38.ハーゲンドルフ公爵家の事情2.
「まさか……それもお嬢様がしたのですか?」
「そうだよ。どこでなにをしていると言うことはできないが、今頃貴族から抜け出して自由気ままにやっているだろうね」
「なんだよそれ。やっぱりハーゲンドルフ公爵がなにを考えているのか理解できない」
驚くのも無理もない。捕まっているとされているカサンドラの兄弟は、実は守られていて、新しい身分を得て新しい人生を送っているなど、誰が思おうか。
公爵ならば新しい身分を作るくらいわけないだろう。周囲も、まさか敵対しているはずの兄弟のために公爵が動いたなどとは思わないだろう。
「実を言うと、次は私の番だったんだ。ただ、もう少し時間をかけるはずが、急にあの子が慌てだしてね」
「慌てだしたって、どういうことですか?」
「詳しくはわからない。聞いても教えてくれなかった。しかし、あの子のことだ。始祖復活に関することだろうね」
やはり自分たちの知らないところで、カサンドラは動いている。
協力させていた兄にさえ、すべてを知らせていないため、現状では情報不足のまま変わらない。
「ジャレッド殿、一度情報をまとめましょう」
デニスの言葉に、頷き頭を整理する。
「えっと、じゃあ、まず。カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵は、始祖を復活させたい。その理由は今のところ、ラスムスのため」
「私はそう聞いていたよ」
リカルドが首肯してくれた。
「だけど、ラスムスはハーゲンドルフ公爵を止めたい。なぜなら、始祖を復活させるなら本人が依代になるのが一番だ。でも、ラスムスは公爵を殺したくない、いや、殺せない」
それがジャレッドに助けを求めてきた理由でもある。
「……うーん」
「どうかしましたか、ジャレッド殿」
「いや、なんか違う気がするんですよね」
なにかがおかしいとジャレッドの中でなにかが訴えている。
違和感は前々からあった。そもそもカサンドラの目的は始祖を復活させることだ。そして、始祖に二度目の死を与え、二度と復活できないように殺すことを求めるラスムスの願いを叶えようとしているのだ。
ただし、ラスムスにはカサンドラを始祖と一緒に殺すことはできない。
それはわかる。理解もできる。だが、それはラスムス側だけだ。
――カサンドラは本当に始祖を殺したいのか?
ハーゲンドルフ公爵の生い立ちを聞かされたこともあり、今まで彼女は復讐のために始祖を求めたのかと思っていた。だが、リカルドは違うという。実際そうだろうとジャレッドも思った。
母を貶めた過去を持つ人間の息子をわざわざ守るまでするような女性が、復讐心で短慮なことをするとは思えない。
――ダメだ、カサンドラ・ハーゲンドルフの狙いがわからない。だけど、間違いない。始祖を復活させて殺すだけが目的じゃない。
ラスムスが協力しないこともわかっているはずだ。いくら魔術師であることをかくしていたとはいえ、現代の魔術師であるカサンドラが始祖を葬れるとは思えない。
体に始祖を降ろした状況下で、意識があるのかどうかさえ怪しい。
――俺だったらどうする?
よく考える。自分なら、自らを依代にして始祖を復活させようとは思わない。自分だけが依代なら話は別だが、わざわざ竜が封印を施すほどの器になれる可能性を持つ女性たちがいるのだ。
嫌な手段ではなるが、自分以外を使った方が、なにか起きた時に対処できる。
となると、ラスムスが懸念していたように、カサンドラが自分の体を犠牲にすることはないのではないかと思う。万が一を考えて、誰か任せにすることは避けたいはずだ。
「駄目だ。さっぱりわからない」
結局のところ、本心を誰にも告げていないカサンドラのことをすべて推測するなど不可能だ。
リカルドによって、公爵が悪人ではないことがわかったが、ジャレッドにしてみれば自分を不当に拘束してまでなにかを企んでいる女であることは変わらない。
なにも状況が変化しない現状に、苛立ちを覚えずにはいられなかった。




