6.宮廷魔術師候補殺害事件2.
「俺以外の候補者が死んだ?」
「本当なのですか?」
「遺憾ではありますが、事実です」
なんの冗談だ、とジャレッドは思う。
宮廷魔術師候補といえば、いくら候補がつくとはいえ魔術師協会と王宮がその実力を認める宮廷魔術師に匹敵する力を持つ者たちだ。
力だけではない。才能であったり、希少な資質であったりと、人それぞれではあるが、まったく実力がないということはありえない。
宮廷魔術師の力が発揮される場所の多くは戦場だ。もしくは、制止力となるべき存在でなければならない。ゆえに、才能があろうと、希少価値があろうと、戦う力が一定以上求められている。
そんな宮廷魔術師の空席を埋めるために選ばれた宮廷魔術師候補たちが殺されたなど、酷い冗談のようにしか聞こえない。
だが、納得もできる。魔術師協会に属するデニスに憔悴ぶりも、宮廷魔術師候補が殺害されたというならわからなくもない。おそらく、彼の協会員も似たり寄ったりなのだろう。
「犯人は見つかっているのですか?」
「不明です。現在、被害者との関係がある者をひとりひとり調べています。時間はかかるでしょう」
宮廷魔術師候補だけを狙う者など少ないはずだ。相応の実力を求められる。しかし、動機がなければこんなことは起こせない。
理由なく命を奪える者はそうそういない。
「……わたくしは宮廷魔術師に関して色々調べていました。父も同じです。ですが、宮廷魔術師候補が殺害されたことは初耳です。情報規制をされているのですか?」
「しています。魔術師協会と王宮の体裁を保つためというのも理由ではありますが、遺族の方々の願いにより無下にはできませんでした。また、犯人をいたずらに刺激しないために情報公開は控えるべきだと上が判断したのです」
「ですが、それでは他に被害が出てしまうのでは?」
「オリヴィエさまのおっしゃるとおりです。私どもも情報は公開するべきだと言っているのですが、するべきではないという意見も半数を超えているために情報が伏せられたまま現在に至ります」
悔し気に顔を歪めるデニスは、言うまでもなく情報公開をするべきだと考えているのだろう。しかし、魔術師協会も王宮も現時点ではするつもりはない。
「デニスさん、伏せられている情報を俺に教えてしまっていいんですか?」
「構いません。宮廷魔術師候補を連続して狙うのであれば、マーフィー様も危険になるかもしれません。私はもちろん、協会も王宮もそれを望んでいません」
「ありがとうございます。だけど、どうして宮廷魔術師候補を殺そうなんて……理解ができない」
誰かひとりだけであれば、怨恨などが考えられた。だが、候補者三人の内、ひとりは他国の人間だ。怨恨が繋がっているとも思えない。
「あの、本当にジャレッドまで狙われるのでしょうか?」
「断言はできません。ですが、候補者という共通点がある以上、警戒しておくべきだと思います」
「他に共通点はなにかありませんの?」
「あまり言いたくないのですが、マーフィー様以外の候補者は、実力こそありますが、コネによって推薦された人物たちです」
「……そんなことが?」
驚くオリヴィエにデニスが頷く。
「残念ながら、コネも必要な時代となってしまいました。実力のみを重視していたころに比べれば平和になった証拠なのでしょう。協会としましては実力に重点を置きたいのですが、国が絡む以上そうはいきません」
「もしかして、ジャレッドもコネがあったのですか?」
「今回の候補者たちが、宮廷魔術師の弟子や、親族、力を持つ貴族の養子という中、唯一マーフィー様のみが純粋に実力だけで候補となりました。もちろん、複数の属性を持つ大地属性の魔術師であることも理由としては大きいですが、コネは一切ありません」
「なら安心しました」
安堵するオリヴィエを視界に入れたまま、もしかしたら公爵家と関わったせいで自分が宮廷魔術師候補に選ばれたのではないかと不安になったのだとジャレッドは察した。
だが、オリヴィエが婚約者に選ばれる前に宮廷魔術師候補の話があったと伝えられている。
ジャレッドにとっては、どちらも同じ時期に突然教えられたので大差はない。仮にコネだったとしても、それはそれでいいと思う。人脈も力だ。単純に強いだけの人物なら、宮廷魔術師になる意味もないかもしれない。
