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27.暗躍する影4.



「なッ――」


 あまりにも突然すぎるドリューの変化に、誰もが虚をつかれた。


「マァァァァァァフィィィィィィイィィッ!」


 視認できるほどの魔力がドリューから立ち上り、誰もが驚き動きを止めてしまった。

 その隙にチャンスだといわんばかりに、膝を抱えていたドリューが獣のように奇声を上げて、ジャレッドに向かってとびかかった。

 地面に押し倒されたジャレッドは背中を打つが、反射的にドリューの顔に拳を叩きこんだ。しかし、なにも感じていないのか、奇声を上げながら、一度、二度、三度と仕返しとばかりに拳をジャレッドの顔を殴りつける。


「マーフィーくんっ!」

「ジャレッドッ!」


 唇が切れて、血が飛び散る。だが、ジャレッドも殴られてばかりではない。馬乗りになったドリューの背に長い足を伸ばして蹴りを入れると、掴まれていた服から指が離れた。即座に、そのまま足の筋力だけでドリューを後方へ投げ飛ばす。

 地面を転がりジャレッドから離れていくドリューだったが、立ち上がることなく獣のごとく四肢を地面につけたまま顔だけを持ち上げる。

 血走った瞳がジャレッドたちを射抜き、誰かから短い悲鳴が上がった。

 正気じゃない、とこの場にいる誰もが思っただろう。

 言うまでもなく魔力増幅薬の副作用が出てしまっているのだとわかる。膨れ上がった魔力と、理性を失った行動から見れば、もう手遅れに近い。

 今から魔力を発散させようと、体内に蓄積された薬を抜かなければ根本的な解決にはならない。しかし、ジャレッドには解決策がない。


「みんな、離れていてくれ」


 ゆえに、やれることだけをやるしかない。


「どうするんだ、ジャレッド。奴はもういつ爆発するかわからんのだぞ?」

「だから、爆発する前に意識ぐらいは刈り取るしかないだろ。あのままだとなにが起こるかわかったもんじゃない。だから、できるだけ距離を取ってくれ」

「わかった。気をつけろよ、友よ」


 案じるラーズに頷き、視線をラウレンツに移す。


「ラウレンツ! お前は、みんなを守ってくれ!」

「手伝わなくていいのか?」

「構わない。どうやらあいつは俺を狙っているようだし、できればみんなを守ってくれると助かる。背後が気になると戦いに集中できないんだ」

「わかった。任せてくれ。みんなのことは僕が守ろう」

「ありがとう」


 引き受けてくれたラウレンツに礼を言い、訓練場の一角にある見学席に移動するのを見届ける。

 見学席には防御壁が厳重に張られているので、下手に訓練場を出るよりも安全だ。


「さてと、みんなが離れていくのにも関わらず、動く気配がないのはやっぱり狙っているのは俺なんだからだろうなぁ」


 一度は揉めたが、執着される覚えはない。もしかしたら、知らない間になにかしたのではないかと記憶を探るが、やはり思いつかなかった。


「悪いけど、俺がお前に恨まれるようなことは覚えがないんだ。だけど、このまま戦うなら容赦はしない。きっとそれがお前のためにもなるはずだ」

「まぁあああふぃぃいいいい!」

「それしか言えないのかよ、もっと会話しようぜ?」


 挑発するような言葉を投げると、ドリューの血走った目がさらに大きく見開かれる。

 これでもかと口を開き、呪詛のような低い声で何度もジャレッドの名を呼んだ。

 そして、


「殺してやるぅるるるるるるるっ」


 明確な殺意をもってドリューは再びジャレッドに襲いかかった。

 手足を使って地面を蹴ると、大きく跳躍した。だが、それは失敗だ。よほどの実力者でない限り、いきなり飛ぶのは戦いでは下策だ。

