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25.暗躍する影2.



 プファイルの来訪から一日たち、ジャレッドは学園に顔を出していた。

 できることなら屋敷から離れたくなかったのだが、オリヴィエと事情を話したトレーネに今だからこそ普段通りに生活をするべきだと強く言われたため従うことにした。

 明日は祖父から屋敷に訪ねてくるようにと手紙をもらっているため、プファイルが教えてくれた一週間後までなにもしないわけにはいかなかった。


「ジャレッド!」


 放課後の教室でクリスタと談笑していると、慌てた様子のラウレンツとラーズが現れた。


「二人が一緒なんて、珍しいな?」

「そう? マーフィーくんは最近学園にきていないから知らないだけかもしれないけど、意外と二人は仲がいいんだよ」

「クリスタよ、私とラウレンツの関係は今は置いておいてもらいたい。それよりも面倒なことになったぞ」

「面倒ってなんだよ?」


 ラウレンツとラーズが一度顔を見合わせると、少しだけ悩んだが口を開く。


「僕から話そう。先日、ジャレッドにドリューの様子がおかしいと伝えたことは覚えているか?」

「ああ、覚えてる。そのドリューになにかがあったのか?」

「まだなにもないが、時間の問題だ」


 深刻そうな顔をして唇を噛みしめたラウレンツにジャレッドは首をかしげる。

 一体なにがおきたというのだろう。ただ、ラウレンツが自身を責めているようにも見えたのが不思議だった。


「ここ何日か、ドリューを僕なりに気にかけて声もかけていたんだが、無視されてばかりだった。それでも明らかに様子のおかしいドリューを放っておくこともできずにいたんだが、ここにきてまずいことになった」

「魔力増幅薬はジャレッドも知っているであろう?」

「おいおい、まさかとは思うけど……」

「そのまさかだ。ドリューは魔力増幅薬を使ったようなんだ」


 確かにまずいことになった、とジャレッドも思わずにはいられない。

 魔力増幅薬。読んで字のごとく魔力を増幅してくれる薬である。効果は絶大であり、一時的という限定ではあるが魔力を倍以上に増幅する例も確認されている。ただし、使用条件があり、必ず魔力をもっていなければいけない。魔力を増幅することはできるが、はじめからないものを増やすことは絶対にできない。

 そして、確実に魔力を増幅させる効果がありながら――使用を禁止されている。

 なぜなら、強い中毒性と副作用を持っているからだ。副作用としては正気を失い、魔力を暴走させ、破壊衝動を抑えられなくなるため暴れだすという。

 戦時中には暗黙の了解として使われることもあったそうだが、国が国を滅ぼそうと躍起になっていた時代の話だ。

 現代において、戦争が少なくなり起きても小競り合い程度になった大陸では、各国が定めた『大陸法』のひとつとして魔力増幅薬は固く禁じられている。

 使用はもちろん、製造も禁止だ。破ればよくて終身刑。悪ければ極刑だ。


「よりにもよって魔力増幅薬に手を出したのか。そもそもどこで手に入れたんだ? あの薬は持っているだけでも危険なんだぞ、そう簡単に手にはいるものじゃないだろ?」

「わからない。なにを聞いても答えないんだ」

「その馬鹿はいまどこでどうしてる?」

「ベルタとクルトが見張っている。暴れられても困るので訓練場に引きずっていった。しかし――」

「なんだよ?」


 言い辛そうに口ごもるラウレンツの代わりに、ラーズが口を開く。


「ドリュー・ジンメルはなにも応えることはない。だが、壊れたように同じことを言い続けているのだ――ジャレッド・マーフィーを殺す、と」

「俺を?」


 心当たりがまったくないとは言えない。先日のラウレンツとの一件では、オリヴィエを侮辱したドリューに対し一方的に魔術を使った記憶がある。そのことを恨んでいるのなら、魔力増幅薬を使用して理性が失いつつあるドリューが復讐に取り付かれる可能性もだって十分にあるのだ。


