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30.暗躍する影7.



 頭部の三分の一を吹き飛ばされ、ドリューは勢いよく前のめりに倒れ地面をすべっていく。ジャレッドの眼前まで砂埃を立てると、勢いが収まり止まった。

 息を切らしながらジャレッドはドリューの首筋に触り脈を確認する。

 針金のような体毛をかきわけ、硬化した肌に触れる。脈を感じない。しかし、絶命したため脈がないのか、それとも固すぎる肌のせいで脈を感じられないのかが判断できなかった。

 困りながら、胸が上下していないことを見て、口元に手を添える。息はしていない。

 絶命した、と思いたい。

人間だった面影を一切なくしてしまったドリュー・ジンメルは魔獣が人間体となればこうなるだろうという想像を体現しており、未知なる存在だ。彼の死体は魔術師協会が調べるだろう。

 魔力増幅薬を使用しただけで変貌を遂げてしまったのか、それともまた違うなにか別の原因があるのかジャレッドには判断ができないが、研究を主としている魔術師ならば解明できる可能性もある。

 とはいえ、その場合はドリューの体が解剖されることも考えられるため、やるせない気持ちになってしまう。

 自業自得だとは思う。かわいそうだとは思えない。それでも、人間の姿形を逸脱した結果、解剖となるのは哀れだ。


「殺すことしかできなくて悪かったな」


 自分以外の魔術師であればもっと違った結末が待っていたのかもしれない。だが、学園に都合よく魔術師はいない。ジャレッドを含めて一人前な魔術師はいないのだ。

 獣となったドリューが被害を出さなかっただけよしと思うことにしたい。ジャレッドは前向きに考えようと努める。

 病み上がりの戦闘と魔力消費から疲労を感じてその場にしりもちをついてしまう。


「みんなは無事かな?」


 戦っている最中は誰かのことを気にする余裕がなかったが、盛大に魔術を使ったので心配になる。見学席の防御壁の強さは知っているが、万が一ということもあるのだ。

 ジャレッドは疲れた体に鞭打って立ち上がり、友人たちのもとへ向かおうとする。

 そのときだった――。



 ――どくん。



 魔力の躍動を感じた。


「まさか……おいおい、嘘だろ?」


 魔力発生源がドリューの体であることに驚きを隠せず、唖然としてしまう。

 さらに魔力が心臓の鼓動のごとく少しずつ増えているのをはっきりと感じ取ってしまった。

 遺体に魔力が残留することは珍しくない。とくに亡くなったばかりであればあるほど、体に宿る魔力はそのままだ。肉体が絶命することで、少しずつ魔力が消えていくことをジャレッドは知っている。

 つい先ほどドリューの体に触れたときも確かに魔力は感じていた。しかし、それはドリューが絶命して間もないからだと思っていた。

 だが、魔力が躍動している。動いているのだ。

 遺体ではそんなことはありえない。少なくとも、ジャレッドの知る知識には微塵もない。


「なにが、起きているんだ?」


 ジャレッドの問いに答えてくれる者はこの場にいない。

 動きを止めている間にも、魔力が動き、増え続けていく。

 そして、――びくっ、と刃のように伸びきった爪を生やした指が動く。


「――ッ!」


 とっさに懐からナイフを取り出し構える。

 今すぐ襲いかかりたい衝動がジャレッドの中で渦巻いているが、理性が危険だと警告しているため近づくことがはばかられた。

 変化はすぐに訪れた。

 指先が動いたと思えば、体の至るところが痙攣するかのごとく動きだす。

 まさか絶命していなかったのか、と考えるジャレッドの眼前で、さらに信じられないことが起こる。

 爆発によって三分の一を失っているドリューの頭部から音が聞こえた。水気を帯びた肉と肉が耳障りな音を立てていく。

 生理的嫌悪を覚える不快な音を耳にしながらも、ジャレッドは言葉を失っていた。

 なぜなら、ドリューの頭部が再生しているからだ。

 少しずつだが、間違いなく失った頭部が再生していく場面を目の当たりにしてしまい、吐き気がこみ上げてくる。再生する光景に吐き気を覚えたのではない。自然の摂理を無視しているとしか思えない光景に気持ち悪さを感じてしまったのだ。

