11.暗躍4.
ローザと名乗った赤毛の女性は赤い戦闘衣を身にまとい、決して暗殺者という印象は受けなかった。だが、暗殺者が暗殺者らしいと思われたほうがおかしいので、エミーリアは気にしなかった。
しかし、自分よりも少し年上くらいの女性が、果たして本当に宮廷魔術師候補に選ばれたジャレッドを相手にしてハンネローネたちを亡き者にできるかどうか不安が残る。
「長の娘なら、あなたはヴァールトイフェルの後継者ということ?」
「そうであり、違う」
「どういうことかしら?」
「私は父ワハシュの後継者だが、後継者となるべき者は何人かいる。先日、お前たちの依頼を遂行しようとした結果、ジャレッド・マーフィーに敗れて捕まったプファイルもそのひとりだ」
母が雇っていた暗殺者が、組織の後継者だったことに驚くと同時に、続いて現れた後任までが後継者であることから、ヴァールトイフェルが本気であるとエミーリアは思う。
するつもりはないが、今さら依頼を取り下げると言っても聞きいれはしないだろう。
「教えてくださるかしら、ローザ・ローエン様」
「呼び捨てで構わない。依頼人だ、好きに呼べばいい。ただし、私の言葉使いが悪いことは黙認してもらおう」
「いいわよ、ローザ。それで、聞きたいのだけど、そのプファイルという捕まった人は尋問で口を割るかしら?」
「割らない」
断言したローザは、疑う目で見ている母子に続ける。
「私たちヴァールトイフェルは貴族や騎士がどれだけ頭を使っても考えつかないような拷問にも堪えることができる訓練をしている。しかし、心配もある」
「それは?」
「自分よりも強い者には従うことだ。私たちヴァールトイフェルは強さこそすべてだ。全員が素直に強者に従っているわけではないが、プファイルに関しては強者に敬意を払う。もしも、ジャレッド・マーフィーがプファイルと再び会えば――」
「尋問も拷問もしなくてもその人は話してしまう可能性があるということね」
「その通りだ。だが、それを私は許さない。ゆえに、プファイルを解き放つ」
「殺しはしないのね?」
暗殺組織の割には仲間を大事にするのだと意外に思うエミーリアだったが、コルネリアは違ったようだ。
「いつどこで口を割るかわからないのだから、失敗したなら殺しなさい!」
「お前はなにか勘違いしているようだが――私たちの命は父ワハシュのものだ。私は父からプファイルを殺せと命じられていない以上、殺すことはしない」
「あの子は前任者を殺したと言ったわ!」
「確かに。プファイルの前任者は、失敗しただけならまだしも、自らの命惜しさに組織を売ろうとしていた。ゆえに殺さなければならなかった。しかし、そのことまでお前に報告する義務はない。今、話したのもプファイルが特別扱いされていると思われるのが癪だったからだ」
鋭い眼光で睨まれてしまい、コルネリアは癇癪を起こす前に沈黙させられた。
コルネリアは従順な者には強いが、反抗する者には弱いところがある。そういう面ではローザとの相性は最悪だ。
「それで、依頼は続けるか?」
「も、もちろんよ、あんたたちにいくら支払ったと思っているのっ! 高額を請求しながら三度も失敗するなんで、暗殺者としての誇りはないの?」
「残念ながら、そんなものは持ちあわせていない」
「なんですって――ひっ」
ローザに怯えたコルネリアだったが、彼女の態度が気に入らず言葉を発しようとしたが、できなかった。代わりに口からもれたのは、小さな悲鳴だ。
なぜならいつの間にかローザが手にしていたナイフが、ぴたりと首筋に当てられているからだ。
「やはりまだ勘違いしているようなので教えておくが――私もプファイルも暗殺者ではない。父ワハシュと同じ、戦士だ。間違えるな」
「わかったから、母を放しなさい。いくら大陸一の暗殺組織とはいえ、アルウェイ公爵家を敵にして生き残れると思っているの?」
「脅しならもっとうまいことを言え。アルウェイ公爵家程度が我らヴァールトイフェルに勝てると本気でも思っているのか?」
「――なっ?」
母に無礼を働いたローザを咎めようとしたエミーリアだったが、逆に驚かせられることになる。
まさか公爵家を「程度」などと言うとは思っていなかったのだ。そんなことを言えるのは、王家か同じ公爵家くらいだ。
「我らヴァールトイフェルの拠点も、構成人数も、目的も、なにもかも知らないお前たちがどうやって戦うのだ? まさかお尋ね者として懸賞金をだしておわりではないだろう?」
「そ、それは……」
「そもそも、依頼を続けるというから我慢しているが、そうでなければ殺していたぞ。私は、お前たちのように人の手を借りなければなにもできないような人間が嫌いだからな」
「……言ってくれるわね」
暗殺組織の人間に、暗殺を頼むような人間は嫌いだと言われたことに屈辱を覚えたエミーリアだったが、下手な態度をとれば間違いなく母が殺されると予感がしていた。
目の前にいる、冷徹な瞳をした炎のように赤く、氷のように冷たい女は、自分たちの命など容易く奪うことができると思えてならない。
悔し気に唇を噛んでいると、反抗しなかったエミーリアに向かい小さく唇を吊り上げたローザはコルネリアからナイフを離す。
命の危機から解放されたコルネリアは、安堵のあまりその場にしりもちをついた。
母に駆け寄りソファーに移動させると、ローザを睨みつけるようにエミーリアが視線を向ける。
「それだけ大きな態度をとるのなら、今度こそ成功させてくれるんでしょうね?」
「無論、ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを殺してやろう」
堂々と言い放つローザに対し、未だエミーリアは懐疑的だ。
「きっと捕まっているプファイルとかいう人も同じようなことを言ったのでしょうね」
「言ってくれるな。確かに、同じことを言っただろう。だが、私とプファイルでは実力が違う。私は奴のように甘くはなく、敵と戦うことも楽しまない。奴は、父の悪いところばかりが似てしまっているからな。後継者の誰もが、父の悪癖を受け継いでしまう」
「あなたはどうなの?」
「私を含め、全員がおしゃべりな一面を受け継いでしまった」
ここではじめてローザが苦笑した。
エミーリアはなるほど、と納得する。口には出さなかったが、暗殺組織の人間の癖によく喋ると思っていたのだ。
だが、彼女や父親は暗殺組織の人間であっても暗殺者ではなく戦士だと言う。ならば、おしゃべりでも構わないかと考えたが、答えはでてこなかった。
「まあ、私がおしゃべりなことはどうでもいい。機密さえ話さなければそれでいいのだからな」
「そうね、捕まっているプファイルという人も、同じように思っているなら安心ね」
「ならば今日中にプファイルを解放しよう。そして、時期を見て依頼を遂行する」
「わかったわ。わたくしたちはなにをすればいいの?」
「話が早いな。まず、この屋敷の見取り図を用意してもらう。そして、可能なら身を潜めることができる場所を数か所あれば助かる」
「そのくらいなら簡単よ。ねえ、お母様?」
「ええ、そうね。見取り図ならすぐ手にはいるし、小さな家や小屋などで構わないなら王都でもたくさんあるわ」
「ならば頼もう。まずは、情報から集めたい。殺すのはあとだ」
入念に準備を進めようとするローザに、エミーリアとコルネリアは、今度こそ邪魔者が消えるのではないかと期待するのだった。