22.始祖と竜1.
始祖ユナ・ミハラサキは目的である現代のウェザード王国をはじめとする各地を回る旅を終えようとしていた。
すでにウェザード王国内に戻ってきているのは、ジャレッドと戦う約束をしているから。
現在は、王都から少し離れた中規模の街のカフェのテラス席で、のんびり紅茶をすすっていた。
「この体にもだいぶ慣れたね」
オリヴィエ・アルウェイという遠い子孫の体を使いながら、姿形は生前のそれとかわらない。
生贄となった哀れな少女の大半を乗っ取った感覚があった。
「結局、体の支配は完全にはならなかったね」
唯一、予定外だったのが、オリヴィエの抵抗が強かったことだ。
封じられていたとはいえ、もとはユナが魔導王として君臨していた時代でも優れた部類に入る才能の持ち主であるオリヴィエは、器となったあとでも抵抗を続けた。
意識的か、無意識なのかまでは定かではない。
しかし、結果的に、始祖であっても体を完全に乗っ取ることができなかった。
「まあ、このほうが私的には都合がいいかな」
特に困った様子を見せず、始祖は微笑む。
弱体化しているにも関わらず、ユナの表情は穏やかだ。
ジャレッドと命をかけて戦うとは想像できないほど、平然としていた。
「それにしても、現代ってつまらない世界になってしまったなぁ」
各地を転々と回った結果の感想が、この一言に尽きる。
「私の時代なら、魔術は日常的に、誰もが使えていたのに……今じゃあ、魔術師の数の方が少ないって、どれだけ衰退したのかって話だよね」
誰に聞かせるわけでもなく、始祖は苦笑した。
がっかりする以前に、笑うしかないほどの魔術の衰退にもう笑みしか漏れないのだ。
それを考えると、ジャレッドやオリヴィエをはじめとした才能を持つ一部の人間というのは、現代においてずば抜けた使い手だと納得した。
とくにジャレッドをはじめ、彼の周囲の人間たちはユナから見ても強者である。
――それゆえに、期待ができる。
「刹那的に考えついた計画ではあったけど、意外とうまくいきそうだね」
「あら、なにを考えているのかお姉さんにも教えて欲しいわ」
テーブルの反対側に腰を下ろしたのは、艶やかな髪を伸ばした美女だ。
ウェザード王国では見かけない、民族衣装めいた衣服を見にまとった、精巧な人形のように美しい女性だった。
「おや、君は……あれ? 竜王国第一王子で間違ってないよね?」
「いいえ、間違っているわ。私は竜王国第一王女よ」
「……いや、私の記憶が定かなら君は男性だったはずだ」
「生まれも育ちも女の子よ、失礼ね!」
女性――竜王国第一王子晴嵐は、店員に自分の分の紅茶を頼むと、しなやかな脚を組んだ。
「私の性別はさておき、なにを企んでいるのか教えてくれないかしら?」
「もう監視はいいのかい?」
「いいわ。てっきり悪さでもするのかと思ったけど、律儀にジャレッドとの約束を守って誰かに手を出すわけじゃないし、本当にただ各地を見て回っているだけだからね」
晴嵐はずっと始祖を監視していた。
いや、それ以前からだ。
ジャレッドがカサンドラ・ハーゲンドルフにはめられて捕まった瞬間から、始祖復活を予期していた。
そして、予想通りに復活すると、監視に徹したのだ。
「竜は人間に必要以上に干渉しない。そのルールを守っていたわけだね?」
「正直に言って、もどかしかったわ。掟さえなければ、本当の姿を晒してでもあなたを滅してあげたんだけどね」
「やめてほしいな。竜が本性を剥き出しにすれば、それは災害だ。私の望むところじゃない」
「そうね、私も望まないもの。でも、あなたの企み次第では、この場を更地にしてでも止めるわよ」
「私には勝てないとわかっているのに?」
「ええ、あなたには勝てないとわかっていてもね」
二人は不敵な笑みを浮かべ合あった。




