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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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43.オリヴィエとカサンドラ1.「オリヴィエの秘密」




「ご無沙汰しております、カサンドラお姉様」

「ふふ、オリヴィエとこうして顔を合わせるのはいつになるのかしらね」


 王都、ハーゲンドルフ公爵家屋敷の応接室に、オリヴィエはいた。テーブルを挟んで向かい合っているのは、この屋敷の持ち主であるカサンドラ・ハーゲンドルフ公爵だ。

 彼女は、ジャレッドを不当に拘束しただけではなく、古の魔術師『始祖』を復活させようと企んでいる人物でもある。


 カサンドラは幼なじみであるオリヴィエに、愛嬌のある笑顔を浮かべている。シルバーブロンドを短く整え、整った鼻梁と、形のいい唇。潤んだ大きな瞳が全て魅力的な女性だ。同性であっても引き込まれるなにかを持っている。

 久しぶりに会った公爵家当主にマイナスな感情を抱いていなければ、引き込まれていたかもしれない。カサンドラ・ハーゲンドルフには言葉にできない魅力があるのだ。


「正直言ってあなたが自らの足でわたくしに会いに来てくれるとは思わなかったわ。だから、クリスタを遣わせたのだけどね」

「あの子の想い人を……この国の王子の命を奪うと脅しておきながらよくもそんなことを」


 オリヴィエが無謀にもカサンドラの屋敷に自ら訪れたのには訳があった。それは、婚約者の友達が、兄たちを裏切ってまで敵対した理由を知ったからだ。


「わたくしは手を出したりしませんわ。ただ、わたくしに協力してくれれば、王子を優先して助けると言っただけですもの」

「それを脅しているというのですよ。国家反逆罪に問われても構わないのですか?」

「別にどうとでもすればいいのですわ」

「……そこまで覚悟しているのですね」


 どこか投げやりにさえ感じた幼なじみの態度だが、彼女本人はそうではないと首を横に振るった。


「覚悟ではありませんわ。これは義務です」

「義務、ですって。始祖を復活させて、この国に弓をひくことがカサンドラお姉様の義務というのですか?」

「弓を引く? 馬鹿なことを言わないで。わたくしはそんなことをするために始祖様を復活させたいのではなくてよ」

「……違うのですか?」

「もしかして、わたくしが復讐か何かでもすると勘違いしていなくて?」


 オリヴィエは混乱しかける。ラスムスから始祖復活の話を聞いたときから、ずっとカサンドラはこの国へ復讐をしたいのだと思っていた。それだけの理由が彼女にはあるからだ。しかし、違うと言う。


「では、なにが目的なのですか? このような平和な時代に始祖を復活させて、あなたはなにを望むのですか?」

「……この時代は確かに平和ね。小さな戦争や小競り合い、国内の反乱などはあっても、かつての時代に比べればとてもいい時代だと思うわ」

「そうでしょうね。この時代は戦いがあっても平和です。だからこそ、お願いします。争いの種となる始祖復活をどうか思い直してくださいませんか?」


 この場にオリヴェイがいるのは、クリスタから王子を人質に取られていると聞いたからだ。いくら貴族らしいことをしていないとはいえ、自分もこの国の貴族だ。婚約者に至っては、国に仕える宮廷魔術師になる身だ。


 だからここにいるのだ。自分が抵抗したせいで王子が殺されでもしたら一生後悔する。愛する人の親友なのだから、なお更だ。

 同時に、彼女を止めることができないかと思った。無理でも、何を企んでいるのか少しでも掴むことができればいいとも考えていた。


 オリヴィエ・アルウェイは、アルウェイ公爵家の頂上として、宮廷魔術師の婚約者としてここに在るのだ。


「お断りよ」

「……カサンドラお姉様」


 しかし、覚悟をして進言した幼なじみの言葉を、素っ気なくカサンドラは弾く。

 説得は難しいと予想はしていたが、こうも簡単に、あしらわれるようにされてしまったのはショックだった。

 かつて、いや、今も、姉として慕っているカサンドラとは別のなにかが、目の前にいるのではないかという錯覚さえ覚えてきた。


 オリヴィエの知る、カサンドラ・ハーゲンドルフは、思いやりがあり、優しく、明るく、誰かを傷つけるような人ではなかった。たとえ、自分が傷つけられても、負の連鎖を起こさないようにじっと耐えることのできる強い人だった。そんな彼女だから、憧れた。自分が母を守るため強くあろうとしたときに、手本にしていたのだ。


