17.最後の修行1.
王都から少し離れた場所にある草原にジャレッド・マーフィーはいた。
彼は、ここに来る前に、アルウェイ公爵家とダウム男爵家によっていた。
アルウェイ公爵とハンネローネ、トレーネたちと顔を合わせるのが怖かったが、オリヴィエのことを全て伝えなければならないと、罵倒を覚悟して会った。
しかし、そんな少年の覚悟に反し、彼らはなにひとつとして責めることはなかった。ただし、公爵とトレーネは元凶とも言えるカサンドラへの怒りが凄まじく、感情に任せて彼女を討っても不思議ではないほどだ。
ハンネローネが取りなしてくれなければ、敵討ちに乗り出していたかもしれない。
オリヴィエの弟コンラートと、その母も、オリヴィエの悲報に悲しんだ。その場に居合わせたローザもまた、家族としてともに過ごした女性への悲しみを露わにした。
ダウム男爵家でも、エミーリアにオリヴィエのことを告げた。やはり彼女もジャレッドを責めることはせず、それどころか気遣ってくれた。
罵倒されたほうが楽だったかもしれない。しかし、誰もが口を揃えてジャレッドは悪くないと言ってくれる。
それは、目の前で愛する人を失った少年には、辛かった。自分の不甲斐なさを一番感じている彼は、誰かに「お前のせいだ」と言われたかったのだ。
果てし無く青い空を見上げていたジャレッドに、近づく影があった。
「お待たせしたわね、ジャレッド」
ピンクのフリルをあしらったドレスと、同じ色の日傘をさした幼さを残す少女。名を、アルメイダといい、外見とは違い何百年も生きているハーフエルフだ。ジャレッドの命の恩人であると同時に、師匠でもある。
「こんなところで待ち合わせなんて色気がないわね」
「……師匠、お願いがあります」
からかうような物言いのアルメイダから、どこか気遣った雰囲気が伝わってくる。おそらく、オリヴィエに関する悲報を聞いているのだろう。
ジャレッドはそんな師の優しさに感謝しながら、頭を下げた。
「お願い? 私に始祖と戦えってこと?」
「いいえ、違います。始祖は俺が倒します。だから――俺に最後の修行をしてください」
「――ああ、なるほどね。ううん、やっぱりってところかしら」
アルメイダは納得したように頷いた。
「まず顔をあげなさい。ちゃんと顔を見て話をしましょう」
「……はい」
愛弟子が力を求めることは考えるまでもない。愛する人を奪われ、伝説とも言える相手と戦うのだ。今のままでは敵わないと本人が一番わかっているのだろう。
「最後の修行ね。ねえ、覚えてる? 一年とちょっと前、私はまだそのときじゃないと言ったわよね?」
「覚えています」
「あなたはがむしゃらに力を求めていたわ。だけど、心も体も未熟だったことを理由に私はダメだと言った。もちろん理由はそれだけじゃないわ」
「わかっています。あのときの俺は、いや、きっと俺は今でも未熟者です。でも、ほかに手はありません」
かつてジャレッドはアルメイダのもとで修行をしたことで、ひとかどの魔術師以上の実力を手に入れている。
同時に、枷も施されていた。大きすぎる魔力が体を蝕まないように、封印されていたのだ。しかし、その魔力は、この一年の戦いで解放された。その後、アルメイダによってしっかり封印を解かれ、調節もされている。
それでも、大きすぎる魔力は人間に害を与える。とくに成長途中の未成年にならなおさらだ。ゆえに、現在でも魔力を食らう精霊をジャレッドは体内に飼っていた。
「安心していいわ。今のあなたなら、もう魔力は自在に使えるでしょう。枷をはめていたのは、私が心配性だったからよ。でもね」
一度、言葉を切り、アルメイダは愛弟子を睨んだ。
「最後の修行……つまり、ジャレッドが求めているものを得るには大きな代償が伴うわ。それを私は望んでいないの」
「……アルメイダ。でも」
「本当に覚悟している? ――今まで培ってきた全ての魔術を捨てるということがどういうことなのか?」




