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29.暗躍する影6.



 貫かれた喉から絶叫が漏れる。

 水音が混じったくぐもった叫びが耳に不快感を容赦なく与えてくる。

 黒曜石の槍によって喉を貫かれたドリューは、溢れる血を止めようとしているのか喉を必死に抑えているも、槍が邪魔をしているため動けば動くほど止めどなく血が流れていく。


「今さら気づいたけど、痛覚が戻っているんだな?」


 変貌を遂げる前のドリューは痛みなど気にしていなかったが、今は違う。間違いなく痛み苦しんでいるのが見てとれる。


「どうしてお前がそんな姿になったのか俺にはまったくわからない。わかりたくもない。だけど、魔獣のようになったまま当てもなく暴れるだけは嫌だろ?」


 体毛を真っ赤に染め上げたドリューから血走った瞳を向けられる。視線だけで射殺さんとばかりに憎悪が込められた目をしていた。

 もしかしたら勝手なことを言うなと怒っているのかもしれない。


「決着をつけよう、ドリュー・ジンメル。今の俺の全力をもって――お前を殺してやる」


 ドリューを倒すことを決意したジャレッドは普段から押さえていた魔力を解き放った。

 解放された魔力は誰もが視認できるほど発光し、ジャレッドを覆い尽くしていく。

 高まる魔力が地面を震わし、砂や石を巻きあげる。

 右足を半歩引き、半身になって構えた。


「いくぞ」


 とん、と地面を蹴ってドリューに肉薄する。

 単純な脚力のみで一瞬にして巨体の懐に入り込むと、右手の手のひらをそっとドリューの腹に置く。

 刹那、衝撃が生まれ、巨体が吹き飛んだ。

 両足を引きずりながら大きく後退したドリューに向かい、ジャレッドは両腕を差し出し構えた。


「お前と俺に魔力のラインを繋いだ。もう俺から逃げることはできない」


 ジャレッドとドリューの間には数本の光の糸のようなもの――魔力のライン――が繋がっていた。

 右手、右腕、右肩、左手、左腕、左肩、胸、腹、右足、左足、首、頭。合計十二本の魔力のラインがはっきりと見える。

 ドリューは顔を歪めて腕を動かし魔力のラインをなんとかしようとするが、その程度で消えるはずもない。

 魔力を物理的に遮断することはできない。できる人間がいないわけではないが、少なくともドリューにそんな技量はなかった。


「大地に属する精霊たちよ、我に力を貸し与えたまえ――」


 短い詠唱とともに、精霊たちに魔力を捧げる。

 視認できていたジャレッドを覆う魔力がすべて消えた。


「我が魔力を糧にして、敵を滅せる力を穿ちたまえ――」


 地の精霊が魔力を得て楽しそうに踊りだした。


「豊穣なる大地の恵みよ――」


 火の精霊が魔力を得て勇猛に集まり出す。


「人々を支える雄々しくも暖かな火よ――」


 水の精霊が魔力を得て笑い声をあげる。


「母なる水の優しさよ――」


 精霊たちがジャレッドの周囲を集まっていく。

 発光しながら、お互いの手を取り合い、ジャレッドのまわりを踊るように、楽しそうに、慈しむように、鼓舞するように乱舞する。


「ともに歩む隣人たちを尊敬し、愛する、よき魔術師であることを誓おう――」


 地面から土と岩によって生まれた竜が咆哮とともに生まれる。

 数多の炎の剣が宙に浮かび、敵を射殺さんと切っ先を向ける。

 訓練場すべてを覆うように水が膝上まで現れる。


「我が名はジャレッド・マーフィー! 精霊魔術師だッ!」


 詠唱とともに精霊たちが力をジャレッドに貸し与えた。叫び声をあげるドリューの巨体を水が蛇のように這い上がり、拘束して締め上げていく。圧迫されたせいで喉から血がより溢れ出る。

