7.ジャレッド・マーフィーの新生活4.
「君には迷惑ばかりかけてしまっているね」
「いいんです。俺もはやくオリヴィエさまとハンネローネさまが危険に怯えなくていい日々を送ってほしいのですから」
「そう言ってくれるのはありがたいんだが――なにか、私が君の力になれることはないだろうか?」
「いえ、特には……」
急に力になれることと言われても困ってしまう。公爵からの気づかいは嬉しいが、今まで自分でやれることはなんとかやってきたので、特に困っていることもない。
しかし、ひとつだけアルウェイ公爵になら自分抱えている問題を解決できるのではないかとジャレッドは思った。
それは――母親の死の真相。
オリヴィエとの婚約の一件から、嫌というほど知らされたアルウェイ公爵家の情報網の広さと深さなら、母の死も明らかになるのではないかと考えてしまう。
「その顔を見ると、なにかあるようだね。遠慮はいらない、言ってみなさい。もちろん、他言することはしないと約束もしよう」
善意から言ってくれているのであろうが、公爵の言葉は誘惑のように甘く感じられた。
喉が渇く。たった一言を口にしようとするだけで、緊張が自然と高まっていく。
「母の――」
上ずった声が出てしまい、咳ばらいをしてから、もう一度口を開いた。
「母の死の真相を明らかにしてもらうことは可能でしょうか?」
意を決意したジャレッドの言葉は、アルウェイ公爵を驚かせた。しかし、納得するように頷く。
「なるほど、リズ・マーフィー殿の死の真相か……」
「はい。公爵家の情報網があれば、もしかしたら、と思いました」
「君には悪いと思っているが、オリヴィエの婚約者になったときに一通りのことを調べさせてもらった。ダウム男爵は信頼できる方であり、彼の孫である君のことも信頼したい。だが、立場や抱えている問題のせいで安易に人を信じることができないのだよ。不快にさせたらすまない」
「気にしません。むしろ、正しい判断だと思います」
「ありがとう。そして、君を調べた経緯で、君がお母上のことを調べていることは知っていた」
「――ッ。ご存じだったんですね」
ジャレッドは驚いたように息を飲む。
ずっと隠していたことにもかかわらず、こうして公爵が知っていることに驚きを隠せない。
もしかすると、ジャレッドが思っていたよりもアルウェイ公爵家の情報網は広く深いのかもしれない。
「――母の死の真相ですか……もしかして、公爵はご存じなのですか?」
毒殺された母の死の真相をずっとジャレッドは探っていた。誰に聞いてもわからないと言われ、祖父母でさえ真相を知らず、話をすると苦い顔をするため、知らず知らずのうちにジャレッドは誰にも聞かないようにしていた。
しかし、諦めたわけではない。年々、調べることが繰り返しになってしまっているため、諦めかけてはいるものの、なぜ母が死ななければいけなかったのか、どうして母が狙われたのか、なによりも母を殺した犯人が知りたかった。
「さすがに真相は知らないが、リズ・マーフィーが亡くなったことは、当時、大きな衝撃だったので覚えているよ。私自身も彼女とは顔見知りだったので非常に残念だった。ダウム男爵も死の真相を調べたようだが、成果が得られなく気落ちしていたことを覚えているよ」
「公爵家の情報網ならわかる、と?」
「わかるかもしれない。断言はできなくてすまない。しかし、君の抱えている問題を知った以上、力にならせてほしい。君が私たち家族のために戦ってくれたように、なにかをしてあげたい」
「アルウェイ公爵……」
まさか公爵がそこまで自分のことを考えていてくれたとは知らなかった。
同時に、公爵家の情報は驚くべきものだと思い知らされた。まさか自分が母の死の真相を未だ探っていることを知っていたとは思いもしていなかった。もしかすると、祖父母も知っていてなにも言わないだけなのかもしれない。
ジャレッドは魔術師であり諜報を得意としているわけではないのだ。調べものをすれば粗があるし、ミスもする。
「ダウム男爵の手前、勝手に私が調べることはできなかったが、ジャレッドが望んでくれるのならば喜んで調べよう」
「ありがとうございます」
「しかし、ひとつだけ聞いておきたいことがある。ジャレッド、君はお母上を殺した犯人を見つけたらどうするつもりかな?」
そんなこと、問われるまでもなく決まっている。
「――殺します」
母の死の代償は死を持って償わせると決めていた。
即答したジャレッドに、わずかに公爵が目を見開く。彼もジャレッドが復讐のために犯人を捜していると感じていたのだろうが、迷いのない言葉に少なからず驚いたのだろう。
ジャレッドは別に、正義感から犯人を捜したいわけではない。ただ、真相が知りたいだけだ。そして、真相を知った上で、理由は関係なく相手を殺そうと決めている。
