この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。
ウェザード王国には、優れた宮廷魔術師がいた。
風属性魔術だけではなく、弓を使った戦闘を得意とし、遊撃部隊を率いるプファイル・カイフ。
地属性魔術師として、ゴーレム魔術を復活させた秀才ラウレンツ・へリング。
雷属性という稀有な魔術師であり、疾風迅雷の一騎当千の強さを持つルザー・フィッシャー。
炎属性の魔術師としても、剣士としても超一流と名高いと同時に、公爵家当主の正妻でもあるローザ・ローエン。
そして、優秀な宮廷魔術師の中でも、とくに戦闘に特化し、何度も国の危機を救った人物をジャレッド・マーフィーという。
彼らは、歴史学者が最も注目する時代に生き、様々な外敵から国を守り続けた。
竜と同盟を超えた関係を築き上げることに一役を買いもした。
彼らがいなければ幾度となく国が滅んでいただろうと推測する学者も多い。
とくに、ジャレッド・マーフィーの存在は大きく、後世の魔術師たちが憧れるひとりとして名前が残っている。
彼を主人公にした物語や舞台もあり、ちょっとした英雄扱いだ。
ジャレッドとその仲間たち、家族たちは、様々な功績を残しながらも、決して驕ることなく、善人として穏やかに暮らしたと言われている。
戦いこそあったものの、彼らの日々は幸せそのものだったらしい。
残念なことにすべての詳細を知る人間はいない。
ただ、ジャレッドの師匠と呼ばれるアルメイダ・ムウラウフや、当時の国王ラルフ・W・フェアリーガーなどの記録から、彼らの活躍と日常を知ることはできた。
一部、謎が残る英雄たちではあるが、彼らのおかげで現代のウェザード王国があること忘れてはいけない。
※
「父上―! ケイリー姉様がきました!」
「パパー! お姉ちゃんがきたよー!」
二人の娘に呼ばれ、執務室で書類仕事と格闘していたジャレッド・マーフィーは顔をあげた。
「おっと。もうそんな時間か。ありがとうな」
「ううん!」
「お姉ちゃんはお部屋に通しているからねー」
「はいはい、ありがとう」
難しい顔をしていたジャレッドは、かわいらしい娘たちに顔をだらしなく緩めた。
もう八歳となる双子の姉妹は、ジャレッドとオリヴィエの間に生まれた子だった。
勉強が好きな長女リズはジャレッドに似た黒髪の持ち主だ。オリヴィエの提案で、彼の亡き母の名前を授けている。すでに魔術の才能を開花させており、攻撃というか破壊を好む傾向から、「あのリズ・マーフィー」の再来だと一部で恐れられていた。
体を動かすことが好きな次女ミーシャは、オリヴィエ譲りにブロンド髪だった。魔術は使えるものの、それよりも剣が好きでたまらないらしい。
正式ではないが、アルウェイ公爵家の当主となったコンラートの妻ローザ・ローエンに手ほどきを受けて実力を伸ばしていた。
十年前、ラスムスの犠牲で始祖を倒し、最愛の人を取り戻したジャレッドは、すぐに彼女と結婚した。
本来なら宮廷魔術師になってからという話だったが、二度と離すまいという決意の表れだった。
多くの仲間と家族に祝福されたふたりは、子宝にも恵まれた。
すべての魔術を捨てて身体能力強化魔術を手に入れたジャレッドは、宮廷魔術師を辞退しようとしたものの、国王をはじめとする重鎮から問題なしと判断され、無事に宮廷魔術師第六席に収まった。
現在では、第三席となっている。
「先生、本日もよろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶をしたのは、ジャレッドの唯一の弟子であるケイリー・ハーゲンドルフだ。
ハーゲンドルフ公爵家当主のカサンドラと、宮廷魔術師第一席であり魔術師協会の会長を務める国王の懐刀でもあるデニス・ベックマンとの間に生まれた子だった。
ジャレッドとカサンドラの仲は言葉にするのは難しい。
十年前、他ならぬカサンドラの手によって、オリヴィエは始祖の器とされ消滅の危機に陥った。
オリヴィエ本人はかつて姉と慕っていたカサンドラを許しはしたものの、最愛の人を一度は奪われたジャレッドはそう簡単に許すことができなかったのだ。
しかし、人間関係は複雑だった。
仕事仲間であるデニスと結婚したことで、顔を合わせることが増えた。彼女たちの結婚式にも参加したし、逆にジャレッドたちの結婚式にカサンドラを呼んでもいる。
今さら恨んでいるとかの感情はないが、特別親しいわけでもない。そんな関係だった。
