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26.暗躍する影3.



「ジャレッドにはすまないと思っている。確かにドリュー・ジンメルの自業自得と言いながら私はジャレッドに頼って助けようとしている。だが、今、この学園の中で薬物によっておかしくなっている奴とまともに戦える可能性があるのはジャレッドだけなのだ。わかってくれ、クリスタ」

「わからないよ! なんのために先生がいるの? こんなときのために騎士団がいるんじゃないの? わたしはマーフィーくんがわざわざ危険な目に遭わないといけないのが納得できないの!」

「ありがとう、クリスタ。でも、もういいよ。ラウレンツとラーズを責めないでくれ」

「でもっ」


 納得できずまだ声を荒げるクリスタ。

 彼女が心底心配してくれているのが伝わり、嬉しくなる。だが、ジャレッドは自分のことを頼ってくれた友達を見捨てることはできない。


「無茶はしないよ。勝てない相手だとわかれば戦うなんて無謀なことはしない。大丈夫、約束するよ」


 言い聞かせるように言葉を紡ぐと、クリスタから興奮が冷めていく。


「ごめんなさい。わたし、言いすぎちゃった」


 気まずい視線を向けて謝罪するクリスタに、ラーズたちは気にしていないと言う。


「いや、クリスタの言うことは至極もっともだ。私たちの配慮が足りていなかった。友として恥ずかしい」

「すまない、オーケン。君がジャレッドを心配する気持ちはよくわかる。無理をさせることはしない、約束する」

「ううん、マーフィーくんがその人を助けるために戦うって決めたのなら、わたしが口をだすことじゃないよね。でもね、マーフィーくん。わたしは心配だよ。きっとオリヴィエさまだって知らない所でマーフィーくんが危険なことをしていたと知ったら不安になるはずだよ」

「そうだね。きっとそうだろう。心配してくれてありがとう」


 脳裏に婚約者の怒った顔が浮かぶ。きっとクリスタの言う通り、オリヴィエは危険を顧みない行動を怒るだろう。だが、それは自分を心配してのことだ。なによりも、彼女ならドリューを見捨てないはずだ。

 落ち着きを取り戻したクリスタが頷くのを確認すると、ジャレッドは教室から出ていく。


「待って、わたしもいくよ!」

「おい、危ないぞ」

「大丈夫。遠くにいるから。ここで心配しているだけじゃ嫌なの」


 どうするべきかと考えだすジャレッドに、ラーズが声をかけた。


「私が傍に居よう。万が一は起こさせないから、信頼してくれ」

「悪いけど、任せた。頼んだぞ、ラーズ」

「ああ、任された。クリスタも私の大切な友だ。この身にかえても守ってみせよう」


 ジャレッドは力強く応えた友達に頷くと、ドリューがいる訓練場に向かった。

 すでに訓練場は人払いができているようだ。普段なら解放されているため自由に使うことができる訓練場に誰ひとりとしていない。


「ラウレンツ様!」


 訓練場の一角から少女の声がラウレンツを呼ぶ。

 全員が視線を向けると、ベルタ・バルトラムが駆け寄ってくるのを見つけた。


「ベルタ! ドリューはどうしている?」

「クルトが見ています。ですが、あまり状況はよくありません」

「どういうことだ?」

「見ていただければわかると思うのですが、精神まで病んでいるようにしか見えないのです」


 誰かが舌打ちをした。

 依存性と中毒性が高い魔力増幅薬は、おまけとばかりに副作用が強い。魔力の暴走、理性を失うこともそうだが、その前に精神面でおかしくなっていく。

 幻視や幻聴から始まり、果てには廃人となってしまう。だが、そこまでに達するには、ずいぶんと量を使用するか、時間をかけるかだ。

 少なくとも、最近始めたくらいでは精神を病んだりしない。

 先日、ドリューと相対する機会があったジャレッドには、少なくとも彼が魔力増幅薬に手をだしているようには見えなかった。

 なによりも、魔力をたいして感じることができなかった。増幅薬を使用すれば目に見えて変わると聞いたことがあるので、おそらく手を出したのは本当にここ数日だろう。だとすれば、副作用による被害があまりにも早く大きすぎる。


