15.コンラート・アルウェイという少年4.
「――お、お兄様?」
コンラートに兄と呼ばれ、ジャレッドは慌てた。
憧れを抱かれているとは聞いていたが、まさか「お兄様」などと呼ばれるとは思っていなかった。
戸惑うジャレッドに、笑みを浮かべたままコンラートは口を開く。
「はい! オリヴィエお姉様の婚約者であるジャレッド様ですので、お兄様とお呼びしたのですが……いけなかったでしょうか?」
「いえ、そういうことなら、どうぞご自由になさってください」
「ありがとうございます!」
キラキラと輝かせている穢れを知らない瞳で直視されてしまい、思わずジャレッドは目をそらしてしてしまった。
「コンラート、興奮しすぎだ。少し落ち着きなさい」
「す、すみません、父上。ジャレッド様」
しゅん、とするコンラートに、ジャレッドの方が申し訳なくなってしまいそうになる。
コンラートはどこか庇護欲をかきたてる小動物的な印象がある。おそらく、オリヴィエもそんな彼だからこそ以前は可愛がっていたのかもしれない。
貴族らしからぬと言えば失礼になるだろうが、公爵家に生まれながら純粋さを持っていられるコンラートのような人物は少ない。
「ジャレッド、どうだろうか?」
「はい。では、コンラートさま。未熟な私ですが、少し魔術の手ほどきをさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」
「本当ですか? 嬉しいです、お願いします!」
今にも飛び跳ねんばかりによろこぶコンラートに、思わず笑みがこぼれた。
「私は邪魔にならないように離れていよう。私からもよろしく頼む、ジャレッド」
そう言い残して、公爵は二人から距離を取る。ジャレッドたちもせっかく訓練場にいるのだから、この場を有効にを使わせてもらおうと真ん中に移動しながら、汗に濡れたコンラートの体を拭かせて、服を着てもらう。さすがに半裸で魔術を行う必要はない。
「コンラートさまはご自身の魔力をはっきりと感じることができますか?」
頷くコンラートに、頷き返す。
「では、実際に魔術を使ったことはありますか?」
「少しだけならあります。えっと属性を調べるときに少しだけですけど」
「属性判断の結果はどうでしたか?」
「火属性でした」
なるほど、とジャレッドは目を細めてコンラートの魔力の流れを視る。
魔力は豊富だ。ジャレッドの方が魔力総量はだいぶ上だが、それでも魔術師を名乗れる平均以上の魔力を有しているのがわかる。魔力の流れは力強く、胸を中心に円を描くように渦巻いている。
これで火属性なのだとしたら、攻撃に優れた魔術師に育つだろうと判断し、将来が楽しみになった。
魔力の流れから目を離すと、断りを入れてコンラートの体に触れる。
どくん、と魔力が躍動しているのを感じると同時に、改めてコンラートから伝わる魔力の力強さを感じた。
ジャレッドが今行っていることは、あまり用途はないのだが、相手の魔力を探る方法だ。魔術ではないが、相手に合わせて呼吸を行い、同調するようにしなければいけないため集中が必要だ。
誰が魔術属性を判断したのかはわからないため、ジャレッド自身がコンラートを調べたかったのだ。
「コンラートさま、今から魔術を使ってもらいます」
「はい!」
「いいですか、私の呼吸にあわせて息を吸って、吐いて、そうです。続けてください」
二人の呼吸が重なりひとつとなる。
コンラートに触れている手のひらから、彼の魔力が高まるのを感じていた。
「なにか使うことのできる魔術はありますか?」
「えっと、ただ炎を放つだけの簡単なものならできます」
「コンラートさまは放出系が得意なのですね。わかりました。では、頭の中で炎をイメージしてください。そして、右手を構えて、そうです。手のひらに魔力が集まるイメージを想像しながら、体内に流れる魔力を感じてください。いいですよ、ではそのまま炎を放ってください。言葉でもなんでも、発動条件は任せますので、やりやすい方法でどうぞ」
コンラートの構えた右手に魔力が集中していくのをはっきりと感じた。
魔力が波のように動き、彼の右手に移動して収束されていく。若干、収束が甘いので、ジャレッドが補佐をするが、魔力の集まりは優れている。
