41.ローザ・ローエンとの戦い1.
目的の建物にたどり着いたジャレッドは息を殺して、木の影から様子を伺う。
エミーリアの助言通り、建物の前には冒険者が二人。剣士と魔術師がいた。
だが、冒険者たちは面倒くさそうに壁に寄りかかっているだけで、周囲の警戒をしているようには思えない。罠か、と疑うも単にやる気がないだけだと判断する。なぜローザがこのような冒険者を雇ったのか不明だが、こちらにとっては都合がいい。
ジャレッドは地面を這うように疾走すると、冒険者に当て身を食らわせて気絶させた。
エミーリアの言葉通りならイェニーが囚われているのは二階だ。壁を蹴って屋根の上に飛ぶと、外から内側を伺う。すると、ベッドの上に腰かけうつむいているイェニーを見つけた。
小さく窓を叩くと、イェニーが顔を上げてこちらに気づく。
「お兄さま?」
「静かに。窓を開けてくれ」
イェニーが口元を手で押さえて頷くと、窓に近づき解錠する。
室内に侵入することに成功したジャレッドにイェニーが飛びついてきた。
「お兄さまっ、助けにきてくれたんですね」
「俺のせいで巻き込んでごめん。怪我はしてないか?」
「はい。幸い、なにもされませんでした。最初は拘束されて居たのですが、エミーリア・アルウェイさまが自由にしてくれたので、不便はありませんでした」
「ならよかった」
従姉妹の無事を確かめたジャレッドは、彼女の手を取り窓から出ようとする。
しかし、
「まんまと罠に引っかかったようだな、ジャレッド・マーフィー」
「――ッ」
突如聞こえた女の声に、驚きながらも振り返ることなくイェニーを抱え窓から飛び出す。
だが、背中に熱と痛みが走り、着地に失敗してしまい地面に体をぶつけてしまう。
「お兄さまっ! ああっ、そんな、背中にナイフが……」
「イェニー、お前は逃げろ」
「ですが!」
「いいから、逃げろ!」
ジャレッドは動けないわけではないが、イェニーを逃がすためには足止めが必要だ。
二人一緒に逃げて逃げ切れる保証がないのだから、ローザと戦ってでも時間を稼がねばならない。
できることならイェニーを確実に逃がしたかったが、選択肢はない。
「まさか逃げに徹するとは思っていなかったぞ。だが、正しい判断だ。消耗した貴様が私と戦い勝てる可能性がない以上、人質とともに逃げることこそ最善だ。褒めてやろう、ジャレッド・マーフィー」
「そりゃ嬉しいな……」
赤い戦闘衣に身を包んだ、赤毛の女性――ローザ・ローエンが不敵な笑みを浮かべて背後に降り立った。
手には剣が握られており、この場から逃がす気がないことがはっきりとわかる。
「まさかこうも簡単に居場所がばれてしまうとは思っていなかった。イェニー・ダウムも簡単に連れだされるとは想定外ばかりだ――と、でも言うと思ったか?」
「おいおい、まさか……うそ、だろ?」
立ち上がったジャレッドがイェニーを背後に庇いながら、少しずつローザから距離を取る。
「エミーリア・アルウェイがプファイルを使い、貴様にこの場所を知らせたことは知っている。というよりも、そうするように仕向けたのだ」
「じゃあ、俺の行動も全部わかりきっていたのか?」
「いや、私の考えでは貴様は有無を言わさず私を狙うと思っていた。そこだけは想定外だったな」
「俺は全部アンタの手にひらの上だったというわけか……」
「恥じることはない。貴様だけではなく、エミーリア・アルウェイもプファイルもすべて私の思うままに動いてくれた。わざと部下を遠ざけ、使い物にならない冒険者を雇うことで警戒心を薄くしたおかげで、まんまとエミーリアは引っかかった。所詮、悪知恵だけが得意のお嬢様でしかない」
一歩、また一歩とローザが近づいてくる。
獲物を追い詰めるように、ゆっくりとだが確実に距離を縮めてくる。
「諦めろ。戦う前に私の勝利は決まっていた。心して聞け、少しでも抵抗すれば、私は貴様ではなくイェニー・ダウムを狙う」
「……わかった。抵抗しない」
「お兄さまっ! わたくしのことなど――っ」
「黙っていてもらおう。今は、私とジャレッド・マーフィーが話している」
鋭い視線で射抜かれたイェニーが言葉に詰まってしまう。彼女を無事に解放するには、ローザに従うほかない。ジャレッドは両手を上げて、抵抗の意志がないことを示す。
