27.エミーリアとドリューの再会1.
「今日もいらっしゃいますね、あの方」
ダウム男爵家の屋敷の窓から、イェニー・ダウムが外を覗きため息をついた。
視線の先には、少し年上の少年が腕を組んで立っている姿がある。
イェニーの隣に佇むエミーリア・アルウェイは、そんな少年が気になるようで視線を釘付けにしていた。
「なぜあの方が、お屋敷の前に立ち続けるのでしょうか?」
「わたくしにはわかりませんわ。でも……」
「でも?」
「気になっています。だって、あの人はわたくしのことを恨んでいるはずだから、きっとこのお屋敷の前にいるのもわたくしを狙うためなんじゃないかって……不安になりますの」
エミーリアの不安に、イェニーは「そうでしょうか?」と首を傾げた。
あの少年からは悪意をまるで感じない。
むしろ、その逆の感情を覚えていた。
なにかしら事情があるということは、祖父から聞いている。
祖父は、一度少年と会話をした上で、屋敷の前にいることを許したのだ。
当初、屋敷の中に招こうとしたのだが、それは少年自身が丁重に断りを入れたと聞いている。
少年の名は、ドリュー・ジンメル。
かつてエミーリアに操られ、オリヴィエをジャレッドの前で侮辱した人物だった。
彼は紆余曲折ありラスムスのもとへ身を寄せている。
エミーリアたちがそのことを知ったのは、つい先日だった。とくにエミーリアの驚きは大きかった。
過去のことを謝罪しようと行方を捜していたのだから。
「思い返さずとも、わたくしは最低な女ですわね」
「……エミーリアさま。あまりご自身のことを責めてはなりません」
「ですがイェニー……わたくしはお姉さまに勝手に嫉妬し、公爵家の権力を好き勝手に使って、ひとりの少年の人生を台無しにしてしまいましたわ」
「だとしても、エミーリアさまだけの責任ではありません。きつい言い方になりますが、彼自身も選択しているんですから」
事実そうだ。
エミーリアはドリューに命令をした。
断りづらい状況下であったのは間違いないが、それを実行したのはドリュー自身だ。
ただし、それがエミーリアの慰めになるはずもなく、過去を恥じるばかり。
とくに、姉を失ったかもしれないと連絡を受けただけに、なお彼女は自身を責めて続けている。
隣にいるイェニーもどう慰めていいのかわからなかった。
「ならば、直接謝罪したらどうですか?」
「それって」
「自己満足になるかもしれませんが、きっと心が整理されるはずです」
「ですが」
「ここでこのまま彼を見ているだけよりもよほどいいと思いますよ」
年下の少女の言葉に、エミーリアは頷きそのまま屋敷の外へ向かう。
ひとりで行かせることが不安だったのか、イェニーもそっと後を追った。
「ドリュー……あの」
「……エミーリア様」
少年の背中に声をかけると、少し驚いた顔をしてドリューが振り返った。
半年以上ぶりとなる再会だった。
「ご無沙汰しています、エミーリア様」
緊張で体を強張らす少女に対して、少年は自然体だった。
いや、むしろ、以前言葉を交わしたときよりも、落ち着きと余裕さえ感じた。
「……わたくしが知る、ドリューととても変わりましたわね」
ついそんな言葉が溢れてしまう。すると彼が苦笑した。
「いろいろありましたから」
「わ、わたくしはあなたに謝罪したかったのです。わたくしのつまらない感情のせいで、あなたのことを――」
「謝罪は不要です」
「え?」
言葉を遮られたエミーリアが戸惑いの声をあげた。
少年には自分に対して恨み言をぶつける権利がある。実際、言いたいことはたくさんあるはずだ。
しかし、彼は首を横に振るうだけだった。
「私はあなたのことを恨んでなどいません」
ドリュー・ジンメルは、はっきりとそう告げたのだった。




