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45.ローザ・ローエンとの戦い5.



「お兄さま!」


 ジャレッドの身を案じて叫ぶイェニー。


「……奴はいったい何者なんだ。触れたものをすべてに砂に変えるなど、魔術の範疇を超えている」


彼女の隣では、力なく地面に倒れるローザが忌々しく呟いた。イェニーはジャレッドなら無事であると信じて、ローザに剣と視線を向ける。


「……そんなことわたくしが知りたいくらいです。あなたはお兄様のことを色々と嗅ぎ回ったそうですが、ご存じないのですか? この砂と化す現象は大地属性の魔術ではないのですか?」

「違う。大地属性はあくまでも地属性、火属性、水属性という複数の属性を持つ魔術師をそう呼んでいるだけだ。大地属性魔術というものもあるが、それは大地属性魔術師に許された複数の属性を同時に扱う魔術でしかない。すくなくとも物だけではなく人間までを砂に変えてしまうことなど現代の魔術にはできない」

「ご説明どうもありがとうございました。さて、わたくしはどうするべきでしょうか。お兄さまを追い詰め暴走させたあなたをここで殺すべきか、それともお兄さまに引き渡すために生かしておくべきか……正直迷っています」


 ジャレッドのことを思えば憂いを絶つべくローザをこの場で始末することが正解なのかもしれない。

イェニー自身は人質にされたことは構わないが、そのせいでジャレッドの枷となってしまったことは悔やんでも悔やみきれない。


「殺せ。だが、貴様のその技量について教えてもらいたい。お前の剣技は十四歳の子供が持つものではない。いったいどれほど日々の訓練に時間を費やした?」

「いえ、特に別に」

「なに?」

「わたくしは護身術を嗜む程度でしか訓練を受けていません。それ以上は祖父によって禁じられているのです」


 ローザの目が見開く。仮にも血のにじむような訓練を幼いころから続けていた彼女にとって、自分を上回る剣技を持つ少女が嗜む程度にしか訓練していないことが信じられない。


「剣鬼と呼ばれるダウム男爵が、貴様の才能を知って訓練を禁じるとは驚きだな」

「わたくしには祖父を超える才能があるそうです。ですが、わたくしはあまりにも戦うことに興味がなく、戦う理由も持つことができません。人並みの正義感があっても、忠義など生まれてこのかた抱いたことがないのです。そんなわたくしが力を得ることをお祖父さまは恐れたのでしょう。そして、人並みの幸せを求めるべきだと言ってくださいました。ですから、わたくしは力を振るうことなく、か弱い少女であり続けました。――あなたがお兄さまを傷つけるまで」


 言いつけを守り攫われたときも抵抗はしなかった。だが、もうあのとき、ジャレッドに対する人質になるのだと知っていれば、イェニーは間違いなく抵抗していただろう。


「藪をつついて蛇を出したのか……」

「お祖父さまも、お祖母さまもわたくしには枷が必要だと考えていました。剣を握れば否応なく戦闘に最適化してしまうこの身体で生きていく以上、わたくしを導き、わたくしが守りたいと思える大切な人が――ジャレッド・マーフィーという最愛の人が」

「……なるほど、ジャレッド・マーフィーは貴様の枷か」


 ローザが笑う。まさか、ジャレッドも自身が守ろうとしていた少女が、己の身を十分すぎるほど守れるとは知らなかったはずだ。ならば、ジャレッドが滑稽に思えた。


「枷であり、守りたいと思う大切な方です」

「しかし、ジャレッド・マーフィーはオリヴィエ・アルウェイに取られたぞ」


 意趣返しとばかりに、意地悪いことをローザが言うが、対してイェニーは微笑を浮かべるだけ。


「いいえ。お兄さまはどなたのものでもありません。それに、オリヴィエさまとお兄さまが結婚したとしても、わたくしの想いが変わることもありません」

「……愚かなほど真っ直ぐだな」


 呆れたように呟くが、言われたイェニーは気にする素振りなどない。


「それが人を愛するということです。あなたにはどなたか愛する人がいないのですか?」

「私に愛する者などいない」


逆に尋ねてくるイェニーにローザは失笑する。生まれてから戦いに明け暮れる日々であった彼女には恋愛経験などない。なによりも、そんな感情は不必要だと思っていた。しかし、イェニーはもったいないと言う。