そういう意味では、ジャレッドは亡き候補者たちがコネによって推薦されたことに思うことはない。一定以上の実力があり、宮廷魔術師となるべく力があるのならそれで構わないはずだ。
綺麗ごとばかりでは物事が成り立たない。むろん、綺麗ごとが叶うなら理想だが。
「今回の一件は前代未聞でした。もともと水面下でありながら犯人を追っていた協会ですが、今朝候補者の最後のひとりが殺害されたことにより大慌てとなりました。すぐにマーフィー様にもお伝えしなければと馳せ参じたのです」
「お気遣いに感謝します。このままだと警戒しないまま敵と相対していたかもしれません」
「こちらこそ、情報を伏せていてしまい申し訳ございません。その、言い辛いことではあるのですが、マーフィー様にお伝えすると公爵へも耳に入ると考えた上の人間の一部が、犯人を秘密裏に捕まえることで事態を収拾しようとしたのです」
公爵すら知らなかった候補者の殺害が、犯人が捕まらずジャレッドまでも狙われている可能性があるという話として公爵の耳に入るのは困ると思ったのだろう。
しかし、現実は犯人を捕まえることはできなかった。ジャレッドだけではなく、オリヴィエにも伝わった以上、公爵の耳に届くのも時間の問題だ。いや、今ごろ公爵へ直接事情の説明がされていつかもしれない。
「候補者がマーフィー様だけになってしまった以上、協会としても全面的にサポートしたいと思っています。今さら、と思うかもしれませんが、どうか魔術師協会を見限らないでいただけないでしょうか!」
「俺は別に協会を見限るなんてことはしません。だけど、お願いが二つあります」
「おしゃってください」
「まずひとつ、護衛はいりません」
「ちょっとジャレッドっ! あなた、どうしてそんなこと――」
オリヴィエの怒りもよくわかるが、話は続いている。なので、人差し指を立てて、彼女の口をふさいだ。
「協会を信じていないわけではありませんが、どこの誰だかわからない人間に監視されるのはごめんです。護衛が信頼に足るべきかどうか、足手まといにならなかどうかも疑問です。なによりも、犯人がわからない以上、この屋敷に必要以上に近づいてほしくないんです」
「……わかりました。確かに、協会員ではマーフィー様の足手まといになる可能性はあまりにも大きい。私としては護衛を置かせてほしいのですが、飲みましょう」
「ありがとうございます。そして、もうひとつ――俺に、今朝被害に遭った方の現場を見せてください」
「現場を、ですか?」
護衛をいらないと言ったことは意外と簡単に受け入れたデニスだったが、現場を見たいと言うと渋い顔をする。
「なにか問題でもありますか?」
「問題といいますか、まだ被害者の血痕などが残っていますし、なによりもその方の自宅での事件ですので、遺族が了承するかわかりません」
「っぷはっ、ちょっと、いつまでわたくしの口を指で押さえているつもりなのかしら!」
言葉の途中で唇を塞がれてしまったオリヴィエが抗議の声をあげた。
「ああ、ごめんなさい。でも、話の途中で文句を言うから」
「だって、護衛をいらないなんて言うからでしょう。わたくしたちに気を使ってくれるのは嬉しいけれど、もう怯える必要はないのだから平気よ」
「俺が平気じゃないんです。だから、護衛はいりません。最悪の場合はプファイルを楯にするからご心配なく」
オリヴィエの心配は嬉しいが、ジャレッドは不特定多数の人間を屋敷に近づけたくはなかった。
先ほどは色々と理由を口にしてみたが、結局のところ理由はそれだけだ。
「護衛の件は置いておくとしても、犯罪現場に足を運びたいってどういうことなの?」
「宮廷魔術師候補を全員殺害するつもりなら、俺も対象であるはずです。ならば手口を知っておきたい。手口を知るなら、現場にいくしかありません」
オリヴィエに説明しながらデニスに視線を向ける。
ジャレッドが言っていることはもっともであるため、反論ができないようだ。
「……では、遺族の方々が許可した場合、と条件をつけさせていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんです。遺族の反対を押し切ってまで現場を見たいとも思っていません。ただ、するべきことをしておきたいだけなのです」
「でしたら、少しお時間をください。できるだけ早くお返事しますので」
ジャレッドの申し出を渋々ながらに受け入れたデニスは、疲れたように頷くのだった。




