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2.片づかない厄介事2.



「正直なことを言ってしまえば、コルネリアの一件が明らかになったおかげで、跡目争いに必死だった他の側室たちが大人しくなったのはありがたい。おかげで、コルネリアに集中できる」


 おそらく側室たちも公爵がただ優しく甘い男ではないと知ったはずだ。

幼馴染みであり、ハンネローネが屋敷を去ったあと、もっとも権力を持つ側室として君臨していたコルネリアを容赦なく断罪しようとする姿が、超えてはならない一線を越えた者の末路を見せつけただろう。


「もともと義父はコルネリアに甘い人だったが、まさか今回の件で庇うとは思ってもいなかったよ」

「向こうはなんと?」

「処罰を軽くしろと、そうでなければ娘を渡すことができないと言われてしまったよ」


 苦々しい表情を浮かべる公爵に、オリヴィエはもちろんジャレッドも言葉がない。

 人の命を奪おうとしておきながら、処罰を軽くしろなどといくら娘のためでもよく言えたものだと呆れてしまう。


「お父さまは、コルネリアさまをどうするおつもりなのですか?」

「無論、厳しく罰する。トビアスを後継者のひとりから外し、エミーリアにも相応の処罰を与えるのだから、もっとも罪を犯したコルネリアを許すわけにはいかない。本来なら、殺人未遂罪として問いたいが、証拠はプファイルの証言のみ。彼が証言しても構わないそうだが、それでは彼もまた裁かれてしまうことになる」


 イェニーが誘拐された際、ジャレッドに変わって屋敷を守ったプファイルに公爵は少なからず恩義を感じていた。

 一度はハンネローネの命を奪おうとした少年だが、そのハンネローネが許しており、今も一緒に住んで楽しそうにしている光景を見てしまったので、公爵としては複雑極まりないはずだ。

 それでも、ハンネローネの笑顔を曇らせたくないために、プファイルが裁かれることになるようなことはしたくないと言う。

 一度懐に入れてしまえば甘いところがある公爵の一面だが、その甘さも今回は妻のためであるゆえ、わからないでもなかった。

 ジャレッド自身も、一度は手を組んだプファイルが第三者に裁かれるのはおもしろくない。もし、裁かれるときがくるのなら他ならぬ自分の手で裁きたいと思っている。そして、それは再戦の約束を果たすことでもある。


「ハンネが害されていれば私自ら断罪していただろうが、他ならぬハンネが許していることも考慮して、コルネリアは領地にて軟禁させる予定だ。限られた者だけしか会わせず、情報も与えない。トビアスとエミーリアにも月に一度しか面会はさせない」

「……呆れた。お母さまはコルネリアさまをお許しになったというの?」

「そうだ。ハンネはコルネリアを許したが、それ以上にオリヴィエやエミーリアに恨みを残したくないようだ」

「恨み?」


 オリヴィエの疑問の声に、公爵が頷く。


「もし、私がハンネの声を無視してコルネリアを断罪すれば、娘の前でこうは言いたくないが処刑だ。命を狙い、何度も刺客を送ったのだから公になってもならなくても避けられない。だが、そうしてしまえば、自業自得とはいえトビアスやエミーリアがお前を恨むかもしれない。お前だけではなく、ジャレッドや、トレーネ、そして私のことも」

「お母様……」

「エミーリアにチャンスを与えたいと思っているのなら、コルネリアを処刑することはできない。間違いなく、親の罪を明らかにしたエミーリアが罪悪感を抱いてしまう。できることなら、私もそれは避けたい。ゆえに、生かしはするが、それだけだ」


 公爵の硬い声にジャレッドは背筋が冷たくなるのを感じた。

 間違いなくアルウェイ公爵は、側室コルネリアに怒りを抱いている。だが、ハンネローネの嘆願と、娘たちの未来のために怒りを飲み込もうとしていた。それでも、すべての怒りを飲み込めるはずもなく、その怒りはコルネリアの軟禁へと繋がる。

 軟禁と言えば聞こえはいいが、おそらく幽閉となるだろう。

 今この場でこそ、コルネリアに対してわずかな情けがあるかもしれないが、父親とともに捕まりたくないと抵抗すればするほど、温情は消えていく。

 命こそ奪われないかもしれないが、死んだも同然の余生を過ごすことは想像に容易い。


「だが、コルネリアのことは今はいいのだよ。問題は、エミーリアだ。あの子のおかげでコルネリアの一件が明るみに出たのは確かだが、今までオリヴィエに対して行ってきたことはもちろん、コルネリアの所業を見逃し、一度は手伝おうとしたこともまた事実だ。とはいえ、オリヴィエからも言われたように、チャンスを与えたい」


