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9.アルウェイ公爵のため息1.



 後日また会うことを約束したジャレッドを見送ったアルウェイ公爵は、誰の目もないことを確認すると、何度目になるかわからないため息をついた。

 まさかエミーリアが乱入してくるとは思っていなかった。わがままな娘であることはわかっていたが、まさか客人であるジャレッドにあそこまで好き勝手に言うとは、父親として恥ずかしい。

 なによりもオリヴィエのことを悪く言うことが許せなかった。

 なぜなら、オリヴィエの悪い噂の大半をエミーリアが流していることを知っているからだ。

 アルウェイ公爵も馬鹿ではない。問題のある子供たちに監視をつけていないはずがない。もちろん、始終監視することは難しく、娘も短絡的だが馬鹿ではないため監視に気づいている。そのため、学園などの一部では監視ができない。


「エミーリアがご迷惑おかけしました」


 嘆息する公爵の背後から声がかけられた。


「……コルネリアか」


 コルネリアと呼ばれた女性が、整った微笑みを浮かべたまま公爵へと近づいていく。

 豪華なドレスを着飾り、手入れの行き届いた美しいブロンドの髪を誇るようになびかせる彼女は側室であり、エミーリアの実母だ。正室のハンネローネが別宅で暮らしているため、事実上の正室として扱われ屋敷を仕切っていた。本来なら、コルネリアの扱いに他の側室から不満が爆発するかもしれないが、彼女はアルウェイ公爵とハンネローネの幼馴染みでもあるため、不満の声を堂々とあげる者はいない。


「エミーリアがまたしでかしたと聞きましたので、お詫びに。できればジャレッド・マーフィー殿にも謝りたかったのですが、もう帰られたようですね」

「彼には関わらなくていい。エミーリアにもきつく言っておくように」


 公爵としてはジャレッドには極力関わらせたくないのが本心だ。

 大切なハンネローネとオリヴィエを守ってくれているだけでも頭が下がる思いなのに、エミーリアのようなわがまま娘まで押しつけるのは心が痛む。


「ええ、ですが、あの子はずいぶんとマーフィー殿を気に入っているようです」

「そうだったのか?」


 単なる興味や、オリヴィエへの嫌がらせのために近づいたと思いこんでいた公爵は、コルネリアの言葉にわずかに驚いた。


「マーフィー殿は学園では有名人らしいので、以前から興味をもっていたようです。しかし、オリヴィエの婚約者になってしまったので、わがままなあの子らしくおもしろく思えないのでしょう」

「かもしれないな」

「私としましても将来有望なマーフィー殿がエミーリアの婿になってくれるのなら嬉しいのですが?」

「それはできない。ジャレッドはオリヴィエの婚約者だ。ありがたいことに、問題のあるオリヴィエを不満も言わず受け入れてくれている。オリヴィエ自身もジャレッドを気に入っているようなので、二人の関係を壊すつもりはない」


 断言する公爵に対し、コルネリアは若干不満そうに表情を変えた。


「ですが、年齢的にもマーフィー殿にはエミーリアの方がお似合いだと思います。公爵家に魔術師の血が欲しいのならば、すでにコンラートもいますので、無理をしてオリヴィエの婚約者にしなくとも――」

「お前は、私がエミーリアの婚約者を選んでも血筋が悪い、爵位が低い、などと理由をつけて断り続けていたではないか。なぜ、ジャレッドにこだわる?」


 コルネリアの言葉を遮り睨むように問う公爵に、彼女はその質問を待っていたとばかりににんまりと唇を吊り上げた。


「それはもちろん、ジャレッド・マーフィー殿が娘に相応しいからです。宮廷魔術師候補に選ばれるだけの実力――それだけでも婿に迎えるのは申し分ありませんが、彼の場合は血筋も文句がありません」

「確かに魔術師の血を迎えたいというのはわかるが、血筋だと? 彼は、ダウム男爵の孫だが、母親のリズ・マーフィーは元宮廷魔術師とはいえ平民だ。お前は伯爵家の次男をエミーリアにと連れてきたときでさえ癇癪を起こしたではないか?」


 いくら公爵家の娘とはいえ、エミーリアは側室の娘であり、跡継ぎでもない。嫁にいくのが普通だが、コルネリアの希望もあり婿を迎え領地運営を手伝わせようと考えていた。しかし、伯爵家の才能ある次男を連れてきても納得しなかったコルネリアに呆れた公爵は、未成年であることを含めエミーリアの婿探しを一時中止したのだ。

 エミーリア自身は爵位を気にはしないが、自分本位なところがあるため、相手がよき夫かどうかではなく、好みかそうでないかでしか判断しないところがある。しかし、年ごろの娘なのでしかたはない。だが、問題は母親のコルネリアだ。彼女がエミーリアの婿を選ぶ基準が公爵には理解できなかった。

