14.ジャレッドとカサンドラ2.
言いすぎたとは思わなかった。間違ったことを言ったとも思わない。
ジャレッドはカサンドラを気に入らない。彼女にはなにもなかったわけじゃない。彼女自身が周りにいてくれる人々をちゃんと見なかった、ただそれだけ。
「もういい、やめだ。あんたにこれ以上とやかく言ったってなにも変わらない。ただ、あんたに聞きたいことがあったんだ。これだけは聞いておかないといけない」
カサンドラが静かに顔をあげる。
「オリヴィエさまの体を使って始祖を甦らして、過去に戻すとする。向こうの世界に家族がいたとして、ちゃんと家族は始祖を認識できるのか? そもそも別世界に始祖の家族は生きているのか?」
「それは……」
「時間の流れは同じか? 始祖が俺たちの世界に迷い込んで何百年って経ってるんだぞ? 世界の壁を越えるだけでも信じられないのに、時間の流れまで超越できるのか?」
「……わたくしには」
わからない、と続けようとしたのか、カサンドラは言葉を止め口元を押さえた。
「その様子だとなにも考えていなかったようだな。いや、違うか、先祖が適当だったみたいだな。もしくはそこまで考える時間がなかったのか」
もしジャレッドたちの世界と始祖の故郷が同じ時間を流れていれば、仮に元の世界に戻すことに成功しても、彼女は誰一人知り合いのいない世界で孤独だったはずだ。
時間の流れを確認するすべはない。少なくともジャレッドは知らない。それ以前に、世界を越える魔術があることだって今だに信じられない。
カサンドラは愚直に先祖を信じていたのかもしれないが、始祖にしてみたらいい迷惑だ。復活しても戦う相手はいない。倒すべき敵も国もない。守るべき民もいない。子孫には元の世界に帰れると言われるも、家族と再会できる保証はない。
もしジャレッドが始祖と同じ立場にいれば、「余計なことをするな」と叫んでいただろう。
「はっきり言って、もうあんたのプランはなしだ。始祖を遠い世界に追いやるのは構わないけど、あの体はオリヴィエさまの体だ。好き勝手にはさせない。取り戻すことを第一に考えるけど、それが無理なら殺す。それだけだ」
「……あなたには始祖様を倒せるはずがないわ」
「やってみなけれりゃわからない」
「違うわ。そうじゃないのよ。あなたはなにもわかっていない。始祖様はオリヴィエの体を使っているのよ!?」
「だからなんだよ?」
「そうだったわね、あなたは知らなかったのよね。いい? オリヴィエには類い稀ない魔術の才能があるわ」
「そうらしいな」
オリヴィエから少し聞いた程度だが、どれほどの才を秘めていたのかまではジャレッドにはわからない。出会った時から魔力を感じなかったが、それが封じられていたのだ。そんな想像できるはずがなかった。
あの頃、オリヴィエがまだ頑な態度で、自分だって年上の婚約者ができたことに困っていたのが懐かしい。まさか過去の偉人が復活し、婚約者の体を奪って復活するなんて夢にも思わなかった。
ジャレッドがこんなにもオリヴィエを愛するようになるなんて、想像していなかった。
「わたくしはオリヴィエ以上の才能を持つ人間を見たことがないの。いいこと? 魔力に目覚めたばかりのあの子と比べてそれ以上の魔術師は見たことないわ」
「……オリヴィエさまの才能はそんなにか?」
「気を悪くしないで欲しいけど、あなた以上よ。いいえ、宮廷魔術師の誰よりもオリヴィエの魔術の才能は抜きん出ているわ」
「その才能を潰したのか。そんな力がオリヴィエさまにあれば、俺なんかに頼らなくても、もっと早くにハンネローネさまを側室たちから守れていたのかもしれないのに」
「そうね、そうよね。わたくしは酷いことをしました。それは認めます。ですが、当時のわたくしには始祖様の肉体は彼女以外に考えられなかった、実際、それ以上に理想的な器はいなかった」
悔しいと思う。オリヴィエに魔術師の才能が多分に存在していたというのなら、彼女自身の力で母を守れていたはずだ。何年も苦しい思いをせずに解決していたかもしれない。
今とは違い、もっと明るく幸せな人生だってあったかもしれない。その可能性を奪ったカサンドラが許せない。
彼女を殴りつけたい衝動を必死に堪え、続きを促した。
「つまり、あんたはなにを言いたいんだ?」
「あなたではオリヴィエの肉体を持つ始祖には勝てないということよ」




