16.復活を企む者2.
「まさか、それが事の始まりなのか?」
「わからない。ただ、あの子が自分に流れる血に関して何も知らなかったことは確かだよ。あえて母君が知らせていなかったのか、それとも知らせる前に亡くなってしまったのか。でもね、あの子には知る必要があった。亡き母君が価値のある人だったと」
「だからって、そんな……じゃあ、ハーゲンドルフ公爵はその頃からずっと始祖を復活させようとしてたのか?」
「違う。魔導大国、始祖、始祖の巫女について僕は教えたが、不必要なこと話さなかった。考えてほしい、僕は始祖復活など望んでいないんだ」
「じゃあ、どうしてだよ?」
「母君の手帳を読み、僕が隠していたことすべてを知ったそうだ」
「それはいつの話だ?」
「あの子が今のジャレッドくんくらいのころだったよ」
ジャレッドの記憶が確かなら、カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵は二十八歳。つまり、十年以上前から、始祖について知っていたことになる。ゆえに疑問が浮かぶ。
「答えろ、ラスムス・ローウッド。なぜ、今になってハーゲンドルフ公爵を殺せなんて言うんだ?」
「――僕はずっと始祖を殺すために生きてきた」
「……子孫の言葉じゃないな。きっと始祖も喜ぶだろ」
望んだ答えとは全く別の言葉が返ってきたものの、あえて問い直すことはしなかった。
「ただ、始祖はすでに死んでいるし、封じてある魂もとうに消滅しているんだ」
「待て。それじゃあ復活なんて到底できないだろ?」
「一度は僕も安心していたんだけどね。始祖は魂が消滅しようとも、己の器さえあれば復活できる。器となる資質を持つ人間もまた、始祖の一部だと言っていいと思う」
「聞けば聞くほど厄介な奴だな」
一度だけ、少年は婚約者の顔を見る。彼女にも、そして自分にも、始祖の血が流れている。今まで、気にしたこともなければ、考えたこともない始祖の存在が忌々しい。
もし自分の魔術師としての力が、始祖の血によるものであるなら、この場で魔術師としてのすべてを捨てたくなる。
「そう言わないでほしいな。始祖は始祖なりに、未来を憂いて復活しようとしたんだから」
「そんなこと知るかよ。だいたい、気に入らないんだよ。始祖サマは、自分が復活しなければ未来がどうにかなっちまうとでも思ってたのか?」
現に始祖がいなくとも世界は続いている。
魔導大国は滅びてしまったかもしれないが、大陸に生きるのは始祖の民だけではないのだ。
「始祖の時代はね、魔術は使う地方、国によってばらばら。今のような基礎もない。ルールも存在せず、魔術を使える者が使えない者を虐げ、支配している場所もあったんだ。とてもじゃないけど、いい時代じゃなかったそうだよ」
それくらいのことは知っている。始祖について詳細が残っているわけではないが、文献等を調べれば、始祖が活躍した時代の大陸事情くらいわかる。
ジャレッドが知る限り、ラスムスの言う通りだ。強者が弱者を一方的に支配する国や部族が多く、もちろん弱者を庇護している強者もいたようだが、あまり多くはなかった。
つい十数年前まで戦争をしていたウェザード王国でさえ、当時にから見れば楽園のように平和だろう。
「弱い者を助け、集め、まとめあげたのが始祖だ。彼女がいなければ魔術だって発展しなかった。それだけじゃない。戦闘面、技術面、農業面、すべてにおいて優れ、人柄も偉大だった。彼女が老いると民は不安にかられた。そんな民を残して逝くことを、志半ばで、子を残し、愛する者を残して逝くことを優しい彼女にはできなかったんだよ」
「だけど、お前たちはそんな優しい始祖を復活させなかった」
「うん。始祖の子供たちは、彼女を安らかに眠らせたかったんだ」
「……争いを回避するためじゃなかったのか?」
少し晴嵐の言葉と違うことに、彼を見る。竜の王子は困ったように肩をすくめるだけだった。
「それも否定はしないよ。その頃は多種族との戦いは佳境だったからね。引くか攻めるかはずいぶん揉めていたそうだよ。でもね、そんなことは二の次さ。僕たち子孫はね、始祖に感謝しているからこそ復活させなかったんだ」
「いや、そこは復活させてやれよ」
「でも復活したら戦いが待っている。もう始祖は十分すぎるほど戦ったんだ。多くの友を失い、自分を犠牲にし、それでも誰かのために戦い続けた彼女を、どうしてそれ以上戦わせたいんだい?」
ようやく合点がいった。なぜ始祖が復活しなかったのか、なぜ始祖の復活を止めたいのか。
それはただ、戦乱の時代に多くの犠牲を出しながら懸命に誰かのために戦い続けた人を安らかに眠らせておくため。
「竜視点のように戦いを望まない声もあったよ。彼女がいれば戦っていたことも事実だ。だからこそ、復活はすべきじゃなかったんだ。当時の人間も、子孫である僕たちも、始祖が起きることなく安らかに眠り続けることを祈り続けた」
しかし、と苦い顔をしてラスムスは続けた。
「始祖は復活を望み続ける。死んでいる彼女には、民の願いも、子供たちの親を思う気持ちも届かない。だから彼女は復活することだけを目的に、死してもなお行動する」
「……なんて悲しいの」
「オリヴィエさま」
「それでは誰も救われないわ」
「ありがとう、オリヴィエくん。君がそう思ってくれるだけで、今、僕は少しだけ救われたよ」
始祖は民と子孫を思い復活したい。民と子孫は始祖を思い眠らせておきたい。
オリヴィエの言う通り、誰も救われない堂々巡りだ。
「馬鹿みたいだな。どいつもこいつも他人のことばかりじゃないかよ」
「本当だね。ひとりくらい自分のことしか考えられない人間が当時にいればよかったのかもしれないね」
思い浮かぶのはルーカス・ギャラガーだ。彼は身勝手な理由で戦いを起こした。子供を犠牲にしても、自分の欲望を果たそうとした。しかし、それさえも始祖に誘導されていた可能性がある。
どんな手段を使おうとも、復活を果たそうとする始祖の執念は、ただ民と子孫を憂うからなのだろう。
すでに魔導大国が滅んでいる事実を知らぬまま彷徨い続ける亡者を哀れに思うのだった。