「ね、ねえ、マーフィーくんが狙われているのなら早く先生に知らせた方がいいんじゃないの?」

「一応、キルシ先生には伝えたんだ。先生なら解毒薬のひとつでも持っていないかと期待したんだが……」

「持ってなかったの?」

「いや、持っているらしいんだが、研究室が散乱しているためどこにあるかわからないらしい……。今、他の生徒を捕まえて探しに向かってくれたが、それまでドリューが暴走しないかどうかが心配なんだ」

「なによりも、奴が暴走した結果、ジャレッドを狙うかどうかわからない。いや、学園内で暴走されればなにが起こるかわからん。最悪の場合は他の生徒を巻き込む可能性だってある。そうなってしまえば、奴に待っているのは極刑だ」


 極刑という単語に、クリスタが息を飲んだ。

 彼女だけではない。ラウレンツとラーズもまた苦々しい表情を浮かべている。

 確かに魔力増幅薬に手を出したのはドリューの自業自得かもしれない。しかし、誰もが魔力を欲し、力をつけたいと願うことは自然なことだ。彼がどれだけ思い詰めていたのかまではわからないが、目の前に誘惑が現れれば駄目と知っていながらも抗うのは難しいのかもしれない。


「どうすればいい? お前ら、俺になんとかできると思って呼びにきたんだろ?」

「最初に言っておくが、私はドリュー・ジンメルの自業自得で罰を受けることに思うことはない。だが、他の生徒の危険などを考えると友に頼るしかないのだ」

「すまないジャレッド。僕には今のドリューを倒せる自信がないんだ」

「倒す? ドリューと戦って倒せばいいのか?」


 あまりにも単純だと思いながら問えば、ラーズとラウレンツが首肯する。


「増幅薬といっても一時的だ。しかし、その増幅された魔力が体内に残っているとまずいらしい。だから、暴走する危険を承知の上で戦い魔力を使わせることが必要なんだ」

「奴はすでにいつ爆発してもおかしくない爆弾だ。そのまま自滅してくれれば私としてはこの上なくありがたいのだが、このままでは解毒薬を与えることも、騎士団に突きだすこともできぬ」

「はじめは僕が戦おうとしたんだけど、駄目だった。魔力があまりにも増幅しているから勝てる自信がない。なによりも僕のことなどドリューは視界にさえいれてくれない」

「なら、殺したい対象の俺が出向けば戦えるってことか。わかった。やろう」


 正直言ってしまえば放っておきたい。ドリューに対してはかわいそうだとも思えない。所詮は自業自得なのだ。それでも、ラウレンツやラーズのように見捨てないと思い行動している友達の力になりたいと思う。

 それに、以前はこんなことを考えることはしなかったが――オリヴィエならドリューを救おうとしただろう。


「どれだけ体が回復したのか試すいい機会だ。ドリューと戦って、ボコボコにしてやるよ」

「ちょっと待って」


 立ち上がり訓練場に足を運ぼうとしたジャレッドに、硬い声が掛けられる。


「クリスタ?」

「それって本当にマーフィーくんじゃないと駄目なの? ヘリングくんは自分じゃ勝てないっていったけど、そんな危ない薬を使ったその人にマーフィーなら勝てるっていう保証は?」

「それは、ないんだが……」


 ばつが悪そうに声を絞り出したラウレンツに、


「信じられないっ!」


 バンッ、と音を立てて机を叩いてクリスタが立ち上がる。

 彼女の表情は今までにないほど怒りに満ちていた。いつも笑顔を絶やさないクリスタとは思えないほど、彼女の怒りがはっきりと表れている。


「なにそれ。自分が負けるとわかっているのに、マーフィーくんならいいの?」

「違う、そうじゃない!」

「じゃあ、なによ? まさかとは思うけど、マーフィーくんなら大丈夫とか根拠のない理由じゃないよね?」

「それは……」


 図星だったようでラウレンツが言葉を失い黙り込む。


「ラーズくんだって同じだよ。そのドリューって人がどうなっても構わないって言いながら結局マーフィーくんひとりに任せようとしてるじゃない。それって、あまりにも無責任よ」

「自覚はしている。だが――」

「自覚しているならこんなことをマーフィーくんにさせようとしないで!」




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