3.ハンネローネ・アルウェイの日常1.
アルウェイ公爵がオリヴィエたちと話をしているころ、プファイルはハンネローネたちと一緒に花壇の手入れをしていた。
先日からこの屋敷で生活を始めたイェニー・ダウムとメイドのトレーネと四人で、如雨露を使い花々に水をあげていた。
春とはいえ、未だ肌寒さを覚えることはあるものの、日中は暖かく日差しも強い。やはり定期的に水をあげなければ植物も弱ってしまう。
「こうしてみんなと一緒にお花の世話ができて嬉しいわ」
そう微笑むのはハンネローネ・アルウェイ。
つい先日まで命を狙われ続けていたアルウェイ公爵家の正室であり、ジャレッドの婚約者オリヴィエの母だ。
だが、彼女には長きにわたって命を脅かされていたことなど感じさせない明るさがあった。
ジャレッドやプファイルは、そんなハンネローネを強いと思い、尊敬の念を抱いていた。
「お茶の支度ができましたよ」
トレーネが支度した紅茶の香りが花々の匂いとともに鼻腔をくすぐる。
「イェニーちゃん、プファイルちゃん、お茶にしましょう」
「はい、ハンネローネさま」
「……いただこう」
四人掛けのテーブルに腰をかけると、小休憩を兼ねたお茶会が始まった。
すでにハンネローネは公爵と話をしており、コルネリアのことはもちろん、エミーリアに関することもすべて聞いている。
処罰を厳しくしないようにと願い、エミーリアに与えるチャンスにも異論はない。むしろ、かつては娘同然にかわいがり、今も憎からず思っている少女に対し、オリヴィエが許すことができるなら関係が修復されることを願っていた。
公爵から屋敷に戻ってこないかと打診されもしたが、今さら屋敷に戻ってもいらぬ波紋を立ててしまうのではないかと案じ、やんわりと断った。
ハンネローネはオリヴィエを心から愛しているが、男児を産むことができなかったことへの罪悪感はある。
子供ができにくい体質なのではないかと思うも、オリヴィエをお腹に宿したのは結婚してからすぐなのでそうではないだろう。
子供が多い公爵も違う。ならば、天によって定められているのだとハンネローネは受け入れている。
今では家族が増えた。
愛娘の婚約者ジャレッド・マーフィー、彼の従姉妹であるイェニー・ダウム、そして一度は自分の命を狙ったヴァールトイフェルのプファイル。
彼らがいるだけで、日々が賑やかだ。
母とトレーネ以外に心を開かなかったオリヴィエが、ジャレッドと楽しそうに会話して、イェニーの若さに気圧され、マイペースなプファイルに怒る姿を見ているだけで、ハンネローネは心が暖かくなるのを感じていた。
「毎日が楽しいわね」
この日常に愛する夫がいないことに寂しさを覚えないわけではないが、これからは頻繁に会えると言ってくれたので心配はしていない。
心残りなのは、コルネリアのことだけ。
ハンネローネはまさかコルネリアが自分の命を奪おうとしているとは思ってもいなかった。
彼女が幼少期から公爵へ想いを寄せていたことは知っていたが、その想いの深さに正直、驚きを隠せなかった。
自分を亡き者にしてでも一番になろうとしたのは同じ女として理解ができる。しかし、オリヴィエまでを害そうとしたのだけは、本音を言ってしまえば許せない。だが、エミーリアとオリヴィエの今後を考え、飲み込んだのだ。それが、どれだけ辛いことだったのか、誰かに伝えることはないだろう。
コルネリアが今、なにを思いなにをしているのかが気になる。
夫には大事にしないように伝えたが、長く連れ添っているので彼の怒りの大きさはわかっていた。
コルネリアが抵抗すればするほど、夫の怒りは強くなるだろう。そうわかっていたので、早く解決することを願う。
そして、できることなら――一度で構わないのでコルネリアと話がしたかった。
彼女の想いを知り、そして、受け止めたかったのだ。
きっと娘は反対するだろう。甘いと怒るかもしれない。
しかし、コルネリアは幼馴染みであり、かわいい妹だったのだ。かつてはともに夫を支えてもいた。
ゆえに、仲直りができなくとも、彼女の本心を知りたかった。
「ハンネローネ様、そろそろ公爵様がお帰りになるそうです」
「あら、オリヴィエちゃんたちとのお話は終わったのね。では、寂しくなるけれど、見送りましょう」
「ご一緒します」
「ありがとう、イェニーちゃん」
すっかり打ち解けることができたイェニーにハンネローネは微笑む。この、まだ幼さを残すも、深い愛情をジャレッドに抱く少女をハンネローネは気に入っていた。
娘が年齢差を気にしていることを知っていたが、今まで恋愛とは無縁だったオリヴィエがイェニーに危機感を覚えて日々頑張っている姿は微笑ましい。
自分とコルネリアのようにはならず、仲よくしてもらいたいと心から願う。
「私はここで花の世話の続きをしていよう。公爵も私の顔を見ればいい気分にはならないだろうからな」
「そんなことないわよ」
「……ですが、今日はやめておきます」
一度は命を狙い、一度は家族を救ってくれた暗殺者の少年も、ハンネローネにはかわいい息子のようだ。
屋敷を出ていこうとした彼を引き留め、屋敷へ滞在させようとしたのは、プファイルが怪我をしていたこともあるが、寂しさに震える子供のようだと思えてならなかったからだ。
まだ数日の付き合いだが、ふとしたときに笑顔を見せてくれることもある。ジャレッドと話をしている姿は親しい友人か兄弟のようだった。
ハンネローネにとって、この屋敷に住まうみんなは大切な家族だ。
ゆえに願う。
――いつまでもこの家族が仲よく暮らしていけますように、と。
短いですが更新させて頂きました。
しばらく不定期更新となりますが、よろしくお願い致します。