 人間の跳躍とは思えない距離と高さを見せつけるドリューだったが、脅威は特に感じない。着地地点がわかっている以上、そこから移動すればいいのだ。

 跳躍中のドリューの真下を潜り抜け、ジャレッドは精霊たちに干渉する。

 体内で練り上げた魔力を地精霊に捧げ力を得ると、着地したドリューの後頭部と背に向かい土の塊を複数放つ。

 威力も速度も抑え、極力殺さないように加減した土の塊が容赦なくドリューを襲う。

 無防備となったドリューの背後から放たれた魔術が直撃すると、そのまま前方へ吹き飛び地面に倒れた。


「悪いな」


 後方からの攻撃は危険なのだが、正気を失っている人間に対して真正面から相対する気はなかった。強い衝撃を与えれば意識を刈り取ることができると思い、極力加減をして攻撃をしたのだ。

 しかし――。


「うそ、だろ?」


 間違いなく土の塊を後頭部と背に受けて意識を刈り取ったと確信していたにも関わらず、何事もなかったようにドリューは立ち上がった。

 今度は獣のようにではなく、人間らしく二本の足でしっかりと立った。相変わらず血走った瞳で睨みながら、ジャレッドに向かって歩いてくドリューの姿はダメージがあるとは思えない。

 加減をし過ぎたのかもしれない、とジャレッドは思うが、すぐに違うと考え直す。

 人の体が吹き飛ぶほどの衝撃を与えたにも関わらず、平然としている方がおかしいのだ。


「もしかして、痛みを感じないのか?」


 返事はない。だが、ジャレッドの予想は確信に近かった。

 魔力増幅薬の副作用は大きい。正気を失うほどの副作用と、魔力が異常なまでに高まる作用があるのだ。痛覚、いや感覚がなくなっても不思議ではない。

 そうなると、もっと手荒い方法をとらなければならない。

 ジャレッドは一度舌打ちすると、今度は自分からドリューに襲いかかる。

 地面を蹴って肉薄すると、人体の急所と呼ばれる部分に手加減をしていない拳を叩きこんだ。わずかに骨が折れる感覚が手に伝わり、間違いなくダメージを与えるには十分すぎるほどの威力だったと確信するが、ドリューは殴られたことなど気にしていないとばかりにその場から動くことなく棒立ちのままだ。

 これでもかと殴りつけたのにも関わらず、今度は一歩も動くことがなかった。ダメージを感じないにしても、少なからず衝撃はあったはずだ。にも拘わらず、ぴくりとも動かないドリューに不気味さを感じる。

 つい先ほどまでジャレッドの名を呼び叫んでいたにも関わらず、今は恐ろしいほど静かだ。

 一度距離を置き、様子を伺おうとすると、ジャレッドの手をドリューが力強くつかんだ。


「―-ッ」


 掴まれた左腕に痛みが走る。

 人間の握力とは思えない力が込められ、苦悶の声がジャレッドからこぼれた。まるで万力で腕を締め付けられている錯覚に陥るほど、ドリューの力は強い。

 魔力増幅薬を飲んだことで、なぜ身体能力がこうも上昇しているのかわからず、ジャレッドの脳裏には本当に魔力増幅薬を使用したのかと疑問が浮かぶ。

 もしかしたら、もっと別のなにかを使っているのではないかと思えてならなかった。

 だが、目に見えてドリューの魔力が増幅されているのも確かだった。

 さらに腕に痛みが走り、下手をすれば折れてしまう危険さえ感じた。ジャレッドはドリューの顔面に、拳を叩きこんだが、ぴくりともしない。


「くそったれっ!」


 続け、二度、三度、四度と拳を食らわすが平然としているドリューに、やけくそ同然となったジャレッドは器用にその場でジャンプすると、右足をばねのように振りかぶり彼の顔面を凪ぐように蹴った。