「でしたら、恋をするべきです。恋をするだけで世界が変わります。あなたは強さに囚われているように見えますが、恋をすれば強さだけを追い求めることはなくなりますよ、きっと」

「くだらない」

「そう思うのはあなたがまだ愛を知らないからです」


 断言するイェニーに、ローザがさらに言葉を返そうとしたそのとき――爆発的な魔力が屋敷の残骸から立ち昇った。


「……お兄さま?」


 ローザから視線を屋敷のあった場所へ向けると、砂を払いながらジャレッドが現れる。


「お兄さまっ!」


 ジャレッドの無事を信じていたとはいえ、こうして安否を確認できたことに喜びイェニーが駆け寄る。


「大事ありませんか?」

「ごめん、俺なら大丈夫だ。イェニーは?」

「わたくしも平気です」

「その、俺がイェニーにいろいろと聞きたいことがあるように、イェニーも俺にいろいろ聞きたいことがあると思うんだけど……」

「いいえ、わたくしはお兄さまが話そうとしてくださるときまで、問うことはしません。ですが、わたくしの戦う姿を見てしまったお兄さまには、わたくしのすべてをお伝えしなければいけないと思っています」


 あまりにもジャレッドにとって都合のいいイェニーの言葉に、いいのか、と聞き返してしまう。だが、イェニーは満面の笑みを浮かべると肯定してくれた。

 ジャレッドは、自分の秘密を明かさなくていい安堵と、イェニーへの罪悪感を抱きながら彼女とともにローザのそばへ移動する。


「よう。ずいぶん、酷くやられたな?」

「ふん。貴様の従姉妹の技量は私よりも上だった。驚きはしたが、恨み言もなにもない。イェニー・ダウムは強い。間違いなく、貴様よりもな」

「だろうな」

「聞かせろ、ジャレッド・マーフィー。先ほどのあれはなんだ?」


 ローザには間違いなく聞かれると思っていた。しかし、教えてやる義理はない。


「……俺に巣くっている奴がお節介をした――これ以上はアンタに言う義理はないよ」

「……だろうな。では、もうひとつ問おう。私をどうする? 殺すなら殺せ、でなければ私はまた貴様を狙い、ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを殺すだろう」

「そうはならないさ」

「なんだと?」


 ジャレッドはローザの傍らに腰を降ろし、エミーリアが母の悪行をすべて父に明かしにいったことを告げる。

 これでもう彼女の母コルネリア・アルウェイはハンネローネに手出しできないだろう。


「そうか……愚かな女だと思っていたが、見直したぞエミーリア・アルウェイ」

「……というわけで、ヴァールトイフェルはこれからどれだけハンネローネさまとオリヴィエさまを狙っても一文の得にはならない。それでも、なお組織がどうこうと訳のわからないことを言って狙い続けるのなら――」