 炎剣が放たれ、体中を貫き体内から火を吹きだす。ドリューの口から、聞くに堪えない絶叫は飛び出る。

 ドリューの巨躯を優にこえた土の竜が自らの意志を持つ生き物のごとく、襲いかかり顎を大きく広げ体に食らいつく。

 地属性、火属性、水属性の精霊たちの力を借りて同時に放った魔術がドリューを容赦なく襲っていく。

 逃げることも、抵抗すことさえ許されないドリューはなすがまま攻撃を受け続ける。

 竜に左腕を付け根から食いちぎられ、炎によって跡形もなく灰にされた。吹きだす血液すら蒸発させられてしまい、跡形も残らない。

 蛇のように体を拘束する水が、万力のように体を締め付け、骨を砕いていく。

 何度絶叫を上げても緩まる気配が一切ない攻撃に、なすすべもない。

 しかし、変貌したドリューの体は、どれだけ痛み苦しんでも死ぬことを許さなかった。

 左腕を食い千切られたことで、魔術による抵抗力を手に入れたドリューの力は見えない変貌をさらに遂げていた。

 竜がもう片方の腕を食い千切ろうと噛みつくが、血が流れてもそれ以上身を破壊されることがなく、絡みつく水蛇の拘束を膂力だけて引き離していく。


「――嘘だろ?」


 抵抗を始めたドリューにジャレッドが驚きの声を漏らす。

 動きこそ遅いが、確実にドリューの体は拘束を解き動いていった。体を貫き焼いている炎剣を左腕で一本一本抜き、握りつぶす。

 精霊たちが霧散し、確実に魔術が破壊されていく。

 ジャレッドは竜に魔力をさらに送り込み、ドリューに止めを刺そうとするが、それよりも早く水蛇の拘束を解き終えた巨体が大きく跳躍してかわす。


「ここで逃がすな、捕らえて破壊しろ」


 水の精霊たちが力なく霧散すると、辺りから水が音を立てて引いていく。

 代わりに竜が咆哮し、石の槍が地面から生まれドリューを襲う。しかし、片腕と足を振り回して金属よりも強度があるはずの石槍を砕き、凪ぎ払う。

 石の破片がジャレッドの頬を掠め、血を流した。

 してやったとばかりに、未だ襲いかかる石槍を対処し続けながら、ジャレッドに向かってドリューが、にぃ、と笑う。


「――ッ」


 ゾッと背筋に冷たいものが流れた。

 まさかとは思ったが、ドリューはわざとジャレッドに破片が届くように石槍を砕いたのだ。

 わかっていたことだが、もう人間の姿をしていたドリューはいないのだと改めて思う。

 技量も、力も、そして姿形も、ドリュー・ジンメルという名の少年を跡形もなく消し去っていた。

 目の前にいるのは――必ず倒さなければならない明確な敵意を持つ敵だ。


「あとのことはもう考えなくていい、精霊たちよ――俺の魔力をすべて使い尽くしてでも、あいつをこの場で倒すぞ!」


 怒鳴り声とともに、魔力をさらに送りこもうとしたジャレッドだったが――動きが止まる。


「嘘、だろ。俺が、どれだけ魔力をつぎ込んだと思ってるんだ?」


 眼前で起きている光景が信じられず、唖然としながら力ない言葉を絞り出した。

 これでもかと精霊に魔力をささげ強化したはずの土の竜が、たった片腕一本で動きを止められていた。


「戦っている間に、魔術に抵抗を持ったのか?」


 次の手を考えようと、ドリューの変化を推測していると、ジャレッドの体に裂傷が走り血が噴きだした。


「――づッ、おいおい、マジかよ……繋いだラインまで切りやがったぞ。魔力まで上がったのか?」


 ドリューを逃がさないために繋いだ魔力のラインが断ち切られ、反動で魔力が流れ込みジャレッドの体で小さく破裂した。

 痛みと流れ出る血を無視して、ジャレッドは腰からナイフを取り出し、刃を血に濡らす。

 プファイルとの戦いのせいで全快ではないことが恨めしい。なぜこうもドリューが変わり果ててしまったのか未だに推測することもできないが、この場から逃がすのはあまり危険だと判断することはできる。

 もともと危険だと思っていたが、その脅威は時間が経てば経つほど大きく感じてしまう。


「――拘束しろ」


 魔力を送り込み、ドリューと押し合う竜に力を与えて操作する。尾が力んでいるドリューの体に巻きつく。竜の顎が閉じられ、体毛に覆われた手から逃れると地に潜る。

 地面に引きずり込まれそうになるドリューは抵抗するが、攻撃ではなく移動のみに集中している竜の方が、まだ力が強かった。

 地に倒れ、地面にめり込んでいくドリューに向かい、ジャレッドが走る。

 ナイフを逆手に構え、血走る瞳に向かい思いきり突き立てた。

 刹那、つんざくような絶叫が訓練場を震わせた。

 左目にナイフを突き立てられたまま、ドリューが痛みに暴れる。竜の尾を砕き、拘束を解くも、地面を転がり、何度も叫び声を上げて、当たり散らすように拳を地面にぶつけ砕いていく。

 一通り暴れたドリューが残った片目を怒りで真っ赤に染めて、ジャレッドに向かい突進する。

 土の竜に送る魔力はもうなく、魔力のラインを断ち切られた反動で体中が裂傷を負っている。逃げることも、戦い応じることも難しい。

 しかし、そんな状況の中でジャレッドは獰猛な笑みを浮かべていた。


「爆ぜろ」


 短い命令を口にした、その瞬間――ドリューの目に刺さっていたナイフが魔力を帯びた閃光ととのに爆発した。




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