「もっと抵抗するかと思ったが、思いのほか冷静だな。では、屋敷の中へ戻るとしよう。ジャレッド・マーフィー、貴様には色々と聞きたいことがある。さあ、ついてこい」
「待ってくれ、俺は従う。命を奪われてもいい。だから、イェニーだけでも」
「駄目だ。イェニー・ダウムがいなければお前は抵抗するだろう?」
「なら、今、抵抗できないように痛めつければいい。そのあとで、お前の質問にも答えるから、頼む!」
「それほどこの娘が大事か? なら、誓え――二度とオリヴィエ・アルウェイとハンネローネ・アルウェイに関わらず、我らの邪魔をしないと」
「それは……」
決してできない約束だ。例えこの場しのぎに嘘を言ったとしても、見ぬかれれば危うい。
「貴様にオリヴィエ・アルウェイたちを裏切ることができないことはわかっている。ならば、選択肢はひとつだ。私の言うことを聞き、あまり怒らせるな」
「わかりました。従います!」
言葉を発することができないジャレッドの代わりにイェニーが返事をして、ローザのもとへ向かう。
「従姉妹は物分かりがいい。では、ついてこい」
ジャレッドにはなすすべがない。イェニーもそのことに気づいたのか、状況を悪くしないためにローザに従う。
「お兄さま……」
イェニーに名を呼ばれ、痛いほど唇を噛みしめたジャレッドはなにも言うこともなく力なく足を動かす。
ローザは気絶している冒険者を蹴り起こすと、ジャレッドたちを建物の中へと誘導した。
玄関をくぐり、すぐの広間に通されたジャレッドとイェニー。
「ジャレッド・マーフィーは、その場に膝をつけ。イェニー・ダウムはその椅子へ座れ」
命じられるままジャレッドは床に膝をつく。
ローザに見下ろされる形になったジャレッドは、ただ睨むことしかできない。
打開策がないかと思考を必死に回転させるが、再び囚われの身になったイェニーのことを考えると、不意を打ってローザを倒すしかない。しかし、ローザ本人に隙がなく、失敗すれば人質に危害が加えられるかもいしれないため、確実にチャンスがなければ実行には移せない。
「さて、これでようやく私が思い描いていた状況となった。私は貴様にずっと会いたかったのだぞ、ジャレッド・マーフィー?」
「なぜだ?」
「貴様が私に問う権利はない。質問していいのは私だけだ。では、さっそく教えてもらおう」
今まで浮かべていた笑みを消し、無表情となったローザが剣の切っ先をイェニーに向けてジャレッドに問う。
「なぜ、貴様の戦い方が我らヴァールトイフェルと似ている?」
「……どういうことだ? 俺の戦いがお前たちに似ているだと?」
まさか、そんなことを問われるとは思ってもいなく、ジャレッドが動揺する。それは、剣を突き付けられたイェニーも同じだったようで、驚くように目を見開いていた。
「自覚がないのか? 今日、貴様がドリュー・ジンメルの頭部を破壊したナイフを覚えているか? どのような魔術か説明してみろ」
「あれは魔術と言うほど難しいものじゃない。ナイフに仕込んであった魔術発動体の許容量を超える魔力を流して暴発させただけだ」
「そう、その通りだ。厳密にいえば魔術ではなく技術だ。ゆえに、我らヴァールトイフェルも使う。いや、ヴァールトイフェルの長である父ワハシュが開発した技術のひとつだ」
「違う! そんなはずはない!」
「貴様がヴァールトイフェルに属したことがないことは無論わかっている。たかが技術とはいえ、魔力操作が必要なので誰もが簡単には使えない。だが、貴様が扱えたことを確認している。では、質問を変えよう。貴様に魔術を含め、戦いを教えた者は誰だ?」
ジャレッドは口をつぐんでしまう。
「自分の立場をよく理解していないようだな?」
イェニーに向けられていた切っ先が近づき、首筋へと触れる。
「やめろ!」
「ならば答えろ! 貴様の経歴は調べたが、どうしてもわからなかった点がある。十二歳で父親に収容施設に強制的に入れられたことまでは知っている。だが、三ヶ月で施設を脱走しているな。その後、魔術師として頭角をあらわすまでの一年以上、貴様はどこでなにをしていた?」