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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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15.復活を企む者1.



「公爵を殺せって……まさかアルウェイ公爵のことを言ってるんじゃないだろうな?」


 始祖の血は彼にも流れているかもしれない。しかし、アルウェイ公爵を知るジャレッドからすれば、ありえないとしか思えない。


「誤解させてすまない。ハーラルト・アルウェイ公爵のことではないよ」


 ほっ、と一同が息を吐く。さすがに、今のは心臓に悪かった。


「じゃあ、誰だって言うんだ。そうじゃない! たとえ、始祖を復活させようとしていたとしても、公爵を殺すなんて……」

「うん。難しいことを言っているのは承知している。僕の言う、公爵はカサンドラ・ハーゲンドルフ公爵のことだよ」

「――っ、嘘でしょう!?」


 誰よりも、その名前に反応したのはオリヴィエだった。

 彼女の顔色は動揺のせいで蒼白だ。こんな婚約者の姿をジャレッドは見たことがなかった。


「カサンドラ・ハーゲンドルフって、たしか珍しく若い女性当主だったよな。オリヴィエさま、お知り合いですか?」

「知り合いなんてものじゃないわ。わたくしにとって姉のような人よ」

「そうなんですか?」


 オリヴィエの言葉を信じなかったわけではない。しかし、確認するようにハンネローネとエミーリアに顔を向けると、苦い表情を浮かべた二人が頷く。


「わたくしも知っていますわ、お兄さま」

「イェニーも?」

「はい。カサンドラさまは、お祖父様のお弟子さまです。ご存知なかったのですか?」

「初耳だよ。お祖父さまの顔が広いことは知ってたけど、まさか公爵が弟子だったなんて」


 祖父の交友関係に驚かされるも、いつまでも話を止めておくことはできない。

 カサンドラ・ハーゲンドルフがオリヴィエたちの知り合いだとして、なぜ彼女を殺さなければならないかをラスムスに問わなければならなかった。


「あんたが俺になにかをさせたいと本当に思っているなら、教えろ。本当にハーゲンドルフ公爵が始祖を復活させようとしてるのか?」

「そうだよ」


 ラスムスは即答する。


「なぜだ。仮にも、公爵家の当主が、どうして今なんだ?」

「それは彼女にしかわからない。僕にはもう、彼女のことがわからないんだ」

「俺にハーゲンドルフ公爵を殺せと言いながら泣くくらいだ。親しいんだろ?」

「それはもう。僕はね、あの子が生まれのせいで家に居場所がなく泣いているころから知っているよ」

「居場所がない? どういう意味だ?」

「カサンドラちゃんは愛人の子なの」


 事の成り行きを見守っていたハンネローネが、静かに口を開いた。


「アルウェイ公爵夫人はご存知のようだね。同じ公爵家ならば、隠すこともできないかな」

「いいえ、娘たちは存じていないでしょう。特別、口にするようなことでもありませんもの」


 貴族に側室や愛人がいることはさほど珍しいことではない。とはいえ、男性に限った話だ。後継を求めるなら、保険はかけておくべきである。後継者がどのような理由で継承権を無くすのか誰にも予想ができないからだ。


「夫人のいう通り、別に珍しい話じゃない。でも子供にとっては違う。公爵家になれば正室も側室も身分は高い。だけどね、カサンドラの母君は貴族ですらなかった」

「……話の展開が簡単に予想できるな」

「きっとジャレッドくんの考えている通りだよ。母親の身分が低いから、兄弟からいじめられる。使用人だってあまりいい顔をしなかったらしいよ。だけど、あの子の父親だけは違った。愛人という身分はかわらなかったが、愛する女性のために屋敷を用意して、カサンドラのことを一番に可愛がった。でもね、それがよくなかった」


 聞くまでもない話の展開だが、口を挟むことはしなかった。

 かつてコルネリア・アルウェイがハンネローネ・アルウェイを殺そうとしたように、ハーゲンドルフ公爵家でも同じようなことが起きたのだろう。


「兄弟は嫉妬し、正室、側室たちも憤った。しかし、ハーゲンドルフ前公爵は周囲の反応がカサンドラにとって悪くなればなるほど、愛情を示した。多くのことを学ばせ、最後には後継者候補とまでしたんだ」


 まるで見てきたように、ラスムスは語り続けた。


「僕がカサンドラと出会ったのは、あの子の母君が亡くなったときだよ。母君は身分こそ平民だったけど、始祖の巫女の血を引いていてね」

「そこで、そうなるのか」

「……カサンドラさまが、まさか、そんな」


 カサンドラは立場や生い立ちこそ違うが、イェニーと同じように始祖に仕えた巫女の子孫だった。

 ジャレッドは驚いたが、婚約者ほどではない。カサンドラの事情こそ知らなかったとはいえ、姉同然と慕う幼馴染みの真実に、オリヴィエはただただ驚くことしかできないようだ。


「僕にとっては、カサンドラも母君もかわいい子供だ。母君を亡くし、失意にくれる少女を元気付けたかった。でも、そんなときに悪意というものはやってくる」


 長い月日を生きる少年は、再び涙を一筋流した。


「身分が低いから、平民だから、それだけの理由で悲しむカサンドラに、動物の死骸が届けられたんだ。一緒に埋葬しろと、ご丁寧に手紙を添えてね」

「……ひどいわ。誰がカサンドラさまにそんなことを」

「僕もオリヴィエくんのように考えた、そして憤りもした。犯人を見つけ出し、八つ裂きにしてやろうと。でもね、そんなことをしてもカサンドラを慰めることにならない。だから、僕は、あの子に流れる始祖と、始祖の巫女の話をしてしまったんだ」




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