ飲み物はヤギのミルクだった。
「…………その後は依頼も見ないといけないし、後は情報収集かなあ?あとは色々買いたいものもあるし。」
イリスもベーコンを頬張りながら話す。
元お姫様なはずだけどこの間聞いた通りもう王宮生活は何処かに置いてきてしまったようだ。
もはや気品のようなものは食べ方からは感じられない。
「分かった。じゃあ、最初に集会所に行った後に2手に別れて色々やるのはどうだ?」
昨日お金がないと言っていたのに買うものはあるんだと思いながらもマコトは提案した。
「うん。そうだね。」
イリスはパンを一気に頬張るとヤギのミルクを飲み流し込んだ。
「よし。じゃあ行こうか。」
それを見たマコトは急いで手元の食べ物を口の中に押し込んだ。
「そういえば集会所に一緒に行くのはいいんだけどマコトは文字読めないんだよね?」
集会所に向かう途中歩きながらイリスが聞いてきた。
「うん。読めない。オレアノ文字だっけ?覚えないとダメだよな?」
「うーん。そうだね。これから集会所を転々としながら依頼をこなしていかないと稼ぐ手がないし。」
「やっぱり?」
マコトは思わずため息が出た。
まさか異世界に来てまで外国語の勉強をするとは思っていなかったのだ。
正直言って英語が苦手だったマコトは覚えられるかどうか不安だった。
「大丈夫だよ。そんなに難しくないよ。オレアノ文字は51文字の字から成り立っていてその一つ一つを覚えれば大丈夫だから。」
「なるほど。なんだか平仮名みたいだな。」
51文字で言葉を作るという点では全くの一緒だった。
しかしナチューロに入った時にオレアノ文字を見たが平仮名とは形は全然違う文字だったので結局は覚えなければならなかった。
「ひらがな?それはマコトは国の言葉?」
「ああそうさ。他にもカタカナとか漢字とかあって結構複雑なんだ。」
日本語は世界でも結構難しい分類の言語文字だというのを聞いたのをマコトは思い出していた。
「へーそうなんだ。そうだ。私がオレアノ文字教えてあげるからマコトはそのひらがなを教えて!」
「いいけど…………平仮名なんてたぶんヴェスタ公国じゃ使う機会ないぜ。」
恐らくヴェスタ公国だけじゃなくこの世界のどこへ行っても使うことはないだろう。
マコトはイリスにに勧めなかった。しかし…………
「いいの。私が知りたいって言ってるんだから。それにお互い教え会うのも悪くないでしょ?」
「…………ああ。」
またもマコトは強引に押しきられてしまった。
しょうがないと頭をポリポリと掻きながらどう教えようかと考えているとちょうど集会所に着いた。
「……昨日ぶりだな。」
昨日も見た光景に自然と口から言葉が出る。
昨日は急いでいたから時間をかけて見れていなかったがちゃんと見ると中々立派な建物だった。
「さあ、入りましょ。」
イリスは先にさっさと入っていってしまいマコトはそれに付いて行くといういつもの構図になった。
中ではまず先に集会所のイロハから教えて貰うことにした。
昨日来てはいるのだが見落としが多いことに自信のあるマコトは大人しく従う事にした。
「まずはここが依頼ボード。それぞれ職業毎に別れて依頼が張ってあるから自分にあった依頼を探すの。」
マコトは文字が読めなかったのでとりあえず場所によって違うということだけをしっかり把握しておいた。
職業は現在『無適正』ではあるがこれからイリスと一緒なら間違いなく戦闘系の依頼になるのだろうなあと思って眺めた。
「そして、依頼を見つけたらこっちの受付に依頼提出するの。それで依頼はOKよ。その後は依頼に沿って動くだけ。まあ、簡単よね。」
「うん。大丈夫。分かったよ。ありがとう。」
「どういたしまして。じゃあ、私はこれから昨日の依頼の精算をするから見てて。」
そう言うとイリスは受付の女性に昨日依頼が終わった後に村長から貰った判子の押された依頼書の片割れを渡し精算を行った。
依頼終了後にはこの判子が依頼終了の記しなるらしく必ず貰う必要があるらしい。
精算は特に問題もなくスムーズに終わりイリスは無事に依頼料を貰った。
「はい。これで終わり。どう?」
「うん。文字さえ読めれば何とか出来そうだね。で?今回の依頼料っていくらなの?」
実際の所はそれが一番気になった。
依頼がこれからの収入源になるのでどれくらいの相場なのか非常に重要な事だった。
「はい。これが依頼料。」
イリスの差し出した袋には汚い銅貨が20枚ほど入っていた。
「…………これだけ?」
あんなに頑張ったのに銅貨だけという結果に思わず口走ってしまった。
しかし、イリスは…………
「そう…………これはね。あの村の人のお金なの。」
「あの村の?」
「そう。依頼料っていうのはその依頼を出した人が決めるの。恐らくこのお金はあの村の人達が頑張って集めたお金。だから金額は少ないけどそれに負けない重みがあるの。」
「…………ごめん。」
そういう理由を知らなかったとはいえマコトは申し訳ない気持ちになった。
「…………しょうがないよ。知らなかったんだし。」
イリスは咎めることなく優しく言った。
むしろマコトが謝ったことに対して少し嬉しそうだった。
そして一つ咳払いをすると、
「よし。じゃあ、精算も終わったことだし情報収集といきましょう。」
元通りの笑顔で次の行動に移った。




