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34.攫われたイェニー1.




 ドリューとの戦いを終えて、疲れ切ったジャレッド。

 体だけではなく心まで疲弊したジャレッドは、ラウレンツやラーズたちと少し言葉を交わすと、足早に屋敷に戻るため帰路についていた。

 そんなジャレッドを出迎えたのは、顔色を悪くしたオリヴィエだ。

 屋敷の前に立っている彼女はジャレッドを見つけると、慌てたように駆け寄ってくる。


「どうしたんですか、そんなに慌てて?」

「あのね、落ち着いて聞いて。大変なことになってしまったわ」

「オリヴィエさまが落ち着いてください。本当になにがあったんですか?」


 動揺を隠せないオリヴィエの肩に手を置きなだめると、彼女は一度大きく深呼吸してから再度口を開いた。


「イェニーが、あなたの従姉妹のイェニー・ダウムが攫われたわ」

「――いや、ちょっと待ってください、それは本当ですか?」

「こんな悪趣味な嘘をつくはずないでしょうっ。ダウム男爵はお父さまの力を借りて捜査を始めているわ」

「そんな、馬鹿な」


 オリヴィエの言葉を信じたくはなかった。しかし、必死の形相で訴える彼女が嘘をついているはずがない。なによりも、こんなことで嘘をつく必要が彼女にはないのだ。

 まさか学園から帰ってみればイェニーが攫われていると知るなど、夢にも思っていなかったジャレッドは、体が不安から小刻みに震えていることに気付く。


「一体、誰が? どうしてイェニーを?」

「わからないわ。でも、もしかしたらわたくしたちのせいなのかもしれない」


 オリヴィエの言葉にジャレッドは気づく。

 そうだ。ヴァールトイフェルが自分を狙うのであれば、方法はたくさんある。プファイルのように一対一で戦う必要などなく、人質を取れば手出しできなくなる。実にいやらしい手だが、有効な手段をとってきたと苦虫を噛み潰した顔をしてしまう。

 なにもプファイルの忠告どおり、本当に数日時間を空けてからヴァールトイフェルが襲ってくると思っていたわけではない。可能性のひとつとして頭に入れてはいたし、今日にも行動する可能性があることだって予測していた。だが、まさかイェニーが人質に取られることなど考えていなかった。

 イェニーの周囲には一緒に暮らしている祖父を含め、手練れの剣士が多い。下手な警護をつけるよりも、よほど安全な場所にいると思っていたのだが、そうでもなかったようだ。いや、むしろヴァートルフェイルの方が一枚上手だったと認めるしかない。


「イェニーはどうして?」

「その、言い辛いのだけど、わたくしとあなたに会うために屋敷に向かっていたそうよ。彼女から訪問を伝える手紙が届いていたから遅いとは思ったのだけど……まさかこんなことになっているなんて……」


 今回の一件はジャレッドだけではなくオリヴィエにとっても予想外の事態だったに違いない。

 ヴァートルフェイルの標的はあくまでもハンネローネとオリヴィエであり、彼女たちをまもるジャレッドとトレーネの四人だけだったはずだ。そう思い込んでいた。

 しかし、よく考えれば周囲に被害が出ることを予想するべきだった。

 オリヴィエが今まで誰ひとりとして婚約者を選ばなかったのは、他の誰かを巻き込まないためであることを知っていながら、ジャレッドは自分の周囲への警戒を怠ってしまった。

 祖父たちといるなら大丈夫だと甘い考えを抱いていたのだ。


「ごめんなさい」

「どうしてオリヴィエさまが謝るんですか?」

「だってわたくしのせいじゃない。わたくしは今まで他人を遠ざけてきたわ。それは、イェニーのように誰かを巻き込まないためだったのに、ジャレッドと出会って守ってくれる人がいるんだと安心してしまったせいでこんなことになってしまったのよ! たとえわたくしが嫌われても、恨まれても、イェニーを遠ざけておくべきだったわ!」

「違う!」


 涙を浮かべて自分を責めるオリヴィエに、ジャレッドは否定する。


「俺のせいだ。自分が危険なのは構わないと思ってただ安易に襲われるのを待っていたせいで、イェニーを巻き込んでしまった。ヴァールトイフェルは俺のことを調べたはずだ。俺が、従姉妹のイェニーをかわいがっていることや、祖父たちが結婚させようとしていたことも全部知った上で攫ったんだ。オリヴィエさまのせいじゃない」

「だけど、わたくしと関わらずダウム男爵が考えていた通りにあの子と結婚していれば、ジャレッドもイェニーもこんな目に遭わなかったわ、違う?」


 確かにオリヴィエの言う通りだ。ジャレッドがオリヴィエたちを守ると決めたからこそイェニーが攫われた。

 ジャレッドは従姉妹の想いを知って、傷つけたくないと思ってしまったためイェニーを拒まなかった。側室になりたいと言いだしたときに、このような状況を想定することができなかったのは、見通しが甘かったと言わざるをえない。

 たとえイェニーが傷つくことになったとしても、はっきり拒絶をするべきだったと思う。

 だが、それも今はあとの祭りだ。

 オリヴィエがどれだけ自身を責めても、ジャレッドが己を責め続けても事態は好転しない。するならばいくらでも責め続けるが現実は違う。間違いなく今も状況は変化しているはずだ。


「一番悪いのは、オリヴィエさまとハンネローネさまを狙う側室の誰かです。そして、俺を殺そうと手段を択ばないヴァールトイフェルです。悔やむのはあとでしましょう。俺はイェニーを探しにいきます」

「……そうね、そうよね。わたくしたちが自分のことを責めてもイェニーは帰ってこないわ。ただ、自分たちの気が少し晴れるだけよね。わかったわ。わたくしにできることは?」


 オリヴィエは気持ちを切り替えると、するべきことをしようとする。決意した彼女の行動は早い。そんな彼女を見て勇気づけられたジャレッド。


「イェニーを探している祖父たちの状況がわかれば教えてください。ですが、一番してほしいことは――身を守ることです」


 ジャレッドが恐れていることは、この機に乗じてオリヴィエたちが襲撃されないか、だ。


「俺がイェニーのために行動した結果、屋敷を守る人間が減ります。アルウェイ公爵に護衛を頼んでください。そして、トレーネから離れず、ハンネローネさまと一緒にいてください。いいですね?」

「……わかったわ。ごめんなさい。わたくしたちが足かせになってしまっているのね」

「謝る必要なんてありません」

「……ありがとう。あなたはどうするの?」

「俺はイェニーではなく、プファイルを探します。奴なら同じヴァートルフェイルが隠れていそうな場所を知っているはずですから」

「だけど、プファイルがどこにいるのかジャレッドは知っているの? どこにいるのかわからない人間を探すのはイェニーもそうだけれど、効率が悪いわ。もっとなにかいい案を考えなくては――」


 イェニーもプファイルも行方が知れないのは同じだ。どちらもヴァートルフェイルが関わっているため見つけるには困難だろうことはジャレッドにもわかっている。

 だが、じっとはしていられない。祖父たちがイェニーを探すなら、ジャレッドはプファイルを探すことで、少しでも可能性を高めようと考えた。


「とにかく屋敷の中に一度戻りましょう。安全を確認してから、俺はプファイルを探しにいきます」


 オリヴィエを屋敷の中に促したそのとき、


「私を探す必要はない」


 声とともにひとりの少年が降ってきた。


「あなたはっ!」

「――プファイル」


 ヴァールトイフェルに属する青髪の少年――プファイルがジャレッドたちの前に現れたのだった。




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