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13.コンラート・アルウェイという少年2.


「いや、でも、オリヴィエさまと婚約している時点で今さらですし、結婚したらどうせアルウェイ公爵家に取り込まれるので、変わらないんじゃないですか?」

「―-けっ、けけ、け、結婚、そう、そうよね。まあ、確かに、け、結婚してしまえば、あなたもアルウェイ公爵家の人間になるのよね。例え、そのときのあなたの身分がなんであれ、間違いなく、あなたは公爵家の一員だわ」


 結婚という単語に頬を紅潮させたオリヴィエ。

 ジャレッドの言うことも間違いではない。公爵が意図せずとも、オリヴィエと結ばれれば公爵家の関係者となる。たとえ、ダウム男爵を継いだとしても妻がオリヴィエである以上、それは変わらない。

 同時に、公爵が無理してジャレッドを取り込む必要もない。

 ジャレッドの祖父のダウム男爵は、公爵のよき相談相手であり、周囲から見れば忠臣だった。その孫であるジャレッドなら自然とアルウェイ公爵家の派閥に組み込まれると誰もが思うだろう。

 今さら公爵の息子であるコンラートと関わりを持ったとしても、ジャレッド的にはあまり問題はないと思っていた。もちろん、ジャレッドが楽天的であり、心配するオリヴィエの反応が当たり前なのだが。

 場合によってはコンラートの師匠になる可能性もあるが、そこは本当に会ってみないとわからない。才能があっても人柄があわなければ関わりたくないし、オリヴィエを悪く思っていたらなおさら無理だ。

 なによりもジャレッド自身が誰かになにかを教えるという大役が自分にできるのかという不安もある。


「コンラートさまの件を引き受けるかどうかはさておき、まずどのような方なのか知っておきたいと思ったんです。もし、オリヴィエさまと関係がよくないのならば、公爵には悪いですが、断ることも考えています」

「……あなたは本当にわたくしを大事に思ってくれているのね」

「知りませんでしたか?」

「いいえ、知っていたわ。でも、改めて思い知らされたわ。あなたは、わたくしを大事にしてくれているし、大切に思ってくれている。そのことが、とても嬉しいの」


 そう言って微笑むオリヴィエの言葉には嘘偽りは感じられない。心からの言葉が伝わり、ジャレッドは照れてしまう。

 ジャレッドとしては、意識して大切に思っているわけではない。大切だと思うし、大事にしたいと思っているが、しなければならないという義務感はないのだ。

 ただ、ジャレッド本人がオリヴィエを、彼女の家族を大切に思っている。ただそれだけだ。

 まだ出会って一ヶ月も経っていないにもかかわらず、こんなにも誰かを大切に思うことができるとはジャレッド自身が一番予想していなかった。

 ジャレッドはあまり、誰かと深くかかわってこなかった。母親は殺され、父親との関係は最悪で、かつて唯一の友だった者とも音信不通となってしまった。そんな過去を持っているせいか、人と接するのはあまり得意ではない。

 親友であるラーズたちのように、ジャレッドの心の壁を乗り越えてくれる人たちならば、ありのままを受け入れてくれるので親しくなれた。

 そして、オリヴィエとハンネローネ、トレーネたちも、また違う形ではあるが、ジャレッドを受け入れてくれていることがわかる。アルウェイ公爵だってそうだ。だからこそ、ジャレッドもまた彼女たちを受け入れることができた。

 家族が狙われているせいで人間不信になっているオリヴィエとは違い、根が臆病であるためジャレッドは親しい人を作れないことを自覚していた。

 ゆえに、一度でも受け入れた人間は大切にしたいと心から思っている。独善的でも、身勝手でも、どう思われても構わない。ジャレッドは自分にしかできない方法で、大切に思う人たちを守りたいと思っているのだった。


「あなたは心配してくれているようだけど、コンラートは悪い子じゃないわ。でも――」

「でも?」


 言葉に詰まったオリヴィエは的確な表現を探しながら、言葉を紡いでいく。


「純粋で悪意がない、気持ちが真っ直ぐな子よ。わたくしのことも姉と慕ってくれていたわ。でも、お母さまが狙われるようになると、わたくし自身がコンラートのことを信じられなくなってしまったの。正確には、彼ではなく、彼の母親ね」

