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44.ローザ・ローエンとの戦い4.



「――なにっ!?」


 まさかの人物が自分の剣を阻んだことに、ローザは驚愕を隠せなかった。

 金属音が立て続けに響き、イェニーの剣撃によってローザの剣が断ち切られ、戦闘衣を斬り裂く。


「おのれっ!」


 懐からナイフを取り出し、殺意を持って投げつけるもすべて容易く斬り落とされてしまう。

 忌々しく思いながらもローザは認めざるをえなかった。


 ――イェニー・ダウムの剣技は自分よりも上である、と。


 ジャレッドを調べる際に、関係者は一通り調べてある。もちろん、イェニーのことも例外なく調べた。しかし、彼女が護身術以上に剣を使えるなど調査にはなかった。

 的確に急所を狙ってくるイェニーの剣技は護身術の範疇を間違いなく逸脱している。剣を振るう際の呼吸から足運びまで、すべてが年単位で鍛錬を積んでいる者の動きだった。

 部下が調べ間違えたのか、それともイェニーが慎重に隠していたのか、ローザには判断ができない。だが、このままではまずいことだけはわかった。

 ローザは狙う対象を変更した。目の前に立ちふさがったイェニーではなく、当初の目的通りジャレッドに向かい数本ナイフを投げつけた。

 周囲を砂に変えながら、動きを止めてしまったジャレッドに向かいナイフ放たれるも、半分以上をイェニーに斬り落とされ、残りはジャレッドの体にと届くことなく砂となる。


「なんなんだ、お前たちはっ!」


 ローザは慎重な女だ。今回の計画も予定以上に時間を早めたが、密に計画を練っていたはずだった。ジャレッドの戦闘方法を調べ、弱みを調べ、肉親を人質にとることで身動きをとれないようにするつもりだった。

 しかし、蓋を開けてみれば追い込まれているのは自分のほうだ。

 ジャレッドの未知なる力、イェニーの剣技、すべてが想定外だった。

 ヴァールトイフェルの長ワハシュの娘であり、後継者のひとりでもあるローザのプライドはいちじるしく傷つけられた。

 このまま二人を帰すことなどできない。自らのすべてをかけて、殺さなければならないとローザは眼光を鋭くする。

 折れた剣を構え、ジャレッドに肉薄しようとするが、またしてもイェニーが間に割って入った。忌々しいとばかりに舌打ちをする。認めたくないが、剣技だけではなく速度もイェニーの方が上だった。しかし、これでいい。ジャレッドを狙えばイェニーが守ろうとするのはわかりきっていた。

 囮通りに釣られてくれた健気な少女に感謝しつつ、少女の腹部を蹴る。わずかに後退したイェニーの動きが鈍くなり、隙ができた。その隙を逃すはずがなく剣を一閃する。


「わたくしのことを、舐めすぎです」


 しかし、ローザの剣はまたしてもイェニーに届かなかった。


「馬鹿、な……」


 信じられないことに、イェニーは剣を握っていない左手で刀身を掴んでいた。血こそ流れているが、わずかにタイミングがずれれば指がすべてなくなっていただろう。普通なら、リスクが高いこのようなことはしない。敵を倒す以上に自身を守らなければ勝利はできないのだから。しかし、イェニーは自分の安全を放棄した。少なくともローザにはそう思えた。


「あなたの剣技は素晴らしいと思います。信念が込められた、力強い剣です。ですが、お祖父さまの剣技を見て育ったわたくしには――遅く、軽い」


 そして、一閃。

イェニーが放った斬撃がローザを袈裟切りにした。

 鮮血が噴きだし、イェニーを返り血で染めていく。しかし、ローザは斬撃が当たる直前に身体を引いていたので致命傷を免れている。

 手ごたえが浅いことを感じていたイェニーが、追撃に移った。折れた剣で防御に徹するローザだが、攻防の合間を縫うように放たれた蹴りを受け吹き飛ばされると、半ば砂と化し脆くなった壁にぶつかり外へと投げ出された。


「お兄さまっ!」


 ローザという危険を遠ざけたイェニーがジャレッドに声をかけるが、いまだ周囲を砂に変えながら彼は動く気配がない。

 どうするべきかと迷ったイェニーが気づく。剣で貫かれた手のひらの傷が消えていた。殴られた痕跡もなく、まるではじめから傷など負っていなかったようにさえ思えた。

 建物が音を立てて傾いていく。二階から家具が落ちてくるが、ジャレッドに近づくとすべて砂に変わっていく。

 長年ジャレッドを兄と呼び慕っていたイェニーでさえ、彼にこのような力があることを知らなかった。

 いったい、いつどこでジャレッドはこれほどの力を手にいれたのかもわからない。


「……イェニー、俺から、離れてくれ」


 わずかに聞こえる声で、自分から離れろというジャレッドにイェニーは首を横に振った。


「お兄さま、ですがっ!」

「頼む! このままだと、お前を巻き込んでしまう! 頼むから、外へ逃げてくれ、早くっ!」

「……わかりました」


 苦し気な兄を放っておくことなどしたくはないが、望まれている通りにジャレッドに背を向けてイェニーは屋敷を飛び出す。

 外にはローザが傷口を押さえて倒れていた。彼女に近づき、抵抗できないように一度蹴り飛ばす。咳き込む彼女の腕を掴み引きずって屋敷から遠ざける。

 次の瞬間、ジャレッドの雄叫びが屋敷の中から木霊したと同時に、屋敷全ては砂となって崩れ落ちた。




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