46.Epilogue1.
「――以上が、わたくしの秘密です」
オリヴィエ・アルウェイは自室でジャレッド・マーフィーと一緒に彼の従姉妹のイェニー・ダウムの秘密をすべて聞いた。
剣鬼と呼ばれる彼らの祖父ダウム男爵を超える剣の才能を持ちながら、戦う理由も仕える主もいないイェニーが力をもつことを危惧され、戦うことを禁じられていたこと。最低限の訓練はしていたようだが、これは剣士としてダウム男爵が彼女の才能を捨てさせるには惜しいとどこかで思っていたからだとオリヴィエは判断する。
しかし、イェニーの実力はわずかな訓練だけでも才能は伸びていき、剣を持てば戦いに最適化してしまう身体らしい。オリヴィエにはすべてを理解できないことだが、戦う必要のない少女にはいらない力だということだけはわかる。
強すぎるイェニーはまさに剣の一族ダウム男爵家の人間だった。一度は人質になったのも、祖父の言いつけ通りか弱い少女であるためだったらしい。むろん、ジャレッドに対する人質にされるとは思っていなかったそうだ。
聞けば、窮地に陥ったジャレッドを救い、ヴァールトイフェルのローザ・ローエンを退けたのもイェニーだという。
それだけの力を持ってしまったイェニーの枷として、少女が兄と慕い焦がれるジャレッドが選ばれた。もちろん、祖父母がジャレッドをダウム男爵家の当主にしたかったこともあるのだが、同時にイェニーのためであったことも知らされた。
このかわいらしい少女のどこにそれほどの実力が隠されているのか、話を聞いただけではオリヴィエは到底想像もできない。
唯一、わかることがひとつだけ――ジャレッドがオリヴィエの婚約者になったことによって、イェニーもまた巻き込まれてしまったのだ。
少なくとも、ジャレッドとイェニーが予定通り婚約していれば、少女の秘密が明かされることなく幸せだったかもしれない。
そう思うと、オリヴィエに罪悪感が生まれてしまう。
「打ち明けてくれてありがとう。あなたの秘密を口外しないと誓うわ」
「いいえ、お姉さま。祖父母は極力隠すように言っていましたが、わたくしはあまり気にしていません。それに、ローザ・ローエンさまにも知られてしまいました。遅かれ早かれ、わたくしのことは誰かしらに知られていたでしょう」
「でも――」
「それよりも、大事なお話があるのです」
負い目を感じているオリヴィエの声を遮り、イェニーが真面目な表情を浮かべる。
「なにかしら?」
文句を言われる覚悟も、ジャレッドを返せと罵倒される覚悟もしていた。
「先日にお会いしたときには隠していたため言えませんでしたが、今日ははっきりと言うことができます。わたくしなら、オリヴィエさまとハンネローネさまをお守りするお手伝いができます。コルネリアさまという脅威がまだある以上、お兄さま以外にも戦力は必要だと思います」
「……それはそうなのだけど、つまり?」
「わたくしをお兄さまの側室にお認めください。わたくしは望まない力を持っていますが、この力でオリヴィエさまのご家族をお守りします。お兄さまだけではなく、オリヴィエさまたちを守ります。ですから――わたくしを受け入れてください」
しかし、イェニーの口から発せられたのは、文句でも罵倒でもなく、側室になりたいということ。
自分の力を使いオリヴィエたちを守るからジャレッドと一緒にいたいという、少女の真っ直ぐな想いだった。
「負けたわ。正式にあなたを側室にするには、あなたのお祖父さまやわたくしの父に正式に話をしなければならないけど、いいわ。わたくしはあなたを側室として認めます」
「――お姉さまっ!」
「でも! あなたの力を借りたいからじゃないわ。あなたが一途にジャレッドを想っていることを知ったからよ」
「はい!」
嬉しそうに微笑むイェニーにオリヴィエもつられて笑みを浮かべる。
正直言ってしまえば、正式に結婚していないオリヴィエに側室がどうこうという権利はないだろう。だが、ジャレッドたちに面と向かって側室は自分の許可が必要と言ったことがあるため、臆することなく意見を言ってきたイェニーをオリヴィエは嫌いではない。むしろ、好ましく思っている。
年若く、なにより自分にはない可愛らしさと愛嬌を持っている彼女のことを見習いたいとさえ思える。
胸に抱く罪悪感もあって、オリヴィエはイェニーを受け入れる以外の選択肢はなかった。
しかし、きっとうまくやっていけるだろう、と根拠のない自信がある。
オリヴィエ自身も、まだジャレッドと結婚するには準備が必要だ。確実に母の安全が約束されていないことや、ジャレッドが未成年であることなど、もう少し時間はかかるだろう。
だけどそれでいいと思う。
ずっと恋をしたことがなかったオリヴィエは、ゆっくりと歩きだしたところだ。
不器用で危なっかしく、そして色々と秘密を抱えている婚約者にこれからも迷惑をかけるはずだ。そして彼の心配をさせられ、やきもきさせられるのだろう。
ついこの間まで、母とトレーネと三人で暮らしていたのが懐かしく思えてしまう。
時間が経てば、イェニーも一緒に暮らすようになるだろう。そして、我が家にはおまけもいる。
「これから賑やかになりそうね」
「……ところで、お兄さまが硬直したまま動かないのですが?」
「放っておきなさい。あなたが側室になることが決まったから、照れてしまってどんな顔をしていいのかわからないのよ」
「あら、そうなのですか。もうっ、お兄さまったら!」
置いてきぼりにされたまま展開についていけず呆然としているジャレッドを見て、思わず笑みがこぼれてしまうオリヴィエだった。