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36.攫われたイェニー3.


「お前、無茶苦茶なことを言うんじゃねえよ!」

「いいえ、それでいきましょう」

「オリヴィエさま!?」


 プファイルの意見に賛成したオリヴィエにジャレッドは抗議の声を上げた。

 あまりにも無謀すぎるからだ。最悪の場合はジャレッドが殺されイェニーだって無事に戻れるかわからない。そして、ジャレッドがいなくなれば次はオリヴィエとハンネローネに標的が戻ってしまう。

 イェニーを助けたい気持ち誰よりもあるジャレッドだが、うかつな真似はしたくないと考えていた。


「だけど、戦って倒す以外に選択肢はないじゃない。イェニーを助けてもジャレッドが死んでしまったら、わたくしは先日約束した通りにあなたを生涯恨むわよ」

「俺だって簡単に殺されたくはないですけど、だからって人質まで取っている人間がわざわざ戦おうとしますか?」

「いや、挑発すればいい」


 ジャレットたちの会話に割り込んだプファイルに揃って視線を向けた。


「挑発ってなんだよ?」

「ローザをはじめとした我らは、長ワハシュから直接指導を受けている。しかし、同時にワハシュの悪癖も受け継いでいる。例えば、気づいているかもしれないが私はお喋りだ。会話が好きだとかではなく、自然と話してしまう。ローザもそうだ。さらに、彼女の場合はプライドが高く、頭に血が上りやすい」


 プファイルがヴァールトイフェルの長から直接指導を受けていることにも驚きだが、以前から気になっていた意外と喋る一面が組織のトップから受け継いだ悪癖だとは思ってもおらず、つい呆けてしまう。

 オリヴィエも同じだったようで、口に手を当て唖然としている。


「……お前たち本当に暗殺組織の人間だよな?」

「よく言われる」


 ヴァールトイフェルという組織のイメージが音を立てて崩れていく。

 しかし、組織のトップから直接指導を受けたプファイルと同等かそれ以上のローザを相手にするならば、相応の覚悟が必要だ。

 なによりも今のジャレッドはドリューと戦ったせいで疲弊している。条件では、プフアィルと戦ったときよりも悪い。


「つまり、ジャレッドがうまい具合に挑発できれば、戦えるということなのかしら?」

「そうだ。人質を取らなければ直接あいまみえることもできない臆病者、と言ってやれば間違いなく一騎打ちを望むだろう。ローザのプライドは高い。効率よく仕事をしようとどんなことでもするが、性格が台無しにすることが多々ある。だが、それでもすべての依頼を完遂しているのがローザ・ローエンだ。戦って勝てる保証はない」

「それでも勝たなければジャレッドが死んでしまうわ、そしてイェニーも」

「そうだ。だが、選択しなければならない」


 二人の視線がジャレッドに向かう。


「ここで俺に選択しろっていうのはちょっと酷いんじゃないか?」

「だが、お前しかローザに会えない」

「プファイル、あなたは協力してくれないの?」

「現時点で相応の罰を受ける覚悟で協力している。今回の一件に関して、ローザは私を信頼していない。だから伝言係に使われた。そして、――私がジャレッド・マーフィーと共闘する可能性も考慮したからこそ、人質を取ることをしてでも確実な結果を求めたのだ」


 実際、プファイルはジャレッドが彼のことを案じてしまうほど協力的だ。自らの手で倒すためだと彼は言うが、組織に不利益を与えてまで己の意志を貫こうとしている。


「一応聞くけど、共闘するつもりなのか?」

「私はしても構わないが、それよりももっとお前に報いることをしようと考えている」

「報いること?」

「私は敗者でありながらお前に有益となる情報を渡すことができなかった。先日、ローザの動きに余裕があると伝えておきながら今回のようなことが起きてしまった。責任を感じている」

「いや、別にそこに責任は感じなくてもいいだろ。実際、こちらの甘さだ」


 ジャレッドはプフアィルからの忠告と助言を受けたうえで、常に警戒していた。しかし、その警戒がイェニーまで気遣うことができなかっただけ。つまりプファイルではなく、ジャレッドのミスだった。

 暗殺組織を名乗る相手に、守りたい人だけを守ろうと考えたのが甘いのだ。


「割り込んでしまうけど、プファイルはどうジャレッドに報いようとしているのかしら?」

「簡単だ。ジャレッド・マーフィーがローザと戦い、倒し、人質を連れて戻ってくるまでの間、――私がハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを守ろう」

