21.最後の修行3.
「おーおー、やってるやってる」
ジャレッド・マーフィーが師匠アルメイダと最後の修行をしている光景を、眺めている男がいた。
彼はルザー・フィッシャー。ジャレッドの兄貴分である。
「手伝いにきたのはいいけど、さて、どうするかな」
ルザーがこの場にいるのは、弟分の様子を見に来たからではない。
アルメイダに呼ばれ、ジャレッドの成長を促すための戦う相手をするためだ。
「ジャレッドは念願の魔術を手に入れたってのは聞いたんだけど、それが使いこなせて……いねえなぁ」
師匠を相手に戦闘を繰り広げる弟の姿は、以前と別物だ。
なぜアルメイダが自分を呼んだのかも、一目見て理解した。
――どうやらアルメイダさんは戦闘に向いていないっていうか、ジャレッドと戦い辛いんだな。
あとは、かつてのジャレッドと戦闘力が拮抗していたルザーだから呼ばれたのだと思う。
プファイルもいるが、彼は彼で現在大事な用事をしている最中だ。
「もっと早く呼びやがれよ。今からじゃ、遅えじゃねえか」
そうルザーが愚痴るのも無理はない。
彼は悔いていた。
始祖復活の兆し、カサンドラ・ハーゲンドルフの暗躍、そして奪われたオリヴィエ。
すべてに関わることなく終わっていた。
ジャレッドは愛する人を見つけ、幸せな日常を育もうとしていたルザーを気遣って、関わらせなかったのかもしれない。
かわいい弟分らしいとは思うが、そうじゃない。
自分のことを兄貴だと思っているなら、関わらせて欲しかった。
全部終わって、ジャレッドが慟哭してから力になれと言われても遅い。
もっと早く頼って欲しかった。
これはルザーだけではない。
この場にいない、プファイル、ラウレンツ・へリングも同様だ。
友達なら、いいや、家族といっても過言でもないからこそ、ジャレッドの危機に力になりたかった。
なれなかったことが、辛く、悔しい。
「ま、悔いるのも嘆くのもあとにするさ。俺は、かわいい弟がなにを考えているまではわからないけど、力にはなってやるだけ。それが兄貴だろ」
そう言ったルザーは、身体中に魔力を通して雷に変換する。
次の瞬間、消え、瞬く間にアルメイダと戦闘するジャレッドの前に落雷として降った。
「よう、ジャレッド。手伝いにきたぜ」
「……ルザー。呼んだのは、師匠か」
「余計な世話なんて言わせないからな。新しい魔術を手に入れたお前が、力を使いこなせるまで、何時間でも、何日でも相手になってやるよ」
ルザーはアルメイダを一瞥すると、彼女は「お願い」とばかりに頷いた。
了承とばかりにうなずき返すと、稲妻を従えてジャレッドに肉薄する。
兄と弟の戦闘訓練は、こうして始まったのだった。
※
「男の子っていいわね。こんな状況下じゃなければ、ワインでも飲みながら眺めていたかったわ」
愛弟子が兄貴分と戦う姿を見て、アルメイダは微笑んだ。
稲妻を受けて吹き飛ぶ少年の姿を見て、ルザーを呼んだのは正解だったと胸を撫で下ろす。
少しジャレッドの相手をしてわかったが、もう戦闘面では追い抜かれてしまっている。
もともと戦闘を得意としないアルメイダだが、それでも現役の宮廷魔術師が束になってもなんとかできる程度の実力はある。
しかし、新しい力を手に入れたジャレッドは、その上をいった。
ゆえにアルメイダでは戦っても意味がないと思ったのだ。
ルザーは今のジャレッドに匹敵している。
もともと才能の原石のような青年だったが、ジャレッドと戦うことで力に目覚めていた。
お互いが良い結果をもたらしながら戦えているのだ。
これはアルメイダには真似できない。
失った婚約者のために今までの力を簡単に捨てて、新しい力を求めたジャレッド。
失敗する恐れもあったが、幸い力は手に入れることに成功している。
あとは今まで使っていた魔術同等に使いこなすだけだ。
しかし、時間が足りない。
始祖が王都に戻ってくるまで数日。
その間に力を十全に扱えるかといえば、不可能に近い。
さらに言うならば、相手はあの始祖だ。たとえ力を完全に使いこなせたとしても、勝てるかどうか。
言うまでもなく、ジャレッド自身がわかっているはずだ。
それでも戦わないという選択肢はない。
アルメイダには、愛弟子の真意までわからない。
婚約者の敵討ちをしたいのか、それとも婚約者を取り戻せると、まだ諦めていないのか。
「……理由なんて今さらよね。きっとあなたは始祖を倒して、オリヴィエちゃんを取り戻したいんでしょうね」
傲慢とは言わない。
人間は、少しくらい図々しいくらいでちょうどういい。
「頑張ってすべてを取り戻しなさい」
アルメイダは戦う弟子を慈しむような声で、そっと呟くのだった。




