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12.コンラート・アルウェイという少年1.


 ドッと疲れた一日を送ったジャレッドは学園から帰ってくると、自室のソファーで力尽きていた。

 座り心地がいいソファーの上に、ブーツも脱がずに寝転がる姿は少々だらしない。

 仮にも公爵家の別邸なのだが、そんなことを気にする余裕がないほどジャレッドは疲れ切っていた。

 公爵と会ったのは特に気疲れすることはなく、オリヴィエの弟にあたるコンラートに関しても同じ魔術師として興味があるので構わない。オリヴィエとハンネローネに気を使っている公爵が、二人にとって害になるような人物を紹介してこないとは思うが、念のためオリヴィエに聞いてみようと決めている。

 だが、なによりも疲れたのはエミーリア・アルウェイの登場だった。

 オリヴィエに思うところがあるのだろう。いきなり現れたかと思えば、最後には婚約者にならないかなどと言われる始末で、公爵が怒ってくれたから話は流れたが、今後学園で会うかもしれないと思うと気が重くなる。

 公爵は気づいていなかったが、エミーリアはジャレッドが屋敷をあとにするときも、ずっと屋敷の中から様子を伺っていた。

 さすがにオリヴィエにはエミーリアのことは話せない。

 少なくとも、ジャレッドに解決できない問題になるまで放っておくつもりだ。正直、エミーリアのような胸の内でなにを考えているのかわからない人間は苦手だ。

 出会ったばかりのオリヴィエもそうだったが、彼女は彼女で少し話してみれば人柄はわかりやすかった。しかし、エミーリアは違う。少し会話したが、本性を見せなかった。

 別にオリヴィエのように、狙われている恐怖から人柄を調べないと近づけないということはないとは思う。そういう警戒心をエミーリアからは感じなかった。ジャレッドにとってエミーリアは厄介な相手であると思った以上、お近づきにはなりたくないとしか思えなかった。

 そもそも、オリヴィエと不仲であることは間違いないだろうし、公爵の態度からも自分に近づけたくないと思っていたはずなので、進んで関わる真似はしないつもりだった。

 そう決めればもう考えたくないとばかりに、エミーリアのことを思考から追いだしてしまう。

 明日はとくに予定がないので、あとで公爵にお伺いの手紙を送ってコンラートに会ってみるのもいいかもしれない。彼に魔術師としての素質があろうながなかろうが、判断は早い方がいい。


「ジャレッド、入るわよ?」


 考え事をしながら、少し眠くなってあくびを噛み殺していると、部屋の中へオリヴィエが入ってきた。

 彼女の手にはティーポットとカップが用意されている。

 オリヴィエはソファーに寝そべっているジャレッドを見つけると、眉を吊り上げた。


「夕食まで時間があるから少しお茶でも――その前に、ソファーから足をおろしなさい。だらしないわよ。眠いならベッドにいきなさい」

「ベッドに入ったら、朝まで眠ってしまうと思います」

「ならお茶を飲んで目を覚まさない。少し、話もしたいの」


 ソファーから起き上がるジャレッド。オリヴィエにコンラートのことを聞きたかったのでちょうどよかった。


「わざわざお茶をすみません」

「いいのよ。このくらいならいつでもしてあげるわ」


 そう微笑んでくれるが、貴族の令嬢が自分のお茶の支度など普通はしない。

 トレーネが家事を負担しているが、それでもできることをやろうとしているオリヴィエの姿勢は感心する。

 彼女が入れてくれたお茶を飲むと、トレーネが入れたものとはまた違う香りと味わいがした。


「このお茶はわたくしのお気に入りなのよ。落ち着きのある香りが好きなの」


 確かに果実のような甘い香りが心を落ちつかせてくれる。紅茶も砂糖を入れなくても甘く、風味がしっかりとしている。癖もあまりないので飲みやすい。

 会話がないまま紅茶を飲んでいると、オリヴィエと目があった。


「話があるならどうぞ」

「ええ、ありがとう。今日、お父さまと会ったのよね? 朝早くから突然呼びつけるなんて、ごめんなさい」

「構いませんよ。俺に関係ないことではなかったので」

「どういうことかしら?」


 オリヴィエはアルウェイ公爵と会ったジャレッドがどんな話をしたのか気にしているのだろう。

 そのためにこうして紅茶まで持ってきてくれたのだと思う。

 だが、さすがに――あなたへの手紙の返事で悩んでいましたよ、など言えるはずもない。


「プファイル――先日の、襲撃者の件です」

「わたくしも少し話は聞いているわ。なにも話さず、食べたり飲んだりもしないそうね」

「衰弱も心配ですが、彼に依頼した黒幕たちがプファイルを亡き者にしようとしないか不安です。もちろん、警備がいるので下手なことはできないかもしれませんが、万が一ヴァールトイフェルからまた新しい暗殺者が現れたりすれば話が変わってきます」