「――炎よ!」
収束された魔力が、コンラートの短い言葉とともに放たれた。
手のひらから放出されると同時に、赤い一筋の光へ魔力が変化する。赤い光は真っ直ぐに放たれ、前方に立っていた巻き藁に向かう。そして、轟音とともに火柱を生みだした。
「――え? え、ええええええぇっ!?」
驚きの声を上げたのは、炎を放ったコンラート本人だった。
ジャレッドも内心驚きを隠せない。
ただ放出するだけだと思っていたコンラートの魔力は、体内で高まり手のひらに収束すると、高密度の熱として放出された。
つまり、コンラートは放出だけではなく、収束もできるということだ。
ジャレッドが補佐したのは、収束が甘かったので暴発することを防いだのみ。すなわち、すべてコンラートの才能だ。
「お見事です、コンラートさま」
火事を防ぐために、ジャレッドは精霊たちに干渉して大量の水弾を生みだし、未だ燃え続ける炎にぶつけていく。
魔力をもった炎は簡単に消えないため、同じ魔力を持った水などで消火することがもっとも早く、適している。
十発ほど、水弾をぶつけて消火することに成功すると、ジャレッドはコンラートから手を放す。
すると、彼はへなへなと力なく地面に尻餅をついてしまった。
「あの、お兄様、僕には魔術師としての才能がありますか?」
「もちろんです。ただ魔術を放つだけであれだけの威力を発揮できるなら、間違いなく才能はあります。ただし、今後魔術師としての成長はコンラートさま次第ですので、努力してください」
「はい、もちろんです!」
才能があると言われて、嬉しそうに笑顔を浮かべるコンラートを見て、これなら満足してくれたはずだと公爵の方に視線を動かすと――そこには唖然としたまま固まっている公爵と、同じように硬直している女性の姿があった。
「あ、母上までいたんですね。気づきませんでした」
コンラートの言葉から母親なのだろうが、公爵と二人そろってすでに消えた炎の痕跡に視線を向けたままだ。
コンラートに手を差し伸べて立ち上がらせると、公爵たちの傍まで歩く。
「あの、アルウェイ公爵?」
「――あ、ああ、ジャレッドか。なんというか、驚いたよ、まさかあれほどの魔術を息子が放つとは思っていなかった。先ほどの炎はどんな魔術なのかな?」
「いえ、ただ魔力を炎として放ってもらっただけですので、魔術としては初歩の初歩です」
「つまり?」
ごくり、と唾を飲み込んだのは公爵なのか、それともコンラートの母親なのか。
「コンラートさまは間違いなく、炎属性魔術師としての才能を持ち、収束と放出に優れています。単に魔力を魔術として放つだけなら、私よりも上です」
「――なんだと?」
はじめての試みだったために時間こそかかったが、何度も反復して練習を繰り返せば無詠唱魔術として戦いでもっとも効率のよい手段となるだろう。
単に魔力を炎として放つだけだ。コンラートのように、収束に優れ放出できるのなら、無意識にその工程ができるようになれば一角の戦闘者になれるだろう。
魔術師として成功するには、多くの魔術を覚え、状況に応じて的確な判断をした上で、魔術を使えるようになる必要がある。ジャレッド自身も臨機応変に魔術を行うよりは、その場に応じて魔術と体術をあわせているので、まだまだ発展途上ではあるため偉そうなことは言えない。
コンラートも一定以上の魔術を使えるようになったなら、魔獣討伐などを行うことで魔術師協会に認めてもらった方が魔術師してやっていくための早道に思える。間違いなく、彼の才能は実戦向けなのだから。
「マーフィー殿」
静かに凛とした声が、硬直していた女性から発せられた。
「あなたの言うことは事実なのでしたら、息子は、コンラートは魔術師としてやっていけるということでしょうか?」
「魔術師としてやっていくのはコンラートさまの今後の努力次第だと思いますが、可能性は大いにあります」
「――ああ、よかった。ありがとうございます、マーフィー殿」
突然涙を流したコンラートの母に頭を下げられてしまい、ジャレッドは言葉を失う。
公爵はそんな彼女を優しく撫で、コンラートも声をかけはじめた。
ジャレッドはコンラートの母親の涙の理由がわからず、彼女が泣き止むまでただ困惑し続けるのだった。