10.ジャレッド対デニス2.
ジャレッドの魔力をもらい喜び勇んだ地の精霊たちが、彼の敵を穿つべく槍を撃つ。一本一本の槍が、必殺にふさわしい殺傷力を誇っている。対し、デニスが操る影は鞭となって丁寧に槍を砕き、破砕していった。宮廷魔術師第一席に焦りはない。落ち着きを保ったまま冷静に対処していく。
すべての槍を砕かれると、続けて拳大の岩を複数生成し、鈍器として放つ。音を立ててデニスに向かい殺到し、彼を砕き殺そうとする。だが、やはり敵は冷静だった。鞭状だった闇を構えると、今度は剣のように軽快に振るった。彼に一撃も当たることなく、すべて両断され地面に落ちていく。
デニスはジャレッドに攻撃することに躊躇いがあるのか、受け身に回っていたが、このままでは埒が明かないと考えたのだろう。地面を蹴って、肉弾戦に切り替えた。
魔術対決をするつもりがなかったジャレッドだが、まさか向こうから積極的にしかけてきたことに驚きと、わずかにどう猛な表情を見せる。
魔力を爆発させて身体能力を向上させると、自らも地面を蹴り迎え撃つ。ジャレッドの拳がデニスを捉え、デニスの拳がジャレッドを捉えた。
両者は背後に吹き飛び、地面を転がっていく。
すぐに立ち上がったのは咳き込みながらもデニスだ。彼はたった一度の衝撃を受けただけで、膝が笑っていることに苦笑いを浮かべた。少年を舐めていたわけではない。彼の功績は、魔術師協会会長を務める自分がよく知っている。それでも、どこかで戦えば勝つと思っていたのだろう。
「……ジャレッド殿を止めようと考えていたことが驕りでしたね。あなたは強い。いずれ、私を超えて、かつてのリズ・マーフィー様のようになるでしょう。しかし、やはり――今は私のほうが強い」
咳き込みながら立ち上がるジャレッドに、デニスはそう言い放った。
「だから、なんだって言うんだ」
「あなたは優しい。私はそのことをよく知っています。かつて他人同然だったオリヴィエ様たちご家族を守るため尽力なさいました。従姉妹のイェニー様のためにも、ご友人のルザー様のためにも、立場を悪くされたエルネスタ様のこともです。ジャレッド殿はいつだって誰かのために戦ってきた。そんなあなたが、たとえオリヴィエ様のためとはいえ感情に任せて人を殺すことはできないと信じています」
「殺せないからといって――」
「ですので、誰であろうと躊躇いなく殺すことのできる私には勝てません」
全身が総毛立った。デニスから発せられたのは敵意でも、殺意でもない、別の何かだ。温和なはずの表情が、今は別のものに見える。例えるなら、人形だ。彼はきっと、命じられさせすれば、誰かに操られるように躊躇いなく人を殺すだろう。自分だって例外はない。いや、婚約者であったというカサンドラでさえ殺してみせるはずだ。
「あなたの攻撃は、殺傷能力が高くても肝心な殺意がありません。私を倒そうとする気概を感じることができても、殺そうとまでは考えていないでしょう」
そんなことはない、と否定はできなかった。
ジャレッドはオリヴィエを奪われて怒り狂っている。元凶であるカサンドラを、彼女を守ろうとするラスムスとデニスを殺したいと思っている。
――しかし、所詮は思っているだけに過ぎない。
命を奪ったことがないわけじゃない。戦えば、殺してしまうことだってある。ときには自衛のために、ときには自分の意思で、命を奪ってきた。だが、今は難しいかもしれない。オリヴィエと出会って甘くなってしまった。彼女に嫌われたくない、そんな感情を抱いてしまった。
「その証拠にあなたは私を簡単に殺すことのできる石化魔術を使っていません。イェニー様を巻き込まないように躊躇しているのかとも思いましたが、そうではなかった。あなたは優しいゆえに、私を殺せない」
「黙れ!」
ジャレッドは地面を再び蹴った。魔力を体内に循環させ、身体能力を跳ね上がらせる。デニスの懐に入り込むと、強力な一打を打つ。が、彼の影が一枚の薄いながらも強固な壁となり阻んだ。
「私に言われても石化魔術を使わないのが証拠です。オリヴィエ様を失い怒っているのでしょう。悲しんでいるのでしょう。気持ちがわかるとは口が裂けても言えません。ですが、落ち着きなさい、ジャレッド・マーフィー。カサンドラを殺して、始祖が本当に満足してオリヴィエ様を解放すると思いますか?」
影の壁を殴り血を流していた少年の手を、デニスは包むように優しく握った。
「私とあなたが殺し合うことに、どのような意味がありますか? 本当にこれが正しいことですか?」
「……黙れ」
「悲しむことは悪いことではありません。自暴自棄になることも、人間ならしかたがないことです。ですが、あなたはそんなことをしなくても大丈夫なはずです」
「黙りやがれ」
「酷なことを言いますが、オリヴィエ様は今のジャレッド様を見たら、どう思うでしょうか。きっとあの方なら、しかり飛ばすと思いますよ」
「黙れぇえええええええっ!」
言われずともわかっていた。オリヴィエの性格なら、ジャレッドにカサンドラの殺害を望まない。阻もうとしたデニスとの戦いだって望むことはない。
わかっていながらも、最愛の人を失った悲しみをどこかにぶつけなければならなかった。そうしないと、心が壊れてしまいそうだったっから。
「ずっと傍観しているつもりでしょうか、始祖殿」
「……ああ、うん、つい夢中になって見ていたよ。ジャレッドのような子に想われてオリヴィエは幸せだね。体を同じにしているからかな、彼女ならきっと君の言うようにカサンドラの殺害なんて望まないだろうね」
「ならばなぜ、ジャレッド殿にそのようなことをさせようとしたのですか?」
ずっとジャレッドの行動を眺めていた始祖は、にこりとした笑みを浮かべたまま、デニスと向き合う。
「さあ、どうしてだと思う?」
「……仮にも一国の王だった方なのですから、子供のような返答はやめてほしいですね。腹立たしい」
「おっと、それは失礼。なら、答えよう。私がカサンドラをジャレッドに殺して欲しかったのはね――私を復活させた張本人である彼女に手を出すことができないのさ」