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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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29.前宮廷魔術師第一席クラウェンス・ドルト1.



 ハーゲンドルフ公爵領に入ったジャレッドは、馬車の窓から見える光景に驚いていた。


「正直言うと、始祖復活なんて馬鹿なことを考えている人が、慕われているなんて思ってもいませんでした」


 出迎えてくれた田園と領民たち。

 ジャレッドを、ではない。ハーゲンドルフ公爵家の家紋が入った馬車と、公爵家私兵の鎧を着た御者に、だ。

 仕事中の領民が手を止め、手を振っている。間違いなく、カサンドラ・ハーゲンドルフが善政を敷いている証拠だった。


「もともとハーゲンドルフ前領主も善い方でした。カサンドラ殿も、お父上を見習い領地を治めています」

「へぇ。領民のみんなが笑顔っていいですね、それにのどかだ」


 随分と先のことになるだろうが、いずれ魔術師を引退し、戦うことから退いたら、こんな田舎でのんびりとした日々を送りたいと思えた。


「領民あってこその領主です。カサンドラ殿のご兄弟は、そのあたりがあまりわかっていなかったと聞いています。カサンドラ殿が何もせずとも、ご兄弟が公爵家を継ぐ可能性は低かったとも」

「え? じゃあ、どうして?」


 隠してきた魔術を使ってまで兄弟を引き摺り下ろしたカサンドラの行動理由に疑問を覚えた。


「あとあとになって足を引っ張りそうな兄弟を処分したかったのか、それとも今までの復讐か、もしくはその両方でしょうね。本心を伺ったことはないので、なんとも言えませんが、あの方には十分な動機はありました」

「なるほど。でも、そのおかげで今も領地は平和だ。となると、ここで始祖復活をするつもりはあるのかな?」

「少なくとも、そのような大それたことを王都ではやらないと思います。邪魔が入る可能性もありますし、こうしてマーフィー様を念入りに拘束しようとした以上、自分の力が届く場所で行われるでしょう」


 ジャレッドは疑問に思う。

 領民に慕われているカサンドラが、自らの領地で始祖を復活などさせるだろうか、と。

 始祖復活にあたって被害が出るとは限らないが、自分のように阻もうとしている人間がいれば戦闘になる。そんなものに、領地と領民を巻き込むのか、と考えてしまう。


 王都で戦いになどなれば、企みがバレてしまうから難しいのはわかる。すでに水面下でデニスが動いているのだから、なおさらだ。

 だからといって、兄弟を引き摺り下ろしてでも手に入れた領地を危険に晒す必要はあるのか、とカサンドラの行動に何度目かわからない疑問が浮かぶ。



 ――もしかして、俺はなにか始祖について誤解をしているんじゃないのか? 

 ――それとも、ハーゲンドルフ公爵がやろうとしていることに、危険はないのか?



 現状では、ラスムスからの情報が頼りだ。始祖に関しては晴嵐から、カサンドラの動きにはデニスから、情報を得ているが、すべてをそのまま鵜呑みにしていいものかと疑問に思う。


 始祖に関してもそうだ。

 晴嵐たちのように戦った過去を持つ竜からすれば、決して復活してほしくない相手だ。もちろん、直系子孫であるラスムスも同じように復活を望んでいないが、理由が違う。

 前者は争いを起こさないため、後者は安らかに眠らせておきたいため、だ。

 始祖が復活すれば戦いが起こると考えているのは両者ともだ。だが、始祖への想いは全く違う。


「ですが、私は疑問でもあります」

「デニスさん?」

「誰かを依り代として始祖を復活させるというのなら、わざわざあなたを拘束した理由は? それこそ、自分を依り代にしてしまえば、誰にも気づかれずにおこなわれるのではないでしょうか?」

「それは、そうですよね」

「では、なぜ、そうしなかったのか」

「ラスムスもハーゲンドルフ公爵の行動理由まではわからないそうですけど」

「私は、カサンドラ殿には始祖を復活させたあとの目的が、何かしらあるのだと思います。あの方がしなければならないこと、が。そうでなければ、ご自身を使って目的を果たしていたでしょう」


 それには同感だった。そもそもジャレッドを拘束した時点で、誰かを巻き込むと公言しているようなものだ。

 誰もが警戒するだろう。

 最初はそれが陽動なのではないかと考えてもいたが、考えれば考えるほど違う気がしてきた。


「ですが、依り代にならないように処置を施すことはできますから、ハーゲンドルフ公爵が目的の人物を手に入れても難しいと思うんですよね」

「結局、ご本人からなにも聞いていないので推測に推測を重ねてしまうだけですね。乳母殿にお話を聞くことで、事情を把握できればいいんですが」

「あの、仮にですけど、今、王都で何かされる心配はないんでしょうか? 俺としては、そっちのほうが怖いんですけど」


 もう後手に回るのはごめんだ。そんな願いを込めて、デニスに問う。

 すると、彼は笑顔を浮かべ、


「私の部下を王都に配備しています。人数は限られていますが、カサンドラ殿の監視、いざというときにすぐに動けるよう、事前にトレス・ブラウエル様、アデリナ・ビショフ様にもご協力をお願いしてあります」


 やはり先手を打っていることを教えてくれた。

 トレスとアデリナはジャレッドの知己であるため信頼ができる。

 王都でなにかあれば、彼らに任せればいいだろう。

 それに、屋敷にはプファイル、ローザの頼れる家族もいるのだ。


「マーフィー様、目的の場所が見えてきました」

「あそこは?」


 馬車の窓から見えるのは、湖畔に建てられた別荘と思われる屋敷だった。しかし、そこは別荘といえど公爵家のものだ。王都ではまず見かけることのできない大きさだ。

 太陽を反射する水面、山と木々に囲まれた涼しさも感じ取れる。なによりも静かだ。


「ハーゲンドルフ公爵家の別荘ですが、その機能はずいぶん前に失われています。カサンドラ殿のお母上が前公爵からいただいた屋敷です」

「本家に住んでいたわけじゃないんですね」

「カサンドラ殿は、本家と別宅を行ったり来たりでしたが、奥様は別宅からあまり出ることはありませんでした。お身体が弱かったこともあるのですが、他の奥方になにをされるのかわからなかったという心配もありました」

「……まったく、貴族ってやつは」

「私もあなたも貴族なのですがね。お気持ちはわかります」


 苦笑するデニス。これから戦おうとしている相手に、同情的になってしまうのが悪いことだとわかっていながら、カサンドラの幼少期の境遇を考えるとつい余計なことを考えてしまう。


「マーフィー殿、まだ宮廷魔術師に任命されていないあなたですが、どうかご尽力ください」

「もちろんです。人ごとじゃありませんので」


 始祖の血を引く人間には、オリヴィエやエミーリア、そしてイェニーがいる。自分だって少なからず継いでいる。ならば、知らぬ存ぜぬではいられない。

 屋敷の門をくぐり、静かに馬車が止まった。


「これから会っていただく方は、カサンドラ殿の乳母ではあるのですが」

「ええ、先ほど聞きましたけど?」

「……実はそれだけではなく、前宮廷魔術師第一席として国に仕えた方でもあります」

「はい?」






「私の前に『陰影』と、二つ名がつけられた魔術師クラウェンス・ドルト様――私の師にあたる方です」






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