「こちらです」

「――っ、これは……」


 ベルタに案内されて場所を移動すると、訓練場の片隅で隠れるように体を縮めて膝を抱えているドリューを見つけた。

 彼の隣にはクルト・バルトラムが肩に手を置いて声をかけているが微塵も応答する様子はない。

 壁に背を預けて、虚空を向いて小さな声で呟き続けている姿はまさに中毒患者であり、あまりにも痛ましい。


「ラウレンツ様、きてくださいましたか」

「クルト、ベルタ、ドリューを見ていてくれてありがとう」

「いえ。ああ、マーフィーもきてくれたんだな、助かる」

「気にしないでくれ、俺も無関係じゃないからさ」


 クルトがこちらに気づき声をかけてくる。


「ラウレンツ様、先ほどサンタラ先生に頼まれた生徒会長が現れ、訓練場の人払いをしてくださいました。今日から明日までの短い時間ですが、立ち入りも学園内の居残りも禁止になったそうです。あとは騎士団と魔術師協会がドリューの捕縛のために向かっているそうです」

「そうか。それまでなにも起きなければいいんだが。しかし、どうしてこうなってしまったんだろうな?」


 ジャレッドたちがきたことにも気づかず、ただ呟き続けるドリューを目にしたラウレンツが、目を伏せ悔いるように発した。


「友人と言うには関係が浅かったが、それでも僕たちは一緒にいた。以前言われた通り、ドリューは僕を利用していたのかもしれないが、ならばここまで自分を追いつめる前に僕を利用すればよかったんだ」


 ジャレッドたちとは違い、友人と呼べるような関係でなかったとしても一緒にいた時間が少なくないラウレンツにとって、ドリューの痛ましい姿は見るに堪えない。

 例え自分ではなくても、他の誰かに助けを求めることができなかったのかとラウレンツは思わずにはいられなかった。


「ラウレンツ、だけどこいつの自業自得だ。魔力増幅薬に手をださない選択肢だってあったにも関わらず、自分で選んだんだ。お前が悔やむ必要なんてない」

「だけど、ドリューは僕やジャレッドのように魔力を多く持つ人間をうらやんでいたことは知っていた。魔力量がすべてではないと言ってはみたが、所詮僕も魔力に恵まれていることに変わりない。だから、言葉が届かなかったのではないかと思うんだ」

「俺も持つ側だからドリューの気持ちはわからない。確かに妬まれ、羨まれることもあるけど、それでも魔力が少なくても魔術師として成功している人間だっている。俺たちでは想像できない努力を重ねた魔術師は決して少なくないんだ。安易に禁止されている魔力増幅薬に手を出したドリューが悪い」

「わかっている! それでも、僕はなんとかしてやりたかったんだ!」


 ジャレッドにはラウレンツの気持ちがわからないわけではない。

 はっきりいって自業自得ではあるが、ラウレンツの言う通り周囲に誰か助けてくれる人間はいなかったのかと思わずにはいられなかった。ラウレンツがドリューを気にかけていたことはしっていたが、せめてもうひとり別の誰かがいれば今回のような間違いは起こらなかったのかもしれない。

 だが、それはあくまでも仮定の話に過ぎない。

 ドリューのように平均やそれ以下の魔力量しか持たない魔術師は多い。ジャレッドやラウレンツのように平均を大きく上回る魔力を持っている魔術師の方が少ないのだ。

 魔力量の少ない魔術師がジャレッドたちを羨むように、魔力を持たない人間は魔力を持つ者を羨み妬む。ドリューでさえ、世間一般から見れば持つ者なのだ。

 だが、多くの人間は自分が恵まれていることに気付くことができない。ゆえに、ドリューのように、なにかを犠牲にしてでも羨む人間に追いつき超えようとする者がいる。

 それは、あまりにも悲劇だとジャレッドは思う。

 どうにかしてやれないかと未だ虚空を見上げ呟き続けるドリューを目の前にして考えていると、


「……ジャレッド……マーフィー……?」


 ぐりん、と虚ろな眼球が動き、ジャレッドを捕らえた。


「ドリュー?」


 ラウレンツが恐る恐る声をかけた瞬間、


「ジャレ、ッド、マァ、ふぃいぃぃぃぃぃいいいいいいっ!」


 絶叫とともに、ドリューの魔力が爆発的に膨れ上がった。




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