 ドリューの体が蹴られた反動で宙に浮く、掴まれていた左腕の拘束が弱まったことを感じると、おまけとばかりに体をひねってもう一度蹴りを、今度は腹部へと叩きこんだ。

 完全に手を離したドリューは、今度こそ地面を転がっていく。

 砂埃をたてながら、数回転がると、やはり痛みを感じていないのか平然と立ち上がった。

 そして、ジャレッドを見据え、にやり、と笑う。

 大股で距離を縮めて、ジャレッドを掴もうと手を伸ばすドリューをかわし、隙を見つければ拳と蹴りで応戦する。

 たとえドリューがダメージを感じていなくても、体には必ず蓄積されていくはずだ。そうなればいずれ体に限界が訪れる。だが、それがいつになるか見当がつかない。

 魔術を使って戦いたい衝動に駆られるが、ジャレッドの使う魔術は例外なく攻撃に特化している。相手がまだ意識をはっきり持っているならともかく、正気を失っている人間に対して魔術を使えば、たとえ手加減をしたとしても必要以上に傷つけてしまう可能性があるため使うことが躊躇われてしまう。

 なんてやりにくいんだ、と思わずにはいられなかった。

 それでも、ジャレッドが戦うことになってよかったと思う。

 ラーズとラウレンツはドリューが魔力増幅薬を使用したことで、魔力による暴走を恐れてジャレッドに助けを求めた。だが、ドリューは今のところ魔術を使う気配は見せない。

 確かに怪力は厄介だし、感覚がないと思われるドリューは戦う相手としてこの上なく面倒だ。しかも、極力傷つけないで戦わなければならいのも困る。

 となると、必然と魔術ではなく徒手空拳で対応するしかない。

 同じ魔術師であるラウレンツが体術に自信があると聞いたことはなく、ベルタとクルトの実力はジャレッドがよく把握していないため、結局自分で戦うことがもっとも最良だと思えた。


「それにしても――お前、弱いな」


 体を鍛えているとはいえ、本来魔術師であるジャレッドが魔術を使うことなく、体術を使い余裕をもって応戦できることからドリューを弱いと判断した。

 怪力も、痛覚がないのも厄介だが、所詮それだけだ。怪力も捕まらなければいいし、痛覚がないのだって面倒だと感じる程度だ。なにも脅威ではない。

 腕を掻い潜り、掌底を顎に叩きこむ。衝撃で両足が地面から離れると、ジャレッドはその場で一回転して、回し蹴りを放つ。

 ドリューの体を確実に捕らえた蹴りは、今日何度目になるのか数えるのが面倒になるほど、また彼を地面に転がらせた。

 やはり、痛みを感じていないようですぐに立ち上がるドリューだったが、足を進めようとして突如たたらを踏んだ。


「おっと、感覚はないみたいだけど、体にはしっかりダメージが蓄積されたようだな?」


 にっ、と予想していた展開が訪れジャレッドが笑う。

 企みに成功した悪党のような悪い笑みだった。

 しかし、ジャレッドの笑みはすぐに消えた。


「お、おい?」


 ドリューの両目から、赤い液体が流れた。

 突然の流血に、ジャレッドは攻撃し過ぎたのかと不安になる。しかし、すぐに違うとわかった。


「ぐっ、がぁ? づぁ、んぐぁ、がぁ、ああぁ、がぁぁああああああぁぁああっ!」


 いきなり胸をかきむしり出したドリューの姿に、攻撃のせいではなく、彼が使用した薬物のせいだとすぐにわかった。

 汚れた制服を破り捨て、上半身を露出させて胸に爪を立てていく姿は異常だった。

 まるで胸の中に異物があり、それを必死に取り出そうとしているようにも見えた。

 爪が肌を斬り裂き、血を流すが、そんなことはお構いなくドリューの手は止まらない。


「どうすれば、いいんだ?」


 この場に必要なのは魔術師ではなく、医者だ。

 もうジャレッドがするべきことはない。


「いつになったら助けがくるんだよっ!」


 騎士団でも、魔術師協会でも構わない。一刻も早く、ドリューを救える誰かがこいとジャレッドが叫ぶ。

 そのときだった。

 ドリューから感じられる魔力に変化が訪れた。




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