30.ジャレッドと始祖2.
「ならお前が出て行け!」
叫んだジャレッドが拳を握り、地面を蹴った。
始祖はわずかに驚いた顔をするも、慌てることなく少年の一撃を受け止めようとする――が、できなかった。
「うらぁあああああああああっ!」
渾身の力を込めた拳は、始祖の腕ごと彼女の体に一打を与えた。
腹部を強打された始祖は、両目を見開きながら、よろよろと後退する。
「い、意外だ、まさか、君がオリヴィエの体を殴れるなんて」
「言っておくべきだったかもしれないが、俺はオリヴィエさまを殺す覚悟でここにいる」
「――へえ」
「もちろん、そのあとに俺自身も死ぬつもりだ」
「……なるほど、今さら戦えないなど泣き言を言うつもりはないんだね」
「当たり前だ、それこそ今さらだ。もうあんたは後戻りできないことをしたんだ。なら、倒すだけだ」
「よろしい」
腹を手で押さえていた始祖が、笑みを深めた。
「ならば、もっと戦いやすい場所へと移動しよう」
そして、指を鳴らす。
次の刹那、ジャレッドの視界がぐにゃりと歪んだ。
「な、んだ」
「心配しないでいいよ。ちょっと移動するだけだから」
酔いそうな揺れを感じながら、目を瞑ることだけは避けたジャレッドの世界が変わっていく。
王都の一角にある屋敷の庭から、なにもない草原へ。
「ここは、王都のはずれにある」
「知っていたかい、なら説明は省こう。ここなら邪魔も入らない。存分に戦えるよ。私の目的も叶うかもしれない」
「あんたの目的ってなんだよ?」
「それを知ることができるのは君次第さ」
「その前に倒してやる」
古の転移魔術を始祖が使ったことに驚きはあったが、無視することにした。
どうせ伝説的存在だ。
いちいち彼女の行動に驚いていたらきりがない。
ジャレッドのすべきことは、始祖を倒す、それだけだ。
「さあ! ジャレッド・マーフィー! 君の力を見せてごらん! 私を倒すために、新しい力でもつけてきたんだろう?」
※
ジャレッドと始祖はお互いに繰り出した拳をぶつけ合った。
轟音が響き、衝撃波が草原に走った。
「――へえ、君お得意の大地属性魔術を使わないんだね?」
「魔術ならもう使っているさっ!」
ぶつけ合っていた彼女の拳を握りしめ、自分側へ思いっきり引っ張ると体制を崩した体に向かい渾身の蹴りを放った。
鞭のようにしなり繰り出された一撃が、唸りをあげて始祖へと迫る。
――がんっ!
始祖は慌てることなく無詠唱で障壁を展開し、ジャレッドの足を受け止めた。
骨が折れそうな衝撃と音が響き渡った。
が、そのまま勢いを殺さず、足を最後まで薙ぎ払う。
「ぉおおおおおおおおおおおっ!」
獣のような叫びとともに、ジャレッドは始祖を障壁ごと蹴り飛ばした。
しかし、大したダメージを与えることはできていない。
彼女はドレスを翻して宙で一回転すると、音もなく地面に着地した。
「なるほどなるほど……君は魔術を全部捨てたんだね」
呆れたような、納得したような視線を向けられた。
「だったらなんだ?」
「ううん。君はそこまでするほど、オリヴィエが好きなんだね」
「悪いかよ?」
「そんなことはないさ、むしろ羨ましいとさえ思うよ。すべてを愛のために今まで培ったものを捨てることができる人間なんてそうそういないからね。少なくとも、私は知らないかな」
命のやり取りをはじめたというのに、敵であるはずのジャレッドに向けて微笑んでみせた始祖が言う。
「君の使っている魔術は身体能力強化魔術だ。しかし、ただそれだけなら、私を蹴り飛ばすなんてできない。私の障壁は硬いからね」
確認するように、声に出して始祖は続けた。
「大地属性魔術の中でも奥義も奥義、使い手はいないに等しく、ただその技術だけが延々と語り継がれてきただけの骨董品。だけど、実に厄介だ」
彼女の言葉を無視して、ジャレッドは再び地面を蹴る。
一瞬で肉薄すると、始祖に向かって拳を放つ。
障壁を構えられるが、構わず拳を繰り出した。
鈍い音が響き、少年の一撃は受け止められてしまうも、始祖の展開する障壁に遅れて亀裂が入っていく。
「身体能力強化魔術の進化系だったら、ただすべての魔力を身体能力に変換するだけだね。でも、君の場合は違う。大地に、精霊に加護をもらってバックアップを受けている!」
みしみしと音を立てて障壁が割れていく。
始祖の長い人生の中で、障壁が限界を迎えるのは初めてのことだった。
「ふっ、あはははは、すごい! すごいよ! 私は戦う場所を間違えたね! こんな大地しかない場所で戦えば、君は体が壊れてしまうまでずっと力を得続ける! 君の一撃は、上級魔術をも超えている! そんな攻撃を、私はそう何度も受けきれない!」
なぜか歓喜したように声をあげる始祖の障壁がついに砕けた。
ジャレッドはそのまま足を強く踏み込んで、拳を振り抜いた。
次の瞬間、始祖の右頬に少年の一撃が直撃し、彼女の体は大きく宙を舞うのだった。




