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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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44.オリヴィエとカサンドラ2.「オリヴィエの秘密」




「わ、わたくしを始祖復活に利用しようとしても無駄です」

「あら、どうしてなの?」


 動揺を極力隠すようにして、オリヴィエはカサンドラを睨みつける。しかし、彼女は気に留めた様子もなく、穏やかな微笑を浮かべたまま。


「先ほども言いましたが、わたくしは、いいえ、わたくしだけではなく、始祖の血を濃く引いている者たちには処置が施されました。いくらカサンドラお姉様が魔術に長けていたとしても、竜が施した封印を解けるとは思いません」

「……そうよね。普通ならそう思うわよね」

「なにやら自信がおありのようですね」

「もちろんよ。だって、竜があなたに何かするよりも早くに、わたくしは対策をしてあったのよ」

「――え?」


 一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。


 ――今、カサンドラ・ハーゲンドルフはなんと言った?

 彼女は対策をしてあったという。仮に、本当だったとして、いつ、どこで、されたのだろうか。


「わたくしに、なにかをしたのですか?」

「したわ。あなたのことを、今日この日のためにずっと前から準備をしていたわ」

「わたくしに、いつ、なにをしたのですか!?」

「そうね、もう十年前になるかしら」

「……そんな、まさか」


 十年。その一言に、オリヴィエは絶句した。無理もない。まさか、ジャレッドと出会うずっと前に、カサンドラは始祖復活の器として自分を見ていたのだ。

 今まで培ってきた彼女との思い出が音を立てて崩れていく。


 あまり自由がなく、屋敷に居場所がないにも関わらず、誰よりも貴族らしくあろうと努力していたカサンドラと姉妹のように過ごした日々。次第に、母の一件で頑なになったせいで疎遠になっていたが、それでも気にかけてくれていることは知っていた。


 幼い頃、熱を出したオリヴィエを見舞ってくれたこともあった。ときにはアルウェイ公爵家の避暑地に他の幼なじみたちと一緒に遊びに行ったこともあった。

 それらのすべてが、嘘だったのかとショックは大きい。


「本当に偶然だったわ。始祖様を復活させるにあたって、誰を器にするか悩みに悩んだのよ。できるだけ質が良く、大きな魔力を持ちながら、魔術師としての才能がある人物。自画自賛するわけじゃないけどね、わたくしだけだったわ」

「……そう、でしょうね。いえ、それならわたくしは器としてふさわしくないはずです。わたくしには、魔力が宿っていないのですから」

「うん、そうね。わたくしがあなたの魔力を封印したの。だから、ずっとそう勘違いしていたのよ」

「え?」


 何度目かわからない驚愕に襲われ、身を固くしたオリヴィエに、カサンドラは続けた。


「覚えているかしら? 十年前、病でもないのに高熱を何日も出したわよね」

「はい……あのときはカサンドラお姉様が用意してくださったお薬のおかげで助かりました」

「でもね、あの薬はただの栄養剤なの。オリヴィエは、あのとき、後天的に魔力と魔術の才能に開花していただけだったのよ」

「わたくしに、魔力が? 魔術師としての才能が? そんな、ありえませんわ。だって、それなら、わたくしにも魔術が使えるはずです!」

「本来ならそうね。でも、あの日、わたくしがあなたの魔力も、才能も、すべてを封じたの」

「……なんてことを」


 魔力が欲しかったわけではない。魔術師になりたいと思ったこともなかった。もし、そんな才能があれば、父は自分を後継にした可能性がある。そんなことになれば母の危険が増していただけだ。

 しかし、自分の許可なく、勝手に魔力を奪われたことには思うことがある。それが始祖復活のために利用していたとなればなおのことだ。


「アルウェイ公爵家おかかえの医者も、魔術師も、お世辞にも質が高いとは言えなかったわ。だからオリヴィエの熱の原因を導き出すことができなかった。でも、わたくしは気付いたから、助けてあげようと思ったの。当たり前でしょう、だって妹同然に可愛がっていたのだもの」


 でも、とカサンドラは当時を思い出すように目を細めた。


「素晴らしい才能だった。わたくしを優に超えていたのよ。歴代宮廷魔術師の中でも最強と謳われた、あのリズ・マーフィー様を超えるであろう魔力と才能をあなたは持っていたの」

「わたくしが、ジャレッドのお母様を超える……ありえないわ」


 思考が追いつかない。理解の範疇を超えている。ヴァールトイフェルの長ワハシュを父に持ち、「破壊神」の二つ名を持つ元宮廷魔術師を超えるなど、あまりにも荒唐無稽だ。


「当時のわたくしは、すでに始祖様の巫女として、相手の魔力を視ることくらいはできたの。それがいけなかったのね。わたくしは、あなたの才能を素晴らしいと思ったわ。そして、こうも思ったの――始祖様の器に相応しい、と」

「十年前から、わたくしのことを始祖の生贄にしようと決めていたのですね」

「ごめんなさい。最初はね、本当にあなたのことを案じていただけだったの。でも、オリヴィエほどの逸材はきっと現れないわ。あなたの年下の婚約者でさえ、あなたほどじゃないのよ」


 自分がジャレッド以上の才能を持っていると言われても、ピンとくるはずがない。そもそもその才能を封じられているらしいので、自分で体感しようがないのだ。


「いい加減にして! わたくしはあなたの気持ちなど聞きたくないわ! わたくしになにをしたのか言いなさい!」


 案じていただけ、などと言い、まるで利用するつもりはなかったと言いたげなカサンドラに、ついにオリヴィエの怒りが限界に達した。

 彼女の気持ちなどどうでもいい。自分が過去に何をされたのか、はっきりさせておきたかったのだ。


「……ごめんなさい。すべて話すわ。オリヴィエには知る権利があるものね」

「当たり前です。そして、あなたはわたくしに話す義務があります」


「わたくしは、まずオリヴィエの熱を下げるために目覚めてしまった魔力を封じたわ。今まで魔力を持っていなかった体に、急激に、しかも大きすぎる魔力は毒でしかなかったのよ。ここで終わっていれば、善意だったのかもしれないわね。でも、わたくしは続けたわ。再び目覚めることがないように、幾重にも封印処置をしたの。あなたになにも言わず、公爵様にも、ハンネローネ様にもね。オリヴィエが魔力に目覚めたことは、わたくしだけの秘密にしたわ」




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