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8.始祖復活5.




「そんな……どうしてですか、始祖様……」


 地面に倒れたままカサンドラがつぶやくも、返事はない。始祖が彼女を無視しているのか、それとも声が届いていないのか。


「やめてくれジャレッド君……頼む! カサンドラは確かに道を間違えた、オリヴィエ君にも取り返しのつかないことをした! それでも、都合がいいとわかっているけど、頼む、彼女にチャンスをくれ!」

「……ラスムス」


 カサンドラの視界の中で、ラスムスがジャレッドによって思い切り蹴り飛ばされた。身体強化された一撃は、彼の身体を宙に浮かし、地面に転がしていく。大きく咳き込み、血の混じった唾液を吐き捨てたラスムスだったが、それでもまだ立ち上がる。


「それで君の気が済むというのなら僕を殺したって構わない、だから、どうか」

「……その女にチャンスをやって何になるんだ? オリヴィエ様にはもうチャンスも何もないのに、それはちょっと不公平だろ」

「それは……そうだが」

「あんたがその女を守りたいのはわかってる。話も聞いていたから、守るなとは言わない。だから、俺の邪魔をするならお前も殺してやる」

「……ジャレッドくん、やっぱり君は正気を失っている。君にはもっと優しさがあったじゃないか……」

「お前が言うんじゃねえ!」


 ジャレッドの怒声が響いた。耳が痛くなるほどの怒りの声だった。


「何も失ってないお前が言うなよ! 始祖? 復活? そんなくだらないことに俺たちを巻き込んでおきながら、どの口が言うんだよ!」

「……それは、本当にすまないと思っている。償えるなら償うよ。だから、どうかカサンドラを許してくれ」

「だからさ、どうして元凶の女を許さないといけないんだよっ!」


 再び、ジャレッドは立ちふさがる少年を蹴り飛ばした。地面に倒れた彼を追撃する。何度も、繰り返し、腹部に蹴りを入れていく。


「やめてぇ!」


 その光景を見ていられなかったカサンドラが、ついに声を発した。発してしまった。その刹那、明確な殺意が込められた視線に射抜かれて、体を強張らせた。

 今まで何度となく命を狙われたカサンドラ。父の正室や側室に殺されかけたのは一度や二度ではすまない。何度となく命を危機にさらされ、眠ることさえ怖くなったこともある。信頼できるメイドをそばにおいても、不安は消えなかった。いくら魔術が使える、それなりに強いと自負していても、不意打ちには勝てないのだから。


 そんなカサンドラにとって見えない殺意と戦うのは日常茶飯事だった。どこに死があるのかわからない。そんな恐怖を平然と無視できるようになった。強くなったと思っていた。悪意に負けないと、殺意になど屈しないと。

 だが、今ならわかる。それは明確な殺意が見えなかったからだ。相手が臆病者だったからだ。こそこそ自分以外の誰かを雇い、暗殺しようという人間の殺意など大したことがなかったからだ。


 しかし、ジャレッド・マーフィーは違う。濃厚な殺意をこちらに向けている。まるで死神の鎌を首に当てられているような錯覚に陥り、呼吸が止まりそうになる。隙あらば、いいや、隙などなくても彼は自分を殺そうとするだろう。なにも躊躇いなく、一切の容赦もなく。


「ら、ラスムス様をこれ以上傷つけないで……わたくしを殺したいなら、殺せばいいでしょう!」

「言われなくてもそうするよ」

「待ってくれ、ジャレッド君……始祖様が本当に、約束を守るとは限らないっ、いや、それ以前の問題だ。始祖様がオリヴィエ君の体から出ていけるかだってわからないじゃないか!」

「……そのくらい俺だって考えているよ。でもさ、カサンドラ・ハーゲンドルフを殺すことに、俺は何も問題を感じない」

「――ジャレッド君!」

「もし、あの女が俺を騙していたとしても、俺からオリヴィエ様を奪った元凶を殺せるなら、それはそれで構わないんだ」


 力を込めた蹴りがラスムスを蹴り飛ばした。邪魔者は吹き飛んだ。また懲りずに邪魔をするだろうが数秒あればそれでいい。


「覚悟しろ、カサンドラ・ハーゲンドルフ」

「……わ、わたくしは」

「ああ、なにも言うな。お前の言葉なんて、不愉快だから聞きたくない」


 大きく掲げたジャレッドの右腕に魔力が集う。今まで戦ってきた誰よりも殺意を込めて、石魔術を放とうする。


「オリヴィエさまに詫びながら、石と化せ」


 そう言い放ち、腕を振り降ろ――そうとした彼の腕を何者かが止めた。


「……まさかあんたが邪魔するんですね」

「申し訳ございません、ジャレッド殿。ですが、この方を、カサンドラを死なせるわけにはいかないのです」


 ジャレッドを止めた男――宮廷魔術師第一席デニス・ベックマンが、苦い顔をして立ちふさがった。




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