そんなカサンドラのひとり娘がジャレッドの唯一の弟子なのだから、世の中なにが起きるかわからない。
ケイリー・ハーゲンドルフは非常に優秀な魔術師であり、九歳という年齢にも関わらず、すでにジャレッドが得意とする身体能力強化魔術を使えていた。
当初、ジャレッドはケイリーの弟子入りを拒絶した。
しかし、他ならぬケイリー自身がジャレッドに師事したいと願ったため、折れる形で受け入れたのだ。
育ててみると、自分の娘以上に才能を持っていることに気づき、今では将来が楽しみになっている。
毎日通う愛弟子に訓練をつけると、再び執務に戻る。
宮廷魔術師になると同時に、伯爵位を賜ったため、仕事も増えた。
領地こそないが、ジャレッドを慕い仕えたいという人間が連日のようにやってくることもあり多忙だった。
「はぁ……毎日が大変すぎるですけどぉ」
「あら。またそんなこと言っているの?」
背伸びをして弱音を吐いた彼に、苦笑交じりの声がかけられた。
「オリヴィエ、きてたんだ」
「ええ。子供たちとクッキーを作ったからお茶でもどうかしらと思って」
「ありがとう。食べるよ」
最愛の妻は依然として美しい。
十年の月日を感じないほど若い。
当時十六歳だった少年が、年を重ねたおかげで彼女の隣に立つとちょうどいい年齢となっていた。
「ケリーはどう?」
「いい子だし、真面目だから教えがいがあるよ。なによりも才能に満ち溢れているから将来が楽しみだ」
「あら、リズとミーシャよりも?」
「ち、父親としては娘の方が才能があると言ってあげたいけど、ケリーのほうがあるかな」
「カサンドラさまのドヤ顔が浮かぶわ。あの方はケリーが生まれてからだいぶ変わったから」
「あの人、ドヤ顔とかするんだ。知りたくなかったよ、その情報」
「ふふっ。きっとカサンドラさまも知られたくなかったでしょうね。あの方はジャレッドの前だと取り繕っているから」
そんな他愛のない話をしながら、ジャレッドとオリヴィエはクッキーを摘んだ。
愛娘たちが作ってくれたクッキーは甘く美味しかった。
ご褒美をあげよう、と企んでいると、妻が背中から抱きついてくる。
「どうしたの?」
「えっと、そのね。実はあなたに隠していることがあるの」
「なになに。ちょっと怖いんだけど。変なことじゃないよね?」
「うーん。喜んで欲しいんだけど、どうかしら」
もったいぶるオリヴィエに、ジャレッドは何事かと考える。
そういえば、最近、どことなく雰囲気が変わった気がしないでもない。
そんなことを思っていると、
「あのね、赤ちゃんができたの」
「――うん?」
「正直、高齢出産になるから怖いけど、アルメイダさまがいうには男の子なの。だからわたくし、頑張って産みたいの」
「こ、ここここ、子供!? しかも男の子!?」
「ふふっ、それだけ驚いてくれるとわたくしも嬉しいわ。それで、産んでいいでしょう?」
「嬉しいよ。もちろん――って、言いたいけど体への負担は?」
「平気よ。出産なんてどの歳でもリスクはあるわ。怖がっていたらなにもできないもの」
オリヴィエは外見こそ若いがすでに三十七歳だ。
出産のリスクはそれなりにある。
「子供は大歓迎だけど、オリヴィエに何かあったら俺は」
「十年前から本当に怖がりになってしまったわね。大丈夫よ。わたくし、あなたよりも先に死ぬつもりはないから」
そう言って、不安がる夫にそっと口づけするオリヴィエ。
彼女の唇をついばみながら、ジャレッドは心を落ち着かせる。
「信じているよ、オリヴィエ。元気な子供を産んでくれ」
「もちろんよ。わたくしたちは、家族みんなでずっと幸せに暮らすのよ」
微笑み合う二人。
そして、その数ヶ月後、元気な男の子が生まれたのだった。
「父上と母上いちゃいちゃしすぎ。胸焼けしてきちゃった」
「いいなぁ。私も早くパパみたいな人と結婚したーい」
両親のいちゃいちゃを覗いていた姉妹は、弟ができた喜びを伝えるため、行動に出ることにした。
「私はプファイルおじさまに言ってくるね」
「じゃあ、私はローザおばさまに教えてくるー」
双子の姉妹から伝えられた情報はあっという間に拡散されることになる。
結果、多くの家族たちが、新たな家族の誕生を祝うためマーフィー伯爵家に集まることになるのだが、それはまた別のお話。
今回を持って、完結致しました。
ご愛読どうもありがとうございました!
追記:2025年にコミックが始まる予定です。
伴い、後日談、最終話までの間の話を不定期に更新していく予定です。
よろしくお願いいたします。