私怨であり、ただの復讐だ。
その結果母が悲しむか喜ぶかなど知ったことではない。ただの自己満足であることはジャレッド自身が一番わかっていた。
「……復讐をやめろ、などと私は偉そうなことは言えない。私自身、ハンネを害そうとしている者を明らかにしたらどうするのかわからないからね。ただ、これだけは約束してほしい――オリヴィエを悲しませないでくれ」
「お約束します。オリヴィエさまを悲しませることは、しません」
「ありがとう。ならば、私ができる限りの協力をしよう」
「感謝します」
公爵に向かい、ジャレッドは深く頭を下げた。
諦めたくなかったが、諦めなければならないのかと思っていた母の死の真相に、近づくことができるかもしれない。
わずかな希望が与えられただけでも、心が軽くなった。
「時間はかかるだろうが、最善を尽くそう。さて、少し暗い話になってしまったね。そうだ、実はジャレッドに会ってもらいたい者がいるんだ。といっても私の息子なんだが」
「アルウェイ公爵のご子息ですか?」
「ありがたいことに息子には魔力があってね。魔術師を特別目指しているわけではないんだが、どこかで耳にしたようでジャレッドに憧れているらしい。君さえよければ会ってもらいたいんだが、どうかな?」
「もちろん、喜んで」
アルウェイ公爵家に魔力を持つ人間がいるとは知らなかったジャレッドは興味を覚えた。
暗い話をしてしまったため、明るい話題を探してくれたのかもしれないが、公爵家の血筋の中で魔力を持つ人間がいることは今後も魔力を持つ人間が生まれる可能性が高まるため喜ばしいことだ。
同時に、他家から妬まれないようにするため、情報開示には気を使っているはずだ。
公爵の息子が本当にジャレッドに憧れを抱いているのかどうかはさておき、いくらオリヴィエの婚約者だからといって貴重な情報を明かすことは、公爵なりにジャレッドを信頼している証拠だと思えた。
ジャレッド自身も、貴重な魔力保持者を明かしたことに信頼を感じていた。それ以上に、オリヴィエの姉弟がどのような人物であるのか気にもなる。
ただ、ハンネローネを狙う側室の子供じゃなければいいなぁ、と思ってしまう。
「ならばさっそく会ってもらえるかな。ジャレッドにも時間が限られているので、あいさつ程度になると思うが、いいかな?」
「構いません」
「それで、だ。もし、会ってみてジャレッドが息子のことを気に入ったら、少しだけで構わないので面倒を見てやってもらいたい」
「俺がですか?」
「私の知る限り、君は優秀な魔術師だ。なによりも、戦うすべを知っている。できることなら、息子には強く生きてほしい。戦えというのではなく、生き延びてほしいのだよ。そのために、せっかく魔力に恵まれたのだから、優秀な君に面倒を見てもらいたい」
公爵の言いたいことはわかるが、正直自信がない。
誰かに教えることは苦手だし、立場が上の人間にものを教えることが難しいと知っている。
「無論、立場など気にせずとも構わない。弟子以下の扱いでいいので、頼めないだろうか?」
断る理由を事前に潰されてしまい、言葉に詰まってしまう。
公爵がそういうのであれば実際に、弟子以下として扱っても文句は言われないだろうが、そう簡単にことが進むとは楽観視できない。
「とはいえ、息子に才能があり、君のお眼鏡にかなえばだがね。では、まず顔を会せるだけでも――」
息子のためを思っているのだろう。ジャレッドと顔合わせをさせようと公爵が動こうとしたそのとき、
「お父様、失礼いたします」
ノックとともにひとりの少女が部屋に入ってきた。
「エミーリア、見てわからないのか。来客中だぞ」
「申し訳ございません。ですが、来客中だからこそ、ご挨拶したくて顔をださせていただきました」
公爵にエミーリアと呼ばれた少女は、緩やかな癖がついたブロンド髪を伸ばした銀縁の眼鏡をかけた小柄な少女だった。歳はジャレッドと同い年ぐらいだろう。
あまり公爵とも似ておらず、オリヴィエとはまったく似ていない。
ただ、容姿が整っている面は同じだ。
オリヴィエやハンネローネ、アルウェイ公爵が温かみがある印象を与えるのなら、エミーリアはどこか冷たい印象を与えるように見えた。
「同じ学園に通うジャレッド・マーフィー様に是非ご挨拶したかったのです。お許しください、お父様」
「……しかたがない。もう顔を見せてしまったのだ。きちんと挨拶をしなさい」
「ありがとうございます。こうして顔を合わせるのは初めてになりますが、あなたのことはよく存じています。わたくしはエミーリア・アルウェイと申します。ご存じないかと思いますが、わたくしもウェザード王立学園に通っていますのよ。よろしくお願いいたします、ジャレッド・マーフィー様」




