25.アルウェイ公爵家の次期当主.
アルウェイ公爵家当主、ハーラルト・アルウェイの私室に、正室ハンネローネと側室のひとりテレーゼがいた。
「こんなときにだが、集まってもらってすまない。ハンネローネ、気分はどうだ?」
「大事ありませんわ。わたくしは娘婿たちを信じていますもの。きっと無事にオリヴィエを連れて帰ってきてくれますよ」
「……ハンネローネ様」
「そうか……そうだな。ジャレッドたちを信じよう」
気丈に振る舞うハンネローネに、テレーゼは涙ぐみ、ハーラルトは同意した。
先日、ジャレッドからことの次第を聞いている。
今にも死んでしまうのではないかと不安になるほど顔色の悪い少年を案じながら、彼の口から始祖とカサンドラ、そして巻き込まれたオリヴィエについて語られた。
ハーラルトは父親として、アルウェイ公爵家の当主として強い憤りを覚えた。
無論、ジャレッドにではない。
カサンドラ・ハーゲンドルフと、ラスムス・ローウッド、そして始祖に、だ。
前者ふたりには、自分たちの目的を叶えるために無関係な人間を躊躇いなく巻き込んだこと。
後者のひとりには、過去の亡霊が現代に干渉するなという怒りだ。
同じく巻き込まれる形になったジャレッドに、ハーラルトは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
もともと無理を言って娘の婚約者にしたばかりに、彼には度重なる苦労をかけていた。
オリヴィエのことを心から愛してくれているのは、親として嬉しく、感謝しかない。
しかし、こうも辛い思いをさせてしまったことには、謝罪以外できなかった。
ゆえにハーラルトはもちろん、誰ひとりとしてジャレッドのことを責めようとはしなかった。
だが、他ならぬ彼自身が、自分のことを責めている。
最愛の人を助けられない不甲斐なさというものはハーラルトにも理解できる。
長年、ハンネローネが命を狙われているのに、当主として夫としてなにもできなかったのだから。
オリヴィエとジャレッドが解決に導いてくれたので、今はまた一緒にいることができるが、つい数ヶ月前までは顔さえ見ることもできなかった。
そのときでさえ辛かったのに、もしジャレッドのように最愛の人が失われたかもしれないとなれば、その絶望は大きすぎる。
「旦那様、早朝から私たちにお話とはどのようなことでしょうか?」
「実を言うと、私は今回の一件でいろいろ考えることとなった」
「オリヴィエのことですわよね、どんなことを考えたというのですか?」
「伝えるべきことをしっかり伝えておかなければならない、ということだ。オリヴィエにとって私は決していい父親ではなかっただろう。しかし、愛していた。その気持ちをちゃんと伝えていたかと思うと、疑問が残る」
「そんなことはありませんわ。あの子だって旦那様を慕っていましたよ」
暗い顔をする夫にハンネローネがフォローをする。
だが、ハーラルトの表情は変わらない。
「いや、すまない。つまり、私は伝えるべきことは伝えておくべきだと思ったのだ。あとで行っておくべきだったと後悔しないように」
「――そうでしたのね、だからテレーゼをここに」
「ハンネローネ様?」
いち早く、夫の言いたいことを察したハンネローネ。
しかし、テレーゼはハーラルトが自分を呼んだことに、未だ首を傾げていた。
「ハンネローネ、お前はもう察していると思うが、異論はないか?」
「ええ、ございませんわ。よい判断だと思われます」
「そうか、そう言ってくれたのなら、私も嬉しい。では、テレーゼ」
「は、はい」
「アルウェイ公爵家の次期当主は、コンラートにする」
テレーゼは、夫がなにを言ったのか理解できなかった。
「ど、どういうことですか? コンラートが、後継、という、ことですか?」
「突然のことと思うかも知れんが、私にとってはそうではない。前々からコンラートかオリヴィエのどちらかを当主にしようと考えていた」
「でしたらオリヴィエのほうが向いているのでは?」
「今、オリヴィエは危機的状況にあるため当主候補から外した。なによりも、あの子にはジャレッドと一緒にのんびりと生きて欲しい。もう十分すぎるほど苦労したからな」
「しかし、なぜコンラートなのですか? いえ、旦那様が認めてくださったことはとても嬉しく思っています。ですが、それ以上に驚きが」
実際、テレーゼもコンラート自身も跡目争いをしている兄弟たちから距離を起き、次期当主になるきはないと公言していた。
そのため、息子に嫌がらせをされても、ハンネローネのように命を狙われることはなかったのだ。
現在のアルウェイ公爵家は平和だ。
影で側室たちを従え、ハンネローネとオリヴィエの命を狙ったコルネリアがすべての罪を暴かれ、軟禁されている。
息子は当主になることはないと宣言し、現在はハンネローネの庇護のもと教師になるため勉強中だ。
娘も同様に庇護にはいりつつ、一緒に生活している。
ハーラルトは見せしめとしてコルネリアと、彼女を手伝った実家に制裁した。
それを見て怯えた他の側室たちが、おとなしくなったのだ。
その効果は子供たちにも広がり、コンラートへのイジメもなくなった。
「もともとコンラートは私の言いつけを守り、騎士になるべく努力していた。他の子供たちは当主になったあとのことしか考えず、領地経営の勉強ばかりだ。勉強するのを悪いとは言わないが、まずは当主になる努力をしてほしかった。私の目には、しっかり努力を積み重ねていたのはコンラートだけだ。それだけで次期当主にするには大きい」
ハーラルトは口にこそしないが、コンラートが他の子供たちからいじめられていたことを知っている。
自分よりも年下の、しかも弟を虐げるような人間を次期当主にするつもりはなかった。
きっかけは、コルネリアかもしれないし、母親の影響もあっただろう。
それでも、過ちで済まされないほど、他の子供たちは執拗にコンラートに嫌がらせをしていた。
無論、コンラートを正式に次期当主にすれば反対の声もあるだろう。
だから、はっきりというつもりだ。
「仮にも兄弟に、執拗ないじめをする人間は当主にできない」
と。
それでも文句を言うのなら、親子の縁も切る覚悟をしている。
甘さを見せたせいで、第二のコルネリアを作るわけにはいかないのだ。
「コンラートに話す前に、テレーゼとハンネローネには直接伝えておこうと思ったのだ。どうだ、賛成してくれるか?」
「わたくしは賛成ですわ。コンラートちゃんは努力家でいい子です。まだ若いですが、いずれは素晴らしい当主になるでしょう」
「……ハンネローネ様」
「私も同感に思う。どうだ、テレーゼ?」
「コンラートを次期当主に選んでいただけて光栄です。きっと我が子も喜びます」
そう言って嬉し涙を流すテレーゼに、ハンネローネがそっとハンカチを差し出す。
涙を拭う妻にハーラルトは告げた。
「では、本日、正式にコンラートを次期当主とする」