 母親のような悪事こそ働いていないが、長年オリヴィエに対して行っていたことも明らかになったため罰しなければならない。だが、まだ若く、心を入れ替えたエミーリアにチャンスを与えたいという親心に、オリヴィエは反対しなかった。


「どうだろうか?」

「いいと思います。わたくしは噂を流されたことを気にも留めていません。お母さまがコルネリアさまを許すことができるのですから、わたくしだってエミーリアを許します。本当は、ひとつだけ許せないことがありました――」

「それは?」

「婚約したせいでジャレッドを巻き込んでしまったことです。そしてイェニーも。ですが、ジャレッドもイェニーも気にしていないと言ってくれたので、もういいです」

「ジャレッド……エミーリアの親として改めて謝罪するよ、すまない。そして、気にしないと言ってくれてありがとう」

「いいえ」


 言葉短くジャレッドは応えた。

 ジャレッドの脳裏には、先日会ったエミーリアが浮かぶ。

 自分とイェニーのためにリスクを冒してくれたこと、プファイルを遣わしてくれたことなど、感謝はしている。どちらにせよ、コルネリアが依頼していたためヴァールトイフェルとローザ・ローエンとはぶつかっていたので、彼女からの援軍はありがたかったのも事実なのだ。

 そして、プファイルは約束を守り屋敷を、オリヴィエとハンネローネ、そしてトレーネを守ってくれた。感謝してもしきれない。

 イェニーも囚われた際、エミーリアに気づかってもらったことを言っており、彼女を恨んでいる気配はない。

 なので、心を入れ替えたエミーリアにチャンスを与えることに、ジャレッドもまた反対する気はなかった。


「私が考えているエミーリアに関しては、学園内の監視付きで卒業まで学園には通わせたい。幸いと言っていいのか迷うが、今回の一件は水面下で行われたので噂になっていない。噂になるようなこともさせるつもりはない」


 すでにコルネリアに組していた家人も捕らえられ処分されたと聞いている。

 厳しい公爵の対応を見て、今回の一件を誰かに伝えるなど愚かなことをする家人はいないだろう。心配なのは、他の側室やコルネリアの実家だが、側室たちもコルネリアのせいでアルウェイ公爵家の立場が悪くなることは望んでいないはずだ。コルネリアの実家もまた娘の失態を噂にはしたくないだろう。

 ならば、噂になることは極力避けることはできるはずだ。


「無論、学園に通っていない時間は部屋に軟禁する。このくらいしなければ、逆にエミーリアの立場が危うくなる」

「そうでしょうね。エミーリアに関して、コルネリアさまのご実家はなにも言わないのですか?」

「言わない。義父は娘だけなんとかなればそれでいいらしい。むしろ、娘を危険に晒した孫を疎ましく思ってさえいるようだ。実に愚かなことだと思うよ。実際、コルネリアの兄妹たちはコルネリアをなんとかして屋敷から追い出そうと躍起になっている」


 つまり、コルネリアの父親以外はまともだということだ。


「当たり前だ。ことを荒立てないために極力穏便にしようと思っているが、我が公爵家が本気にあればコルネリアの実家など敵ではない。それをしないのは、コルネリア以外を裁く気がないからだ。しかし、義父が無駄に庇えば私にも思うことはある。そして、コルネリアの兄妹はそれを恐れているのだよ」


 遅かれ早かれ身内の手によってコルネリアは屋敷から追い出される、と公爵は断言する。

 いくら父親が庇おうと、兄妹が追いだそうとしているのなら実家とはいえ居場所がないはずだ。図々しく居座ることもできるかもしれないが、公爵家を敵に回したくない一族が唯一の味方である父親を引きずり降ろしてしまえばコルネリアに選択肢はない。


「エミーリアに関してはわかりました。学園を卒業後はどうなさるつもりですか?」

「卒業まで三年ある。三年で、大きく成長できるのであればそのときにまた道を示そう。今は、本人が反省しているため、あまり未来の可能性を狭めたくない」

「そうですね、それがいいと思います。あと、できましたら、お願いがあるのですが」

「なにかね?」

「エミーリアを許す代わりと言うのは変ですが、これからのことも考えて、わたくしをあの子に会わせてください」




明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

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