「オリヴィエの真っ直ぐなところは昔から大好きよ。でもね、わたくしにとって始祖復活は長年の悲願なのよ」

「長年、ですか」

「わたくしだけの問題じゃないわ。母も、祖母も、先祖代々、始祖様を復活させようとしてきたの。……もっとも、お母様はわたくしに始祖様のことを伝えるつもりはなかったようだけどね」

「それはどういう意味でしょうか。先祖代々と言いながら、なぜおば様はカサンドラ様にお伝えしなかったのですか?」

「母にとって先祖の悲願などどうでもよかったよの。本当に復活するかわからない始祖よりも、わたくしやお父様という愛する人のことだけを考えていたいのだと、日記に書いてあったわ。間違っているとは思わないわ。そんなに愛してくれて感謝しているもの。でも、わたくしは違うわ。わたくしは始祖を復活してみせる。そうすれば――」


 カサンドラはオリヴィエにではなく、まるで自分に言い聞かせるように言った。


「お母様や、わたくしの先祖の血が卑しいなどと言った人間にそうじゃなかったと証明できるの。なによりも、大切な恩人に報いることができるわ」

「カサンドラお姉様、あなたは……やはり」


 結局のところ、カサンドラ・ハーゲンドルフの行動理由は、かつて自分と母を見下した人間への思いからなのかもしれないとオリヴィエは思う。同時に、母を失い途方に暮れていた彼女に、自分の血の意味を教えてくれただけではなく、支えてくれたラスムスへの恩。いや、愛というべきか。

 きっと彼女は母を失った時から、ずっと計画していたのだろう。十年以上も前からずっと、ずっと。

 ならば、今さらオリヴィエがなにかを言ったところで止まらない。そう思ってしまった。


「お気持ちはわかりました。理解できるとは言いませんが、わかりました。ですが、どうやって始祖を復活させるというのですか。始祖の血を引く女子は、晴嵐――竜王国王子によってその血を封印されています。ラスムスはあなたがご自身が始祖の器となると懸念していましたが」

「え?」


 オリヴィエの言葉を聞いた公爵は、きょとんとした顔をして首をかしげた。

 そして、驚いたように問う。


「ラスムス様も、あなたたちも、わたくしが自分の体に始祖様を降ろすと思っていたのね。残念だけど、違うわ。わたくしにはできないのよ」

「できない? どうして?」

「厳密にはできるわ。わたくしの血族は、始祖様に支えていた巫女ではあるけれど、現代に到るまでに始祖様のご子孫と交わっているからね。わたくしが器にならないのは、なれないじゃないわ。他にすべきことがあるから、ならないの」

「じゃあ、誰を器にするつもり――っ、まさか!」

「ようやく気付いたのね。変だと思ったわ。わたくしがジャレッド・マーフィー殿をどうしてオリヴィエから遠ざけたと思っているの。なぜ嘘だとわかる虚偽の逮捕までしたと思っているの。すべてはあの憧れを抱くほど強い魔術師を遠くへ追いやるためよ」


 ずっと勘違いしていた。ラスムスからもたらされた情報から、カサンドラ自身が始祖の器となるのだとそう思い込んでいたのだ。しかし、違った。彼女は、始祖復活後になにかをするらしく、自らには降ろさないと言った。


 ――ごめんなさい、ジャレッド。わたくしは、またあなたの足を引っ張ってしまうわ。


 オリヴィエは、自分が大きな失態を犯したと気がついたのだった。

 




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