「それは、しかたがないと思いますけど」

「そうね、そうかもしれないわ。でも、わたくしは慕ってくれたコンラートから逃げたわ。あの子はわたくしたちになにもしていないのに、勝手な都合でなにも言わずに」


 オリヴィエは悔いるように唇を噛みしめる。

 だが、敵味方が判断できなかったオリヴィエにとって、姉と慕ってくれていたとしてもコンラートを疑ってしまうのも無理はない。とくに、側室の誰かに狙われている以上、彼の母も警戒しなければならなかったのだ。


「コンラートさまのお母上は結局、ハンネローネさまを狙っていたのですか?」

「色々と調べたけれど、あの子の母親は違うと思うわ。確証となるものはないのだけど、とくにこれといってなにかをしているわけでもないのよ。むしろ、コンラートが魔力を持っていることに喜んでいて、才能を引きだそうと躍起になっているわ。ひとり息子なのだから、当然よね。そうなると、わざわざお母さまを害さなくてもいいのよ」


 確かに、とジャレッドは納得する。

 コンラートが魔術師としてやっていけるのならば、たとえ公爵家を継ぐことができなくても、彼の立場は守られるだろう。貴重な魔術師の才能を潰されることなく、家にとって大切な人材となるはずだ。

 彼の母親だって、大きなリスクを冒してハンネローネを害しても必ず正室になることが決まっていない以上、息子にすべてをかけたほうが可能性も高い。

 もちろん感情面では違うのかもしれないし、実際にどう思っているのかまではわからない。だが、下手をすれば息子さえ立場が危うくなる危険を含んだ行動をするかどうか疑問に思える。

 公爵自身がジャレッドに面倒を任せたいと思っていることから、期待されていることはもちろんだ。公爵だって、ジャレッドに会せようと考える前に、側室である彼の母親がハンネローネを狙っていないかどうか調べたはずだ。


「コンラートは後継ぎを狙っているわけでもないのよ。あの子には誰かを蹴落としてでも上に立ちたいという気持ちがないの。そのせいで、兄妹から馬鹿にされてもいるのだけど……」


 コンラートが兄妹から馬鹿にされていると言ったオリヴィエの表情は暗く悲しそうだった。離れて暮らしているために、なにもしてやれないことを悔いているのかどうかジャレッドにはわからない。

 それでも、オリヴィエがコンラートを案じているのだけはわかった。


「仮にあの子の母親がお母さまを疎ましく思っていたとしても、コンラートは関係ないと思うわ。そういう子なの。わたくしも、そのことにもっと早く気づいていればよかったのだけど、もう遅いわね」

「そんなことありませんよ」

「え?」

「オリヴィエさまがコンラートさまとまた仲よくしたいならすればいいんです。たとえ、コンラートさまの母親がなにかを企んでいたとしても、知ったことじゃないと言ってやればいいんですよ。姉弟なんですから」

「そんな簡単にいくかしら?」


 不安そうにするオリヴィエを勇気づけるように笑顔を向ける。


「たとえ無理だったとしても、オリヴィエさまがコンラートさまに向き合おうとしたことが大事です。色々なことから逃げている俺が言っていいのかわかりませんが、あとで自分が後悔するかもしれないと少しでも思うのなら、やっておいたほうがいいですよ」

「そうね、そうしようかしら」

「俺も協力できることはしますので、頑張ってください」


 オリヴィエはジャレッドの励ましをありがたく思いながら不安になる。コンラートの関係が昔のように戻る戻らないのではなく、あまり自身のことを語ってくれないジャレッドのことが心配だった。

 今も、なにかから逃げていることを無意識に口にしていたジャレッドだったが、オリヴィエにはその「なにか」がわからない。父親のことかもしれないし、もっと別のなにかかもしれない。

 いつも助けてもらうばかりで、ジャレッドの力になってあげることができないことが悔しく思う。

 しかし、今のジャレッドになにを言ってもはぐらかされてしまうこともわかっていた。いっそ、途中でやめていたジャレッドの調査を再開したくなる衝動に駆られるが、調査とはあくまでも上辺だけしかわからないものなので、本当にジャレッドのことが知りたいのなら、ジャレッド本人から聞くしかない。

 だから今は、待つことしかできない。それが、寂しい。

 そんな寂しさを感じさせないようにオリヴィエは微笑む。


「あなたばかりに迷惑をかけてしまうのは心苦しいけど、もしあの子に才能があって、あなた自身が気に入ったのなら――コンラートのことをよろしくね」


 返事は聞かずともわかっていた。


「気にしないでください、オリヴィエさま。俺も意外と楽しみにしているんですから」


 未だ自分のことを「オリヴィエさま」と他人行儀に呼ぶジャレッドに距離感と寂しさを覚えるオリヴィエだった。




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