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10.暗躍3.



「お母様、お父様にわたくしがジャレッド・マーフィー様と結婚したがっていると言ってくださいましたか?」

「伝えましたよ。ですが、旦那様はマーフィー殿をオリヴェエの婚約者から外す気はないそうよ」


 アルウェイ公爵家の屋敷の一室。エミーリアとコルネリアの母子は、使用人を遠ざけて密会をしていた。

 ソファーに腰をおろして向かい合う母子はよく似ており、ともに美しい。エミーリアが綺麗に年を重ねればコルネリアのようになるのだと誰もが予想できる。しかし、共通しているのはなにも容姿だけではない。


 どこか冷たさを感じさせる雰囲気と、他者を見下すような瞳もよく似ていた。母子は普段こそ猫を被り愛想よくしているが、腹の中ではいつも周囲を馬鹿にしているのだ。

 母子の利害は一致しており、常に協力関係だ。コルネリアは母親として娘の幸せを願っているが、父親の顔色ばかりをうかがっている息子よりも信頼できる。なによりも裏で人を操ることを好むエミーリアは手駒にもなる。


 エミーリアは表立ってなにかをすることはできないが、部下同然の人間たちを上手く利用して物事を企むのが得意だ。母は権力と財力を、娘は母の足りない部分を補うことで両者の関係は良好だった。

 そんな二人の会話の内容はジャレッド・マーフィーに関することだ。

 エミーリアはジャレッドを欲していた。理由は簡単だ。オリヴィエから婚約者を奪いたい。ただそれだけ。


 当初は気に入らないオリヴィエの婚約者に選ばれた不幸なジャレッドを、さらに哀れにしてやろうと企んだ。生徒を使って噂を流し、オリヴィエの婚約者でいることが無理だと彼の口から言わせたかった。しかし、ジャレッドは屈しなかった。それどころか平然としていた。

 今まで、オリヴィエに関する悪い噂を率先して流していたエミーリアにとって、ジャレッドの反応は大きな衝撃だった。


 同時に気に入らなかった。

 噂に踊らされない男性が、自分ではなくオリヴィエの婚約者であることが、不快だった。だから、欲にまみれた生徒をけしかけたが、彼の実力すら計ることができなかった。なので、つい、けしかけた生徒を脅かしてジャレッドの周囲に害を与えろと命じたが、どうせなにもできないだろう。


 エミーリアはジャレッドに対して興味を抱いてしまった。彼を調べ、興味を深め、気づけば欲していた。

 年齢は同い年であり、悪い噂もない自分の方がジャレッドに相応しいと思うようになっていた。

 本人は決して認めないだろうが、エミーリアもまたオリヴィエと同じようにジャレッドが貴族でなくなっても構わないと思っているところが似ていた。


 エミーリアが公爵家の一員である以上、ジャレッドが自分と結婚すれば自然とアルウェイ公爵家が抱える私設団に入るだろう。そうなれば食うに困ることはない。上手くいけば爵位だって父親にねだればもらえる可能性だってある。

 兄を次期当主にしようと躍起になっている母を手伝い、成功させれば自分たちの未来は明るいと信じていた。

 しかし、そのためにはオリヴィエの存在があまりにも邪魔だ。


「あの行き遅れのオリヴィエがどうやってジャレッド様を手なずけたのかしら?」

「母親と同じように、男の前では態度が違うのかもしれないわね。もっとも、女なんて誰でも愛する男の前では好かれようと努力するのだけれど」

「お父様は本当に、ジャレッド様をわたくしにくださる気はないのかしら? 一族に取り込みたいのなら、わたくしでも構わないと思うのだけど?」

「もしかしたら、旦那様はマーフィー殿をハンネローネたちの護衛にしたいのかもしれないわ」

「でしたらお母様のせいじゃありませんの」


 エミーリアは母が度々ハンネローネの命を奪おうと、刺客を送っていることを知っていた。

 ただし、金で雇った冒険者ばかりを使っていることに甘さも感じてもいた。

 いつからか知らないがオリヴィエたちに仕えているトレーネに刺客がすべて倒されていること知っており、母の詰めの甘さをなんとかしたいと考えている。もし、エミーリアがオリヴィエを殺すなら、自身の手は汚したくないが自らの手で殺すだろう。


 もっとも効率がよく、誰かに弱みを握られる心配もないからだ。

 だが、エミーリアにとってオリヴィエが邪魔でも殺したいほどではない。死んでくれればありがたいが、自らの手を汚すなどオリヴェエのためにしたくはなかった。

 母がずいぶんと追い詰めてくれたせいで、傍から見ていればハンネローネのためにすべてを犠牲にしているオリヴィエは滑稽であり、それだけで楽しいのでエミーリアが直接なにかをすることはなかった。


 頼りにしていたはずの父親に別邸に母子揃って移されたときは、エミーリアとコルネリアだけではなく、他の側室たちもざまあみろと思ったはずだ。

 しかし、それだけだ。オリヴィエたちは屋敷にいたときよりも楽しくやっているようで、母が放った刺客も役にたっていない。


 エミーリアは母を守るために躍起になっているオリヴィエの足を引っ張ろうと、悪評を流した。それだけでは飽き足らず、父が選んだ婚約者をことごとく拒むオリヴィエに関することをおもしろおかしく噂にした。あとは周囲が勝手に煽ってくれたので楽であり、楽しかった。