「――ッ!」


 驚きに息を飲んだのは、一度は標的として狙われたオリヴィエ自身だった。

 彼女もまさかヴァールトイフェルのプファイルが自分と母を守ると言うなどと、夢にも思っていなかった。


「俺が、じゃあ任せる、と言って大切な人たちをお前に託すと思うか?」

「思わない。だが、万が一を考えているはずだ。ローザの性格上、お前を始末するまでアルウェイ母子に手を出すことはしないだろうが、依頼主が別の誰かを雇っていれば手薄となったこの屋敷に襲撃者が現れる可能性は高い」

「だからって襲撃したことがある張本人にハンネローネさまとオリヴィエさまを任せられるわけがねえだろ!」


 プファイルがオリヴィエたちを殺すつもりなら、何度か殺せるチャンスは存在した。だが、やらなかった。今まで接したことで彼がそのような卑怯なことをする人間でないこともわかっている。しかし、万が一を考えると怖くなる。

 ローザのもとへ向かいイェニーを助け出したとしても、戻ってきたらオリヴィエたちが息絶えていたとなれば、ジャレッドは自分を許せない。


「言っていることは至極真っ当だ。ならばこうしよう」


 プファイルは懐から小瓶を二つ取り出した。


「この中には訓練により毒の耐性を備えた我らでさえ殺す毒が入っている。即効性ではなく、緩やかな死を与える薬物だ。私はこれを飲もう」


 ひとつの小瓶をジャレッドに投げる。


「それは解毒剤だ。おおよそ三時間以内に解毒剤を飲まなければ私は死ぬ」

「つまり、命をかけてオリヴィエさまたちを害さないと約束するってことか?」

「そうだ。私は任務で誰かを傷つけたことはあるが、無駄な殺生は好まない。だが、ヴァールトイフェルの一員である以上、命をかけて信じてもらうしかない」

「どうしてそこまでする?」

「言ったはずだ、ジャレッド・マーフィーを倒すのはこのプファイルだ、と」


 ジャレッドは悩む。

 信じたいという気持ちと、信じられないという気持ちがぶつかり合っていた。

 そもそも毒が本物かわからない。プファイルの行動がすべて演技である可能性だってある。そして、三時間もあればオリヴィエたちを亡き者にして仲間から解毒剤をもらうことだってできる。

 可能性を上げたらきりがない。


「あなたを信じてあげるわ」

「オリヴィエさまっ!」


 悩んでいたジャレッドよりも早く、オリヴィエがプファイルの提案を受け入れてしまった。


「いいのよ、ジャレッド。あなたがいなかったらわたくしたちはプファイルに殺されていたわ。なによりも、あなたが帰ってきてくれなければローザという女に結局殺されてしまうのよ」

「なら、俺がローザを倒して必ず帰ってきます。オリヴィエさまたちはアルウェイ公爵に助けを求めてください。プファイルには悪いけど、俺はどうしてもオリヴィエさまたちをお前には託せない」


 プファイルは表情を変えなかった。こうなることを予想できていたのだろう。

 しかし、オリヴィエは違う。不満を露わにして、ジャレッドを睨む。


「あのね、ジャレッド。わたくしだって馬鹿ではないわ。プファイルがなにか企んでいたり、毒が偽物だったり、あなたがいない間にわたくしたちを害そうとしている可能性があることもあると考えたのよ。その上で、信じることにしたの」

「どうして……」

「だって、色々不安に思っているみたいだけど、あなたはプファイルを信じてみたいのでしょう?」


 内心考えていたことを当てられ、ジャレッドは驚く。


「わたくしも不安はあるわ。でも、プファイルから悪意を感じないもの。今までずっと見えない敵と戦ってきたわたくしの直感が信じてもいいと言っているの。もし、外れてしまったとしたらそれはわたくしの責任よ。お母さまだけは死んでも守るわ」


 ジャレッドでさえ不安に押しつぶされそうなのだから、オリヴィエの抱える不安だって相当大きいはずだ。にもかかわらず、彼女は笑顔を浮かべる。


「最近のわたくしは変なのよ。今まではお母さまが一番大切だったわ。そしてトレーネと自分のことだけを考えていたの。でも、今のわたくしには同じくらいジャレッドのことが大切なのよ」

「――オリヴィエさま」

「それにね、イェニーになにかあったらわたくしは自分のことを絶対に許せないわ。もちろん、あなたになにかがあったら生涯許さないわよ。でもあなただけを許さないのではなく、わたくしのことだって同じくらいに許せないのよ。だって、わたくしがあなたを巻き込んでしまったのだから」


 オリヴィエが自分に対して巻き込んだ負い目があることを薄々気づいてはいた。だが、こうも深いものだとは知らなかった。


「あなたに言われた通り、お父さまにも頼ることにするわ。だから、今はただイェニーを助けることだけを考えて、お願い」




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