9.ジャレッド対デニス1.
「……なぜ、と聞いていいですか?」
「もちろんです。ジャレッド殿にはその権利があります。私は、かつてカサンドラの婚約者でした」
「へえ」
爆発的な魔力を体内に循環させ、瞬間的に超人な膂力を持ってデニスの腕を振り払った。そのまま拳を彼に向かって突き出すも、デニスの足元の影が伸びて漆黒の盾となり防がれる。
「……腕がいてぇ……なるほど、これがあんたの魔術か」
「やめましょう。私はあなたと戦うつもりはありません」
「だけど、カサンドラ・ハーゲンドルフを殺させるつもりはない、と」
「事情ははっきりわかりません。私はただ、あなたの力になろうと後を追ってきたのです。しかし、まさかこんなことになっているなんて」
事情は知らない。だが、ジャレッドが元婚約者を殺すことは見過ごせない。ほとんど、なにも考えずにデニスはカサンドラを守るために身体を動かしてしまったのだ。
「あんたがハーゲンドルフ公爵の婚約者だったのはどうでもいい。だけど、俺の邪魔をするって言うのなら」
「ならば、どうしますか?」
「倒してから、俺のやりたいようにやるだけだ」
「その心意気は買いましょう。ですが、私は宮廷魔術師第一席です。敗北は許されない。たとえ戦う相手が、あなたであってもそれはかわりません」
「俺だって同じだ。オリヴィエさまを取り戻すために、あんたを倒してハーゲンドルフ公爵を殺してやる」
再び爆発的な魔力を循環させて、身体能力を向上させる。すでに、ジャレッドの身体には、度重なる超人的な身体能力を使った負担が痛みとなって襲いかかっているが、そんなことはどうでもいい。再び、婚約者を取り返せる可能性がわずかでもあるのなら、自分なんてどうなったって構わないのだ。
「……オリヴィエ様を取り戻す? ああ、なるほど、そういうことでしたか」
デニスは、事前にジャレッドから始祖復活に関する条件を聞いていたこともあって、なにがあったのか察したようだ。なによりも、彼が誰かを手にかけようと覚悟するほどだ。オリヴィエになにかあったと察することは容易い。
「……愛する人を奪われたあなたになにを言っても侮辱にしかならないでしょう」
「正気を失っているとは言わないんだな」
「そんなまさか。あなたは正気だ。正気だからこそ、一抹の希望にすがっている。それと同時に、ほかになにか手段がないか模索もしている。……本来なら怒り狂って暴れていてもおかしくないのに、理性的だ。それが恐ろしい。私は、あなたとこんな状況で戦わなければならないことを、残念に思います」
「俺だって同じさ。あんたに恨みなんて何もないんだから」
それでも戦わなければならない。始祖の望みのために、カサンドラを殺すのだ。
ジャレッドは駆ける。地を這う獣のごとく、獲物を食い殺さんとする猛獣のごとく。静かに、疾く、それでいて殺意を込めて。
対するデニスは、影を展開する。彼の影から、いく筋もの影が手足のように伸びてくる。拘束すべくジャレッドに襲いかかるが、紙一重で少年はそれをかわしていく。
初めて見る魔術に警戒心は高まっている。捕まったらどうなるのかわからない以上、舌打ちをして距離を取るほかない。
「大地よ」
地面に手を置き、魔力を流す。地の精霊たちがジャレッドの願いに応じて、地面を槍のごとく隆起させる。地の槍と化した地面が津波のように襲いかかる。デニスだけなら難なく避けられるだろう。しかし、彼の背後には倒れているカサンドラとラスムスがいる。助けるのか、放置するのか、どう反応するのか興味深かった。
「影よ、射貫きなさい」
デニスの影から無数の影が飛び出て暴れ狂う。襲いかかる地面の波を破壊して、勢いを殺していく。そのわずかの隙に倒れているカサンドラとラスムスを抱きかかえて、屋敷の二階テラスへ大きく跳躍した。そのまま、もう一度跳躍してジャレッドの背後に着地する。
「……荷物があると邪魔だろ」
「そうですね。あなたを相手にするには少々問題があります。しかし、だからといって放り出すこともできません」
「言っておくけど、あんたのことは好きだ。世話にもなっているし、できれば戦いたくないと思っているんだ」
「同感です。しかし、私が戦わなければ、あなたはカサンドラを殺すでしょう」
「ああ、躊躇いなんか一切なく殺してやる」
「ならば私はジャレッド殿を倒さなければなりません」
「……残念だよ」
「ええ、本当に」
二人は、そう言い合ってどこか困ったように微笑んだ。次の瞬間、
「射殺せ、地槍っ!」
「拘束し、引きちぎりなさい!」
隆起した地面が砕け二十を超える槍に生成しなおされ放たれる。影から伸びた影の筋が一直線に伸ばされるのだった。