 ――ジャレッド・マーフィーが現れるまでは。


 彼が現れてから、オリヴィエは信頼できる人間を得てしまった。コルネリアは気づいていないが、父もジャレッドを介してオリヴィエと連絡を取りだしたことを見抜いている。

 ジャレッドさえいなければ、オリヴィエたちは以前に戻ることは間違いないと、エミーリアは確信していた。

 もちろん、それだけが理由ではなく、エミーリア自身がジャレッドを欲しいと思っていることも大きな理由である。


「私がハンネローネを亡き者にしようと企んでいるのは認めますが、マーフィー殿のことまで責任は持てません。旦那様にはあなたがマーフィー殿を想っていると伝えてあるので、手に入れたければ正攻法でいきなさい」

「お父様は構わないのですか?」

「渋々ではありましたが、正攻法ならば問題ないとのことです。ですが、少しでも正攻法以外の手段を取れば、エミーリア――あなたは終わりよ」

「でしたら、さっさとあの邪魔な親子を始末してくだいませんか? オリヴィエさえいなくなれば、ジャレッド様はわたくしのものになるのに」


 責めるエミーリアに対し、コルネリアは言い返すことができずに苦い顔をした。


「お母様?」


 いつもなら癇癪を起こしてもおかしくない母が静かなことが気になり、わずかな不安を覚えて声をかける。


「まさかとは思いますが、問題でも起きたのですか?」

「――ええ、起きたわ。あなたが執着するジャレッド・マーフィーが、私が放った刺客を退けたのよっ」


 さすがにエミーリアも驚く。まさかすでにジャレッドがオリヴィエたちの事情に巻き込まれているなど夢にも思っていなかった。まだ婚約者となって二週間と経っていないのに、もうそんなに踏み込んで関わっているとは予想することができなかった。


 エミーリアは、父がオリヴィエの婚約者からジャレッドを外したくない理由がはっきりとわかった。そして、オリヴィエもまたジャレッドを手放さないだろう。

 頭の中で企んでいた作戦をすべて破棄する。ジャレッドを手に入れるなら、母の言う通り正攻法しか駄目かもしれないと思いなおした。だが、それも楽しそうだ。今まで恋愛などしたこともない、エミーリアにとって誰か手に入れるために必死になるのは一種の憧れを抱いていた。それが叶うのなら、やる価値はある。


「お母様も、冒険者など雇わずにいっそ暗殺者でも雇ったらいかがです? 暗殺を引き受ける冒険者などは所詮二流止まりです。いずれは裏切られますわ」

「そう思ったからこそ、ヴァールトイフェルを雇ったのよ! でも、結局三度も失敗したわ! それだけでも許せないのに、自信満々にハンネローネを殺すと言った男はジャレッド・マーフィーに敗北して旦那様に捕まったのよ! 口を割られたらおしまいよ!」

「――ヴァールトイフェルをお使いになったのですか? わたくし、噂だとばかり思っていました」

「噂以下よ! 大陸一といいながら、宮廷魔術師候補程度に負けているじゃないの!」

「尋問されたら吐くでしょうか? 仮にも暗殺組織なら簡単に口を割らないと思うのですが?」

「ええ、今のところはなにも話さないみたいね。だからといって、わたくしでは口封じもできない。ヴァールトイフェルからも連絡がないし、このままでは旦那様にすべて知られてしまう可能性だってあるわ!」


 ヒステリックに叫ぶ母を眺めながら、エミーリアは冷静に考える。

 確かに母は手痛い失敗をしているが、相手もプロなので口を割るかどうかは未知数だ。いっそジャレッドを味方にしてしまえばことが進むかもしれないと考えるが、彼の経歴を知るエミーリアからすればきっと味方にはならないだろう。

 正攻法でジャレッドを手に入れても同じだ。むしろ、オリヴィエとハンネローネを追い詰めたことを糾弾されてもおかしくない。それは嫌だ。


 また、オリヴィエが邪魔をする、と忌々しく思う。

 エミーリアにとってオリヴィエはいつも邪魔な存在として立ち塞がってきた。オリヴィエ自身は知らないかもしれないが、優秀な彼女と比べられてきたエミーリアにとってはたまらない。

 ウェザード王立学園に入学したときも、すでに首席で入学し、卒業したオリヴィエがいるせいで父からは「オリヴィエのように頑張りなさい」と言われた。わたくしの入学にオリヴィエは関係ないと思ったが、口にするのは必死で堪えた。


 オリヴィエは父から優遇されている。ハンネローネと恋愛結婚を経て生まれた子供なので、愛着があるのはわかるが、特別扱いし過ぎだ。不満に思っているのはエミーリアだけではないはずだ。

 父がオリヴィエとハンネローネを特別視しなければ、母もハンネローネを狙ったりしなかっただろう。そう考えると、すべて父が自分で招いたことだと滑稽に思えた。

 だからといって、オリヴィエを潰すために自分まで潰れたくない。

 なにかよい手段がないかと頭を必死で動かしていると、会話が漏れることを防ぐために締め切られた部屋の中に一陣の風が吹いた。


「――失礼する」


 瞬きの合間に、ひとりの女性が部屋の中に現れる。

 突然すぎる出来事に、飛び跳ねるようにして母子でソファーから逃げる。しかし、赤を身にまとった女性は、とくになにかをすることはなく、静かに言葉を発した。


「ヴァールトイフェルから遣わされたローザ・ローエンだ。まだお前たちが依頼を続けたいと言うならば、ヴァールトイフェルを束ねる長たるワハシュの娘である私が、その依頼を完遂しよう」



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