「そうね……でも、万が一に備えて父も動いているはずよ」


 そして、万が一のことばかりを気にしていてもきりがない。

 オリヴィエと違い、ジャレッドは楽天的な面があるので、起こってもいないことで右往左往したくはない。警戒するにこしたことはないが、常に不安に駆られていなければいけないのはごめんだとつい考えてしまう。


「もちろんです。ただ、このままでは状況が変化しないと思いましたので、プファイルと会うことにしました」

「――本気?」

「もちろんです。公爵と話したのですが、プファイルは強者に従うというヴァールトイフェルのルールの中で生きています。だからこそ、どんな形にせよ戦って勝った俺ならきっと話ができるはずです」

「危険はないの?」

「わかりません。でも、プファイルと話をして、公爵家の側室の中から誰が依頼をした人物なのかわかれば、オリヴィエさまとハンネローネさまは安心して暮らせます」


 危険はすでに覚悟している。しかし、プファイルが今さらジャレッドに歯向かうことなどしないとも思っている。もし抵抗するつもりがあったのなら、依頼主の情報を伝えたりはせず、殺せとも言わなかったはずだ。

 甘いかもしれないが、ジャレッドは前向きにことを考えたかった。

 だが、オリヴィエの表情は優れない。


「また、わたくしたちのせいであなたが危険な目に遭うのね……お父さまも、わたくしも、あなたに頼ってばかり。本当に嫌になるわ、ごめんなさい」

「謝らないでください。俺だって、オリヴィエさまとハンネローネさま、そしてトレーネに平穏な暮らしを送ってほしいって心から思っているんです。だから、今は問題を解決することを優先しましょう」

「……ありがとう」


 うっすら涙を浮かべたオリヴィエがハンカチで目もとを拭う。ジャレッドは彼女の涙に気づかないふりをして、紅茶を飲み干した。


「なんだか、いつもあなたには助けられてばかりね。なにかわたくしでできることはないかしら?」

「なら、教えてほしいことがひとつあるんですが」

「言ってごらんなさい」

「コンラート・アルウェイさまに関して教えてくれませんか?」

「なんですって――」


 質問をした瞬間、オリヴィエの表情が怒りに染まる。

 よく表情を変える人なので見ていて飽きないと現実逃避しながら、じっとオリヴィエの言葉を待つ。


「そう、そういうことね。お父さまは、コンラートをジャレッドに任せようとしているのね」

「オリヴェエさま?」

「あなた、どういうことだかわかっているの? コンラートはアルウェイ公爵家の中で唯一魔力を持っている跡継ぎ候補なのよ!」

「ええ、ですから、公爵が魔術師としての才能があるか見てほしいと」

「それだけ?」

「えっと、もし才能があって俺が気に入ったのなら、面倒を見てほしいと」

「ほらみなさい! あなたはお父さまに取り込まれようとしているのよ!」


 なにを今さら、とジャレッドは口にするのを必死に耐えた。

 オリヴィエの婚約者として一緒に暮らしている時点で、もうアルウェイ公爵家の関わりがある魔術師として周囲は見るだろう。結婚すればなおさらだ。

 コンラートの一件は、単純に魔力を持つ子供に学ぶ場を与えたいという父親としての願いだとジャレッドは思っている。

 才能がないということはないだろう。公爵家にも魔術師がいるので、魔術師としてやっていけるかどうかくらいは判断できるはずだ。と、すれば――教える魔術師がいないほど才能がある、と見て構わないだろうと予想している。

 ジャレッドはそう思ったからこそ、コンラートに興味を覚えて会うことに決めたのだ。

 しかし、


「いいわね? コンラートはかわいそうだと思うけど、お父さまの言うことを聞く必要はないわ!」


 どうやら婚約者さまはお気に召さないようだった。




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