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7.宮廷魔術師候補殺害事件3.



 デニスが屋敷をあとにしたその日の夜、魔術師協会から手紙が届いた。明日の早朝ならば、現場を見ても構わないと遺族の許可が下りたそうだ。

 そして、亡き被害者のためにも必ず犯人を捕まえてほしいと言伝を預かったと手紙に書かれている。

 無論、ジャレッドも殺人犯を放置しておくつもりはない。

 ジャレッドもまた人を殺したことはある。だが、殺さなければ自分が死ぬという場面や、殺さなければいけない救いようのない相手が大半だった。

 好き好んで命を奪ったことなど一度もない。

 どのような理由があっても命を奪うことは許されない、恥ずべき行為だと思っている。

 ジャレッド自身、命を奪ってしまったことに後悔はしていないが、別の方法がなかったのかと考えることはあるのだ。

 そして、翌日。現場にいくことと、護衛をつけないことに相変わらず不満を抱き頬を膨らませているオリヴィエと、心配だと言うイェニーたちに見送られてジャレッドは昨日の朝亡くなった宮廷魔術師候補であるケヴィン・ハリントンの屋敷に向かっていた。


「どうしてお前がいるんだよ、プファイル?」

「護衛だ」

「いらないって言ったんだけど。そもそもどうしてお前が護衛なんだよ?」

「オリヴィエ・アルウェイに頼まれた。ジャレッドに敗北したとはいえ同等に戦える私なら安心らしい」

「頼んだオリヴィエさまもオリヴィエさまだけど、引き受けたお前もお前だな」


 オリヴィエが単身行動する自分を快く思っていないことは知っていたが、まさかプファイルに護衛を頼むなどとは思ってもいなかった。だが、彼なら魔術師協会から派遣される知らない誰かよりよほどいい。


「私はハンネ様だけではなく、オリヴィエ・アルウェイにも借りがある。頼まれれば断る理由はない」

「……お前」


 借り、とは言うまでもなくハンネローネとオリヴィエの命を狙ったことだろう。

 ヴァールトイフェルの依頼だったとはいえ、その後、屋敷を守ったとはいえ、プファイルの中では彼女たちに対する借りになっているらしい。

 彼がなにを思いそう決めたのかわからないが、ジャレッドは深く追求することをしなかった。


「お前がそれでいいなら俺からは特になにも言わないけどさ」

「そうしてくれると助かる。ところで、今向かっているのは昨日の朝に殺害された宮廷魔術師候補の屋敷だと聞いているが?」

「ああ。彼が魔術の研究をするためだけに家族が用意した屋敷らしい。家族と一緒に暮らしていなかったせいで容易く侵入されたのか、それとも相手が相当の実力者だったのかわからないが、現場を見て少しでも情報がほしいんだ」


 ハリントン家は伯爵家であり、宮廷魔術師候補のケヴィン・ハリントンは次男だが宮廷魔術師になることができたなら兄を差し置いて家督を継ぐ可能性もあったらしい。

 彼の兄がそのことを快く思っていなかったかどうかは不明だが、本来家督を継ぐ予定であった兄が、いくら弟が優秀だからとはいえ立場が危ぶまれることを面白くは思わないはずだ。

 魔術師というのは優秀であると優遇される。魔力を持つだけでたとえ平民でも希少であると求められるのだから、貴族社会では言うまでもない。

 昨晩、アルウェイ公爵が宮廷魔術師候補殺害を知り、情報をよこしてくれたのだが、これだけでは犯人にたどり着けない。

 普通なら兄が怪しいと考えるのだが、他の候補者二名まで殺害するのはおかしい。可能性として、事件に便乗して弟を殺害したのかもしれないが、それもやはり違和感がある。

 ケヴィン・ハリントンはジャレッドと同じ複合属性を持つ魔術師だった。炎属性と地属性を得意とし、特に攻撃に優れていたという。例え実の兄が不意打ちで襲いかかってきてもなんらかの対処はできたはずだ。

 そのくらいできなければ、宮廷魔術師候補にはなれない。


「ここだな。個人の屋敷にしてはでかいな……」


 考えている間に、ジャレッドたちは目的の場所についていた。

 ケヴィンの屋敷は王都の外れ近くにあった。人気が少ないわけではないが、貴族たちが住まう地区からは遠い。どのような魔術の研究をしているのか知らないが、王都内で研究や実験をするならまずまずの場所だった。


「おい、待て」

「……わかってる。誰か、いるな」


 まだ朝の早い時間帯とはいえ、近隣住民は日常を送っている。しかし、昨日、殺人が起きたばかりのこの一帯は静寂に包まれていた。

 そんな中、ケヴィン・ハリントンの屋敷からかすかにだが物音が聞こえる。

 普通なら聞き逃してしまうような些細な音だが、ジャレッドとプファイルの耳には確かに物音を聞き捕らえていた。


「いくのか?」

「いくだろ?」


 二人は顔を見合わせて頷くと、跳躍して屋敷を囲う壁を飛び越える。

 物音のする場所は屋敷の奥だ。

 音を立てないように意識しながら、地を這うように疾走するジャレッドたちは人影を見つけた。

 数はひとりだが、近づくと気配が二つあることに気づいた。

 見張りなのか建物の外にひとり、そして建物の中にひとりいる。


「殺すなよ」


 プファイルに忠告すると、腰からナイフを取り出して構え、音もなく人影の背後に回り込み首筋に刃を当てた。


「――え?」

「さわぐな。もし、大声を出したり、建物の中にいる誰かに助けを求めたら殺す。わかったら瞬きを二度しろ」


 もちろん殺すつもりも傷つけるつもりもないのだが、先手を取るために驚かすことはしかたがない。相手の目的も不明なため、荒い行動だと承知で行う。

 プファイルは建物の中に入ったため、この場にはいない。物音がしないので、同じように動きを封じたのだろうと判断する。

 ジャレッドは人影が自分と同じ年齢程の少女であることに気づいた。だが、ケヴィンの親族に少女はいない。

 いったい誰と考えながら、顔を覗くと、


「……ベルタ・バルトラム?」

「お前は……ジャレッド・マーフィー?」


 ナイフを突きつけられているせいで蒼白となった少女は、学園の同級生であるベルタ・バルトラムだった。

 彼女は友人であるラウレンツ・ヘリングの付き人兼護衛だったはずだ。彼女がここにいて、建物の中に誰かいるのなら、それは――。


「おい、プファイル! そいつを絶対に傷つけるなよ!」


 慌てて声を荒らげると、近い扉がゆっくりと開き中からベルタ同様に首にナイフを当てられて動きを封じられたラウレンツがプファイルとともに現れた。


「ジャレッド!?」


 驚きを隠せないラウレンツに対し、


「なんていうか、ごめん」


 と、謝ることしかできなかった。




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