「どうする?」

「ヴァールトイフェルすべてを俺が潰す。隠れている奴らをすべて暴き出し、どれだけ時間がかかっても必ず壊滅させる」

「……言ったな?」

「言ったさ」


 実際に、ヴァールトイフェルが今後もオリヴィエ母子を狙うのなら、ジャレッドは言葉通りに潰そうと決めている。

 プファイルの襲撃、ローザのイェニーの誘拐、二度も後手に回った経験はジャレッドにとって決して許せるものではなかった。

 三度目はさせない。させるわけにはいかない。

 幸いにもエミーリア・アルウェイが公爵へすべてを明かし、コルネリアの悪事が終われば、ヴァールトイフェルも得になるどころか損になることはしないだろう。

 エミーリアが嘘をついている可能性もないわけではないが、直接話を聞いたジャレッドは彼女の言葉が嘘ではないと信じている。


「それで、私をどうする?」

「正直言えば、アンタをこのまま返すことはしたくない。だって、傷が癒えればまた俺を狙うだろ?」

「そうだ。私はお前を狙う。任務とは関係なく、次は殺す」

「だけど、俺はもう戦う気力はないんだ。依頼主が捕まればアンタたちはもうオリヴィエさまたちを狙わないだろ?」

「……そうだな。ヴァールトイフェルも依頼主が捕まってもなおくだらない依頼を続ける酔狂な真似はしない。私自身、あの女の依頼は好ましくなかった」

「なら、今日はもういいや。アンタを倒したのは俺じゃないからさ。だけど、ひとつだけ約束してもらう、できなければやりたくないけどこの場で殺す」

「言ってみろ」


 ジャレッドはナイフを取り出しローザの首に当てると、耳元で低い声を出す。


「二度と人質をとるなんてつまらない真似はするな。俺と戦いたかったら、真正面から向かってこい」

「……わかった。約束しよう」


 彼女が受け入れたことを確認すると、ナイフをしまう。

 同時に、黒衣に身を纏った者たちが現れ、ジャレッドたちを囲う。

 身構えたジャレッドに敵意はないとばかりに、黒衣のひとりが両手を広げた。


「ジャレッド・マーフィー。我々はもう争うつもりはない」

「というと?」

「今、エミーリア・アルウェイの証言によりアルウェイ公爵が自ら動きだした。よって、我々はもうハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイ、そしてジャレッド・マーフィーに手を出さない」

「そりゃ、ありがたい」


 おそらくアルウェイ公爵あたりに見張りがついていたのだろう。コルネリアがもっとも恐れるのは夫の怒りだったはずだ。だからこそ、足がつかないように息を潜め、暗殺組織まで雇ったのだ。

 しかし、暗殺組織ヴァールトイフェルではなく、他ならぬ娘が自分に反する行動をとるとは思っていなかっただろう。

 これから公爵がコルネリアにどのような裁きを与えるのかはどうでもいい。正直、興味がない。

 今はただ、ヴァールトイフェルがオリヴィエたちに手を出さないことが明らかになったことに、安堵するだけ。


「そして、厚かましい願いではあるが、ローザ様をお返し願いたい。必要なら我らの命を捧げる覚悟はできている」

「いや、そういうのはいいから。もらっても困るから。さっさと連れてけ」

「……感謝する。さぁ、ローザ様」

「すまないな」


 部下の肩を借りてローザは立ち上がると、ジャレッドに向かって宣言する。


「ジャレッド・マーフィー、約束通り次は正面から戦いを挑もう」

「いつでもこい、返り討ちにしてやるよ」

「そして、イェニー・ダウム」

「わたくしですか?」


 名を呼ばれるとは思っていなかったイェニーが驚く。


「人質にしてすまなかった。そして、今日敗北した借りは必ず返そう」

「わたくしは戦いたくないのですが……まずお茶を一緒にお飲みすることからはじめましょう」


 どこかずれたことを言うイェニーに、ローザは呆け、ジャレッドが笑う。

 そして、ローザは部下に連れられ遠ざかっていく。


「ちょっと待ってくれ、ローザ・ローエン」

「なんだ?」

「阿呆な冒険者のせいでうやむやになっていたけど、さっき言いかけていた俺の母親について、続きを話してくれないか?」

「……いずれわかる。すくなくとも、今、この場でいう必要はない」

「なんだよ、それ」


 亡き母に関することであったため問いただしたいが、おそらくローザは言わないだろう。


「いずれ、お前はリズ・マーフィーの正体と、自身に流れる血を知るはずだ」


 ローザはそう言い残して、部下とともに消えた。

 残されたジャレッドは、立ち上がりイェニーの手を差し伸べる。


「いろいろあったけど、帰ろう」

「はいっ」


 従姉妹は差し出された手を嬉しそうに握りしめると、花開くように笑顔となる。

 いつか昔、ふたりで手を繋いで歩いたことを思いだしながら、ジャレッドたちは大切な人が待つ場所へ戻った。





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