 そんなコルネリアが、あろうことか男爵家の、それも平民の血を引くジャレッドを娘婿に迎えたいというのだから驚きだ。

 確かに優秀な魔術師を一族に迎えることを考えれば、ジャレッドは優良物件だろう。彼そのものが宮廷魔術師候補に選ばれるだけの魔術師であると同時に、母は元宮廷魔術師なのだ。魔力や才能がすべてではないとしても遺伝すると考えるなら、取り込みたい人物であることは間違いない。

 ――だが、それだけだ。

 公爵もジャレッドを一族として迎えたいと思っている。しかし、無理に取り込もうとする必要はないとも思っていた。

 なぜなら、自然とオリヴィエと距離を縮めていると聞いているし、彼の祖父であるダウム男爵とは懇意であるので、極端な行動をする必要もない。

 そもそも公爵は、結婚には愛情や相性が必要であると考えているため、無理やり誰かと結婚させたいとも思わない。大切な家族に利益だけの結婚を強いて、仮面夫婦にはしたくないのだ。無論、そうしなければならない場合もあることは承知しているし、公爵自身が望んでいない側室を娶らされたこともあるので、貴族として必要なことはするつもりだ。

 それでも、恩人であるダウム男爵の孫であり、オリヴィエたちの恩人でもあるジャレッドを利害だけで引き込むことはしたくなかった。


「かわいい娘に相応しい婿をと思うのは親として当然です」

「その相応しいと思う理由を教えてもらいたいのだが、な」

「あなたはご存知のはずです。ダウム男爵夫人であるマルテ・ダウム様の素性を」

「――ッ!」


 コルネリアの一言は、公爵に大きな衝撃を与えた。


「な、なぜ、それを、いや、どこで知った?」


 震える声を絞りだし、公爵は射抜かんばかりにコルネリアを睨みつける。だが、彼女はなにも堪えた様子がなく平然としている。いや、それどころか楽しんでいる節さえあるように見えた。


「マルテ・ダウム様は、もとはアルウェイ公爵の人間です。末席の側室の子であったようですが、それでもアルウェイ公爵家の血を引く、あなたにとって年の離れたお姉様ではないですか」

「なぜ、そのことを知っている。答えろ、コルネリア!」

「あまり大きな声をださないでください。特別調べたわけでありませんよ。当時のことを知る人間は今も残っているので、噂として耳にしていました。ですが、あなたの反応で真実だとわかりました。やはり、マーフィー殿はオリヴィエではなく、エミーリアの方が相応しいと思いませんか?」


 明らかにはぐらかしており、真実を言うつもりのないコルネリア。しかし、ジャレッドを婿に迎えたいのは本心なのだろう、嫌なほど執拗に繰り返し問うてくる。

 だが、公爵はジャレッドをオリヴィエの婚約者として望んでいる。彼だからこそオリヴィエは信頼したのだ。そんなジャレッドを娘から奪うようことはできないし、するつもりもない。

 なによりも、ハンネローネを狙っていると思われる黒幕として、公爵が怪しんでいるのがコルネリアなのだ。

幼馴染みであるはずの彼女がなぜとも思うが、プファイルがジャレッドに打ち明けた条件が合致しているのはコルネリアともうひとりだけだ。

 コルネリアとエミーリアがなにをもってジャレッドを求めるのか不明だが、公爵の答えは決まっていた。


「何度も言わせるな。ジャレッド・マーフィーはオリヴィエの婚約者だ。これからもそれはかわらない。もしも、本当にエミーリアがジャレッドのことを愛しているのなら話は別だが、なにかを企んでいるのであれば、私がいいつけたように今後彼に近づくな」


 静かに、有無を言わせずに言い放った公爵に、コルネリアは黙り込んでいる。

 笑みこそ消していないが、長い付き合いの公爵には、笑顔の下で不満を爆発させているのがわかる。おそらく自室に戻れば癇癪を起こすだろう。


「では、エミーリアに母親として頑張れとだけ伝えておきます。もしも、エミーリアがオリヴィエからジャレッドを勝ち取りましたら、認めてくださいね」

「いいだろう。ただし、ダウム男爵夫人に関することが今後誰かの耳に届くなら、お前が原因ではなくても罰を与えるので覚悟しておくように。それが嫌なら、彼女のことは忘れるんだ。わかったな?」

「かしこまりました」


 先ほどのエミーリアに対するジャレッドの反応を見る限り、彼が娘になびくことはないとわかっていた公爵はコルネリアの言葉を聞き流す。そして、マルテ・ダウムの件を他言するなと再度忠告する。

 コルネリアは短く返事をすると、公爵に背を向けて屋敷へと戻っていく。

 公爵はコルネリアの背を見てため息をつく。幼少期から知っている彼女が変わってしまったことが残念に思えてならない。

コルネリアは昔から自分のことを兄のように、ハンネローネを姉のように慕ってくれていた。ハンネローネが正室となり、コルネリアが側室となっても関係は変わらず、上手くいっていると思っていた。


「なぜお前は変わってしまったんだろうな?」


 返事がないことを承知しながら、公爵は問わずにはいられなかった。彼の声は寂しく、そしてあまりにも弱々しい。

 公爵の疑問の声はコルネリアに届くことなく、風にかき消された。




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