18.コンラート・アルウェイという少年7.
「本当ですか、僕凄く嬉しいです!」
瞑想を解かせたコンラートに、ジャレッドは魔術を教えることになったと伝えると、彼はものすごく目を輝かせて喜んでくれた。
彼の喜びようには公爵とテレーゼも苦笑している。
「ありがとうございます。お兄様――いえ、お師匠様!」
「あー、できれば師匠はやめてください。まだ私自身が魔術師として未熟であるため、コンラートさまに魔術を教えますが、弟子という形はとりませんので」
「そうなんですね……では、お兄様のままで」
なぜかしょんぼりしてしまったコンラートだった。
もしかすると師匠と呼びたかったのかなと思うが、今言った通りジャレッドは未熟であるため師匠を名乗ることはおこがましい。
公爵とテレーゼにもジャレッドは師匠になるつもりはないと伝え、承諾をもらっている。あくまでも魔術を教えるだけだ。
「そうしてくれると助かります。しばらくは瞑想などで魔力をしっかり感じとることから始めましょう。コンラートさまには才能がありますので、焦らず段階を踏んでいけば私くらいの魔術師にはなれますので、ゆっくりと確実にいきましょう」
「――え? お兄様のようになれるんですか?」
「私程度なら、コンラートさまの努力次第ですぐに追い抜けますよ」
「でも、僕は、複合魔術属性の持ち主じゃありませんよ?」
「よく勘違いされてしまいますが、複合魔術属性は珍しいだけで強いわけではありませんし、優れているわけでもありません。ただ、他の人間より手段を多く持っているだけです。それに比べれば、ひとつの属性に特化している方が方向性がわかりやすくていいんですよ」
実際、ジャレッドの大地属性は、地属性、水属性、火属性と手広く学ばなければならない。一日すべてを魔術に費やしても、属性がひとつの魔術師が生涯学ぶことには叶わないだろう。
ただし、三つの属性を学び扱えるというメリットもあることは事実なのだ。しかし、そのことが優れているわけではないし、戦いにおいて強者となるわけではない。
すべては結局、ジャレッドの努力しだいでしかないのだ。
「私は今言った通り魔術師としては未熟です。コンラートさまとあまり変わらない歳で魔術を学びだしたのですから、当たり前です。ですから、一年や二年の差などたいしたことはありません。むしろ、私を追い抜く気概で学んでください。いいですね?」
「はい!」
「――ということになりました」
背後でジャレッドとコンラートのやり取りを見守っていた公爵とテレーゼに向かって声をかける。
「息子をよろしく頼む」
「マーフィー殿、コンラートをよろしくお願いします」
再び公爵たちにそろって頭を下げられてしまうが、今回は感謝の気持ちをしっかりと受け取った。
「では、ひとりでもできる基礎訓練を教えますので、毎日繰り返してもらいます。私と会うときは、実戦形式を少しずつ取り入れていきましょう。もちろん、今まで通り剣術は続けてください。魔術の使い方次第では――」
ジャレッドは右手を凪ぐと、轟っ、と音を立てて炎の刃を生みだす。
手に握ることもできるが、せっかく形がない炎に剣という形を与えるのだから、腕の延長という形をとる。こうすれば、手から剣が落ちることもない。
「――このように炎を刃にすることもできます。応用すれば剣そのものに炎を纏わせることだってできるのです。ですが、剣が使えなければ意味がありません。ですから魔術だけではなく、剣術もどうか頑張ってください」
「はいっ、わかりました!」
目を輝かせて返事をするコンラートに、ジャレッドは素直な子だと思う。
本来なら魔術を色々と使ってみたいはずなのに、言われた通りに瞑想を続ける我慢強さと忍耐力を持ちあわせてもいる。
テレーゼからコンラートが苦労していることを聞いたが、腐ることも荒れることもせず、前向きに頑張っている姿勢は眩しく、見習いたい。
自分であれば、とっくになにもかも投げ捨ててどうでもよくなっていただろう。
そんな境遇を乗り越えて努力を続けるコンラートの芯はおそらく強い。
魔術や剣術ではなく、心が強いのであれば、今後どれだけの苦境に立たされても負けずに前進できるだろう。
前進できず足を止めて、最後には逃げ出してしまったかつての自分のようにはならないでほしいとジャレッドは願う。
コンラートにとっての才能は魔力を持っていることでも、魔術師としての素質でもない。
コンラート自身の素直さと忍耐力こそ、彼が誇るべき資産だと思う。
「それではコンラートさま、訓練方法を教えますので、しっかり聞いていてください」
「よろしくお願いしますっ」
初歩訓練であっても嬉しそうにしている姿を見て、自分にはこんなかわいい時期がなかったと思い返す。
魔術を学び出したころのジャレッドは特別魔術も学ぶ気はなく、嫌々始めただけだ。
魔術師としてそれなりに学んでから、母のようになりたいと思うまで、魔術のことはさほど好きではなかった。
必要だから学んだ。ただそれだけだった。しかし、今ではジャレッドにとって魔術は必要不可欠なものになっている。
魔術がなければ、オリヴィエにも出会えなかっただろうし、学園の友達との関係も変わっていたはずだ。こうして公爵家に呼ばれコンラートとも会うことはなかっただろう。
魔術が繋いだ縁に今は感謝しながら、ジャレッドはコンラートに基礎訓練を教えていく。
コンラートのみならず、公爵とテレーゼも興味深げに耳をかたむけている。
まさか公爵一家の前でものを教えることになるとは思わなかったジャレッドは、必死になってなれない丁寧な言葉づかいを続けていく。
もともと興味があったことであるため、コンラートは話をよく聞き、覚えも早い。どれだけ多くのことを糧にできるかどうかは、意欲に比例していくため、おそらく伸びも早いだろう。
少し接すればわかるか、コンラートは訓練をしっかり続ける性格だ。コツコツとしたことを嫌わない人物であることは、先ほどの素振りを見ていればよくわかる。
もしかすると、想像以上に魔術師として成長するのではないかと、コンラートの未来が楽しみになるジャレッドだった。