1.片づかない厄介事1.
ジャレッド・マーフィーは婚約者のオリヴィエ・アルウェイとともに、彼女の父親であるアルウェイ公爵と向かい合っていた。
先日、自ら母親の行った悪事を打ち明け捕縛されることとなった、オリヴィエの腹違いの妹であるエミーリア・アルウェイについての処罰に関することを、父が相談しにきたため自室に招いたのだ。
あまり母ハンネローネには聞かせたくないようだったのだが、母もひと通りのことは把握している。
その上で、父に寛大な処置を求めたことは実に母らしいと思えた。
オリヴィエはエミーリアに関して、重い罰を求めてはいない。そう父にも伝えたはずが、なぜ会いにきてまで妹の処罰を決めようとしているのか不思議だった。
「お父さま、エミーリアに関しては寛大な処置をとお願いしたと思うのですが」
「うむ。わかっている。だが、やはり一度こうしてお前の意見をしっかり聞いておきたかったのだよ」
コルネリアの悪事が明るみに出たこともあり、公爵の温和な雰囲気の中にあるわずかに張りつめていたものが消えているようにジャレッドは感じた。
長年、暴くことができなかった側室の所業を暴くことができたのだから気持ちは楽になったのだろう。
とはいえ、まだコルネリアは捕まっていない。諦めが悪く実家に匿ってもらっているのだと聞いている。
「エミーリアが心を改めたからこそ、コルネリアの件が明るみに出た。そのことは変えようがない事実だ。しかし、一度はエミーリアもコルネリアに加担しようとし、長年オリヴィエに対して悪い噂を流すなど、罰するべき点はある」
「……そうですね。エミーリアはどうしていますか?」
「あの子なら、変わらず自室に見張りをつけて軟禁している。私と、兄のトビアス以外ではメイドとの接触も最低限にしている。だが、待遇を悪くはしているわけではないから、安心しなさい」
「トビアス、さま?」
知らぬ名前にジャレッドが首を傾げると、オリヴィエが説明してくれた。
「わたくしの弟で、アルウェイ公爵家の長男よ。歳は、二十三歳で、彼も王立学園の卒業生よ」
なるほど、とジャレッドは納得した。
コルネリアがハンネローネを害して正室になろうとした理由の一端が見えた。
トアビス・アルウェイが長男であるなら、自然と家督を継ぐのは彼だ。公爵は優秀な子供の中から継がせると公言しているが、それでも長男というステータスはあまりにも大きい。
「トビアスは愛する息子だが、特別秀でているものがない。だからといって凡人というわけでもなく、秀才肌だ。しかし、今回の母と妹が犯してしまった過ちを知り、跡継ぎになることを完全に放棄した。私も受け入れ、トビアスを跡継ぎに指名することはしない」
間違いなくコルネリアは憤慨するだろう。
トビアスのために悪事を働いたわけではないだろうが、複数の理由の中のひとつであることは間違いないのだ。だというのに、自分のせいで息子自らが跡継ぎを放棄したのだから、人生なにがあるのかわかったものではないとつくづく思う。
「では、トビアスは今後どうするのですか?」
「幸いと言うべきか、あの子は兄として他の兄妹とそこまで仲が悪いわけではない。むしろ、兄妹仲はもともと悪くなかったのだ。魔力を持ち嫉妬されているコンラートでさえ、トビアスとの関係は良好だった。しかし、母親同士が不仲なせいで子供たちも自然と距離が生まれてしまった。トビアスとコンラートは疎遠になったくらいで済んだが、他の兄妹の仲は……正直、頭が痛くなるよ」
大きくため息を吐きだす公爵。コルネリアというハンネローネを狙う犯人が明らかになっても悩みは尽きないようだった。
「トビアスは次期当主の補佐をさせようと思っている。トビアス自身がそれで構わないと言っているが、私が思うに他にやりたいことがあるようにも思える。改めて話をする約束をしているので、その辺りも聞いてみたいと思っている」
「そうですか、トビアスは当主以外になにか夢があるのですね」
「夢があるのなら応援してやりたいと思っている。トビアスは、悪事など知らず領地で勉強をしていただけなので、加担をしていないこともわかっている。ただ、婚約者がいるのだが話が流れるかもしれないな」
「……次期当主にもっとも近いと思われていたのがトビアスですから、後継を放棄したと聞けば婚約者の一族もいい顔をしないでしょうね」
「これだから貴族社会は嫌になる――と、すまない。私が愚痴を言ってしまうわけにはいかないな。トビアスの件は父親として私がなんとかしよう。だが、問題はコルネリアだ」
ハンネローネを害そうとした側室の名を口にした途端、公爵は苦虫を噛み潰したような顔となる。
同時に、公爵から怒りを感じた。
いくら幼馴染みであっても、ハンネローネを亡き者にしようとしたことは許せないのだろう。
ジャレッドはコルネリアのことをよく知らない。ただ、ハンネローネを亡き者にするため、冒険者を雇い、果てには暗殺組織であるヴァールトイフェルまで雇ったと聞いただけだ。
話を聞く限り感情的な人間だとは思うが、そんな人物がどうやってヴァールトイフェルと繋がりを持ち、雇うことができたのだろうかと疑問もある。
そう考えると、コルネリアの単独行動だとは思えない。
もっとも、アルウェイ公爵もヴァールトイフェルと繋がりはあるので、上手くやったのかもしれないが、話に聞くコルネリアの人物像では難しく思えた。
「コルネリアさまは、まだ抵抗なさっているのですか?」
「残念だが、抵抗している。実家に逃げたと家人の話でわかっていたので、公爵家の兵を動かしたが、あまり大事にすると内戦と他国に受け取られてしまう可能性があるのでやり過ぎることができない。私は、一度だけ義父と交渉したが、話にならなかったよ」
疲れたように嘆息する公爵に、ジャレッドはもちろん、オリヴィエもかける言葉が見つからなかった。