 再生速度は勢いを増していき、毛のない真新しい肌が頭部を覆っていく。

 本能が倒せと叫んでいる。理性が逃げろと叫んでいる。どちらを選択するべきか判断できず、ジャレッドはその場にただ立ち尽くした。

 そして――、完全に頭部を再生させたドリューがゆっくりと立ち上がる。


「……勘弁してくれ」


 気づけばナイフを握っているだけで構えさえ解いていたジャレッドがなんとか絞り出した言葉はたったそれだけ。

 微塵も予想できなかった出来事に、ただ呆然とすることしかできなかった。


「左目は再生しないんだな、便利なのか不便なのかよくわからないぞ、お前。って、俺はなにを言ってるんだ?」


 勝手に口からでてきた間抜けな言葉に笑うしかない。しかし、確かにジャレッドがナイフを突き立てた左目は怪我こそ回復しきっているが眼球がなく空洞だ。どのような基準で再生したのかさっぱり理解できなかった。


「とにかく――!」


 ジャレッドは自らの拳で自分の頬を殴る。痛みで思考を現実に戻して、するべきことをしなければならない。


「お前がまだ息をしていて、戦うつもりなら、かかってこい。今のお前を外に出すことはできないし、生きたまま魔術師協会に捕まるのも忍びない。どれだけ時間がかかっても構わない、今度こそ確実に殺してやる」


 白状してしまうと今のジャレッドにもう一度ドリューと戦うだけの力は残っていない。

 まだプファイルと戦う前であれば違ったのかもしれない、と考えてしまう。必要な戦いであり、強者だったプファイルを倒すためには必要不可欠な代償だったことはわかっているが、こうも続けて戦いが待っているとは予想していなかったために後先考えない己自身に毒づきたくなる。

 魔力と体力はすでに限界に近い。ナイフもあと三本しか持っていない。学園に顔を出すためだったので最低限の武器しか所持していなかったことが悔やまれる。

 どこまで戦えるか不安になり、せめて魔術師協会か騎士団からの応援がくるまで持ちこたえることができればいいと思うが、ドリューのことを考えれば殺せるなら殺した方がいい。

 未知なる存在となってしまったドリューが生きたまま研究されることだけは避けたかった。だからといって逃がすことなどできるはずもないのだから、殺してやることがジャレッドにとって唯一できることだ。

 少ない魔力を練り上げる。


「いくぞ、ドリュー・ジンメル」


 ナイフを構え、地面を蹴ろうとした――そのときだった。


「待つんだ、ジャレッド・マーフィーくん。魔力増幅薬の暴走を抑え、沈静化させる薬を持ってきたぞ。うん、今回のことで整理整頓の大切さを改めて学んだよ。よければ今度手伝ってくれないか? どうやら私は片づけができない女らしい――おや、その巨体の持ち主は誰かな? 魔獣を学園に連れ込むとは感心できないんだが?」


 くたびれた白衣を羽織り、紫色の髪を揺らしながら注射器を持ったキルシ・サンタラがジャレッドに待ったをかける。


「キルシ先生、マイペースなのは結構ですけど、空気読んでください! こいつが、魔力増幅薬を使用しておかしくなったドリュー・ジンメルですよ!」


 思わずジャレッドが叫ぶと同時に、立ち上がったまま動きを停止させていたドリューがゆっくりと動き出す。

 先ほどのような速さは微塵もないが確実に狙いをキルシに定めている。


「キルシ先生、とにかく逃げて!」

「急に言われてもどこに逃げるべきか……ジャレッドくん、助けにきてくれ。私が研究以外はだめなのは知っているだろう?」

「ああっ、もうっ!」


 ナイフをしまい、地面を蹴る。ドリューを追い越してキルシに近づくと、膝と肩の間に手を入れて抱き上げる。


「おおっ、これがお姫様抱っこというものだね。伝説だと思っていたよ」

「伝説って……、いや、とにかく薬があるならください。あいつを元に戻さないと」


 赤い液体が入った注射器に希望を感じて頼むが、キルシは首を横に振る。


「残念だが無駄だ」

「どうして?」

「私が知る限り、魔力増幅薬の副作用にあのようは変貌を遂げる例はない。おそらく別のなにかが原因だろう。魔力増幅薬も使用している可能性もないわけではないから使っても構わないが、あの姿が治る可能性は極めて低いよ」




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