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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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26.プファイルとラスムス.




 プファイルは王都で反乱を企んだ人間の一部を無力化し終えると、肩から力を抜いて、嘆息した。


「くだらない。実につまらない戦いだった」


 反乱を企んだのは、魔導大国の血を引くという人間だ。

 ラスムスがまとめ、一度は反乱を思いとどまらせていた者たちなのだが、ここにきて始祖の復活を知り、活気付いてしまったのだ。

 プファイルは、そんな彼らを止めようとしたラスムスの依頼を受け手伝ったが、言葉で解決しようとする彼を無視して、弓と矢を持って対応した。


 地面には、足を射抜かれて蹲る二十人ほどの集団がいる。

 一見すると、どこにでもいるウェザード王国の民だが、中身はほとんど知らぬ過去に魅せられた哀れな人間たちだった。


「同情はしよう。今が嫌だという弱者は、いつの世にもいる。だが、容赦はしない。私の家族が『今』を守るために血を流している。それを無下にしようとする人間を射抜くことに、私はなにも抵抗はない」

「……プファイル君……尽力、感謝するよ」

「構うことはない。だが、一言、二言、貴様には言いたいことがあった」

「なんでも聞くよ」

「今さら貴様にオリヴィエ・アルウェイのことでなにかを言うつもりはない。一番、言うべきジャレッドが貴様を無視しているのだ、私もそうしよう。だが、聞いておかなければならないこともある――今後、貴様はどうするつもりだ?」

「なぜ、そんなことを?」


 質問に質問で返したラスムスに、プファイルは眉を歪めた。


「なぜ、と聞くのか? 貴様の目的は、始祖の殺害だったではないか。その目的は変わっていないはずだ」

「うん」

「貴様はカサンドラ・ハーゲンドルフを犠牲にすることができなかった。ゆえに、始祖の復活を邪魔した。別のどこかでやり直そうと問題を先送りにしようとしたのだ」

「否定はしない。僕はカサンドラ可愛さに自分の目的を捨てようとした」

「だが、貴様にとってありがたく、我らにとって忌々しいことに、始祖はオリヴィエの肉体を使って復活した。だから尋ねよう、貴様はオリヴィエをどうするつもりだ?」


 答え次第では、この場で殺すつもりだった。

 今、ライバルであり、家族であって友でもあるジャレッドがオリヴィエのために力を手に入れようとしている。


 あれほど強い人間がまだ強くなるのかという驚きと、そんなジャレッドと戦ってみたいという高揚がある。

 そして、そうまでしてオリヴィエのために尽くそうとするジャレッドを、ひとりの男としてプファイルは尊敬していた。

 だからこそ、ラスムスの今後を知っておくべきだと思ったのだ。


「僕がこれからなにをするのか、か。うん、そうだね、できることなら始祖を殺したい」

「ほう。実に素直だ。その勇気に免じて、苦しまずに殺してやろう」

「待ってくれ。そうじゃない。オリヴィエ君をどうこうしたいという意味じゃないよ。本音を言ってしまえば、カサンドラが器でないのなら、僕だっていろいろやりようがある。だけど、もし、オリヴィエ君を傷つけたら」

「たとえジャレッドがなにもせずとも、私が責任を持って貴様とカサンドラ・ハーゲンドルフを殺してやろう」

「そうなると思うから僕はなにもしないことを決めたんだよ」

「ふん。いい心がけだと言ってやろう」


 プファイルにとって、オリヴィエはもう家族だ。

 家族などとっくに失い、孤独だった自分を受け入れてくれた大切な人間だ。

 彼女のおかげで友ができた。愛する人と出会えた。その恩は生涯をかけても返せないと思っている。


 プファイル自身、オリヴィエについて諦めていない。

 あのジャレッドが諦めていないのなら、希望はあると信じている。

 だからこそ、彼女に害をなそうとするのなら、この身を犠牲にしてでも止めなければならないと思っている。


 万が一、害されてしまうようなことがあれば、再び暗殺者に身を落としてでも、関わった人間が後悔するにふさわしい結末を与えるつもりだ。

 憂いを断つために、できることなら今すぐラスムスを殺しておきたい。

 オリヴィエとジャレッドを陥れたカサンドラを、凄惨な方法で殺してやりたい。

 そう燻る感情を、必死に堪えているのだ。


「変わったね、プファイル君。かつては人形のように殺しを繰り返すだけだった君が、友を作り、家族を作り、幸せそうだ」

「ならばその幸せを壊した貴様を、私が許せないことも承知しているはずだ」

「……うん。わかっているよ。結局僕はカサンドラと、ううん、カサンドラが僕の悪いところを真似てしまったんだ。口では耳当たりのいいことを言いながら、目的のためなら手段を選ばない、僕はそんな醜い人間なんだろうね」

「自覚しているのなら、ナイフを貸してやるので首を切ればいい」

「それだけで死ねるなら、とうに自殺しているよ。もう生きていることに疲れてもいるけど、僕は僕の責任を放棄できないんだ」

「くだらない。実にくだらない。貴様の責任とは、面識すらなかった先祖を安らかに眠らせるだけだ。私にしてみれば、過程はどうあれ、不死を受け入れたのは始祖自身だ。苦しむのも、後悔するのも、すべては奴自身の問題で、今を生きる私たちにはまるで関係のないことだ」


 それ以上、言うことがないとばかりに踵を翻し、プファイルは背を向けた。


「最後通告だ。ジャレッドの邪魔をするな」


 返事を聞く必要はない。

 もしも、ラスムスが諦め悪く何かを企むのであれば、自分の矢が奴を射抜くだけだ。


 プファイルは地面を蹴って飛び、愛する女性のいる家に向かう。

 自分の知らないところでオリヴィエを失ったことから、あの屋敷には戻りたくない。

 今、心が休まるのは愛する女性の側だけだ。

 彼女のことを思い浮かべ、自然と頰が緩んだ少年は、無意識に足を早めるのだった。





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