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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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1.奪還1.




「まるで忠犬のようね。飼い主の危機に駆けつけるなんて……感動してしまいますわ」

「わん、とでも鳴けば満足するのか?」


 夜通し走り続けたジャレッドは、体力的に魔力的に疲労を覚える中、不敵にカサンドラに笑ってみせる。


「仲睦まじいと聞いていましたけど、主従に見えますわ。ほら、今も、健気に主人の盾になろうとしていますし」

「黙れ」


 静かだが、威圧の込もった声が放たれた。

 自分に発せられたわけでもないのに、オリヴィエが息を飲む。年下の愛しい婚約者の怒気をはっきりと感じた。


「あんたには言いたいことは山のようにある。俺を逮捕したことや、始祖復活の件。それらをふくめて、俺とオリヴィエさまをこんなつまらないことに巻き込みやがったことが、腹立たしいにもほどがある」

「つまらないこと――ですって?」

「ああ、つまらない。つまらなくてあくびが出るね」


 カサンドラの顔色が変わったことをジャレッドは見逃さなかった。冷静さを欠けば隙が生まれる。そうなったらオリヴィエを抱きかかえて逃げればいい。

 このような手合いは付き合わないのが一番だ。なによりも、今は婚約者のみの安全が最優先なのだから。


「あなたに、なにがわかるというのかしら。わたくしが、どのような想いで始祖様を復活させようと――」

「あ、別に説明とかいいから。あんたの心情とか、理由とか、興味ないんで。悪いんだけど、そういうのはどこか他所でやってくれる?」

「貴っ様ぁああああああああああ!」


 とことん馬鹿にされたと思ったのだろう、激昂したカサンドラが大きく拳を振るった。

 刹那、轟音が鳴り響き、ジャレッドが吹っ飛ばされて壁を突き破る。幸い、背後にいたオリヴィエにはかすりもしなかった。きっと傷つけないように気をつけたのだろう。怒りながらも配慮を怠らなかったカサンドラに感謝しつつ、壁の瓦礫をどかしてジャレッドが這い出てくる。


「じゃあ気が済んだと思うから、俺たち帰るんで。始祖復活とか、誰にも迷惑かけないところで、こっそりとやってくれ」


 そう言ってオリヴィエの手を握りしめ、もう片方の手をカサンドラに向かって軽くあげる。

 そのまま部屋から出て行こうとして、


「待ちなさい。そうやすやすとオリヴィエを手放すはずがないでしょう」


 当たり前のように待ったがかかった。


「言っておくけど、俺はあんたに怒ってるんだぜ。このまま行かせた方がいいって思わないのか?」

「あなただけだったら返してあげましょう。でも、オリヴィエは駄目ですわよ。だって、始祖様の器になっていただくのですから」

「人様の婚約者に何勝手なことしてるんだよ! だいたい、俺を捕縛して、その隙に二人で会おうなんて、ずいぶん用意周到じゃないか。ひっかかるオリヴィエさまにも文句は言いたいけど、今はやめておきましょう」

「……ジャレッド、ごめんなさい」

「いえ、すみません。いいです。きっとオリヴィエさまなりの考えがあったはずですから。でも、だからって始祖の器なんかにはさせませんよ。ていうか、封印されたはずじゃないんですか」

「えっと、どうやらわたくしには魔術師としての才能があったらしくて、全部カサンドラさまのせいで隠されていたんだけど、それらの封印が解ければ否応無く晴嵐殿が施してくださった封印も一緒になって解けるそうよ」

「――は? あ、いいや、そういうのはあとにしましょう。じゃあ、失礼して」

「きゃっ」


 色々聞きたいことはあったが、こんな場所でカサンドラと睨み合いながら話す内容ではないと判断したジャレッドは婚約者をお姫様抱っこした。

 かわいい悲鳴をあげるオリヴィエをしっかり抱きしめ、自分が突き破ってきた窓をながめる。


「ちょっとまちなさい、ジャレッド。あなたね、わたくしを抱えたままって、ここを何階だと思っているの!」

「三階じゃ許容範囲内です!」


 それだけ言い放って、床を力一杯蹴った。ぐん、手足に力が入り、腕の中のオリヴィエが「うぇっ」と変な声をあげた。


「行かせませんわ!」


 カサンドラが、一拍遅れて止めようと行動するが、そのときにはすでに窓に足をかけていた。

 そして思いっきり跳躍。


「きゃぁあああああああああああああああっっ!?」


 婚約者の大きな悲鳴を耳にしながら、ジャレッドはカサンドラ宅の窓から一切の躊躇いなく飛び降りたのだった。




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