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3.オリヴィエ・アルウェイの危機? 2.



「そんなことがあったんですか……イェニーが、側室を望んでいるなんて、まったく知りませんでした」


 昼間の出来事をオリヴィエから聞かされたジャレッドは唸るように頭を抱えた。

 もともと祖父がダウム男爵家を自分に継がせようとしていたことすら、オリヴィエとの婚約の話のときに初めて聞いたのだ。しかも、妹同然にかわいがっていたイェニーの婿として迎えようとしていたなど、驚き以外のなにものでもなかった。

 オリヴィエの婚約者となり同居もしている以上、イェニーとの話はとっくに消えたものだと思っていたのだが、それはジャレッドだけのようだった。

 仮初の婚約者であるが、オリヴィエと彼女の家族を大切に思っているため、側室などの話など考える余裕はない。

 そもそも、結婚していないのに側室ってなんだ、と思いたくなる。

 だが、正室の婚約者がいるように、側室の婚約者も珍しくない。とくに、行き遅れの子女を側室に送る場合などには正室と結婚していなくても構わない場合もある。無論、家同士の了解を得てなのだが。

 だからといって、イェニーを側室に――妻のひとりとして迎えるという発想がジャレッドにはできなかった。


「ずいぶんとかわいい子だったわ。あなたのことをお兄さまと呼び慕っているようね」

「ええ、まあ、子供のころからの付き合いですからね」


 ジャレッドに兄妹はいるが、立場上仲はよくない。父から疎まれていることもそうなのだが、正室であった母が平民だったこともあり、元宮廷魔術師であっても側室たちに見下されていたのを幼いながらに覚えている。そして、父もそれが当たり前のように気にしていなかったので、そういうものかと悟ったジャレッドは貴族という人間が好きではなくなった。

ただ、母の死後正室となった義母は自分のことを実の子のようにかわいがってくれて、母とも仲がよかった。彼女は息子しかいないが、その息子も最近は会っていないのだが兄として慕ってくれていた。

 だが、もうひとりの側室との関係は最悪だ。息子と娘を生んでいるが、家を継がせたい野心が強く、正室となった義母をなんとか陥れようと企み、兄妹たちを不仲にする原因を作っている。

 ジャレッドが生家に足を運ばない理由のひとつでもある。

 そんなこともあって、幼いころから無条件で慕ってくれるイェニーは本当にかわいく、守るべき対象だった。


「わたくしは、あの子のことが気に入ったわ。でも、側室にするかどうかは別よ。こんなことを言ったらイェニーだけではなく、あなたやダウム男爵にも失礼になることは承知しているけれど、わたくしはあまり人を信じられないの。理由はわかっているでしょう?」


 言うまでもなく、母ハンネローネが側室から狙われているせいだ。


「あのかわいらしい子がわたくしをいずれ狙うかもしれないなんて考えるのは馬鹿なことかもしれないけど、どうしても不安になるのよ」

「気持ちはわかります」


 ジャレッドだってイェニーをよく知っているので、アルウェイ公爵家の揉め事と同じように険悪になるとは思っていない。基本的に、親しみやすい子であることをジャレッドは知っている。

 だが、オリヴィエの気持ちもわかる。

 自分がオリヴィエの立場だったら、やはり警戒してしまうだろう。


「今回はダウム男爵夫人の提案を実行しようとしたようだけど、本当に側室になりたいのならダウム男爵やお父さまにもきちんと話をしなければならないわ。成人していないから結婚できないというつもりはないのだけど、なにごとにも順序は必要よ」


 無論、オリヴィエはイェニーの経歴を調べられるだけ調べるだろう。その上で、本当に側室にしても構わないのか安心できるまで、首を縦に振ることはできそうもない。

 なによりも、イェニーがジャレッドを異性として愛していることをオリヴィエは伝えることができなかった。あくまでも、側室になりたいとだけしか言っていない。

 好意は伝わっているだろうが、下手をすると婚約者だったから義務を果たそうとして側室になろうとしているとも勘違いできるし、もっと言えば祖父母の指示だと思うかもしれない。

 オリヴィエは最も伝えなければならないイェニーの気持ちを、どうしてかジャレッドに伝えることができなかった。

 本来ならイェニーがジャレッドの婚約者になっていた可能性が高いため、オリヴィエの心に罪悪感が募るが、それでも彼女の気持ちを知らないでほしいと願ってしまう。


「俺の方から祖父母と話をしてみましょうか?」

「いいえ、もしも本気でイェニーがあなたの側室になりたいのだとしたら、改めて話がくるでしょう。そのときに、また考えましょう」

「ま、それもそうですね」


 ジャレッドは楽観視していた。イェニーの気持ちをないがしろにしているわけではないが、想いの強さを理解していない。

 対してオリヴィエは、イェニーが本気でジャレッドを想っていることに気付いているため、問題を先送りにするしかできなかった。


「ねえ、ジャレッドにとって、イェニー・ダウムはどのような子なのかしら?」

「イェニーですか。彼女は、うん、妹と言うのが一番しっくりしますね」

「妹なのね。二歳年下だし、その程度なのかしら?」

「えっ、どういう意味ですか?」

「なんでもないわ。真面目な話、あなたはイェニーを側室にしたいと思う?」


 イェニーの気持ちはともかく、オリヴィエはジャレッドの気持ちを知っておきたかった。もし、ジャレッドがイェニーを想っていれば自分が二人を意図せずとも引き裂いたことになる。それではさすがにジャレッドたちに申し訳ない。

 気づかれないように、内心緊張しながら、ジャレッドの言葉を待つオリヴィエ。


「はっきり言うと、まだ結婚とかも自分の中でよくわからないのに、側室と言われても困りますよ。貴族が妻を数人娶ることは珍しくないんでしょうけど、俺は貴族であり続けるのではなく、貴族じゃなくなったあとのことばかりを考えていましたから、困っちゃいますよね」

「そう、そうよね。あなたはわたくしの婚約者にならなければ今ごろ自由気ままにしていたはずよね」

「そんなことはなかったと思いますよ。二年後には貴族じゃなくなったとしても、俺が知らなかっただけで祖父は俺のために色々と動いてくれていましたし、宮廷魔術師候補の話も今と同じようにあったでしょう。そうなれば、自由気ままにはできなかったはずなので、オリヴィエさまは気にしないでいいんですよ」

「別に、わたくしはなにも気にしていないわ」


 安心させるように微笑んだジャレッドに、内心を見透かされたのではないかと驚きながらも、ツンとした返事をするオリヴィエ。つい想いと反した態度を取ってしまうことに、イェニーのように素直になれればどれだけ楽だろうと思わずにはいられなかった。




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